見えざる扉
これは本当に自分の力なのか疑心暗鬼に陥りそうだが、今の俺なら王宮に仕える戦士どころか一国を滅ぼす程の力を持ったといってもいい程自信に満ち溢れていた。
それが単なる勘違いによるものか真実なのか今は分からない、ただ手からは念じるだけで一面を照らす炎が宙に浮かび上がる、触れる程接近しているにも関わらずそれは熱さを感じさせなかった。
「これは、魔術……?」
『魔術などではない、お前の中に宿るドラゴンソウルが生み出した私の力の一つだ』
「ド、ドラゴンソウル……!?」
その声は脳内に直接伝わるように鮮明で、地べたに張り付くドラゴンが口を動かし喋ったものでは無い、ただ声の主はそのドラゴンで間違いなさそうだ。
『そう驚くな、力を欲したのはお前の貪欲な精神だ、お前は望み通り力を手に入れた』
「確かにそうだがまさか本当に入るなんてな」
『時期になれる、それより最後に私の名をお前に伝えておく、私はヴァルガ・ミラード、何かあれば私を呼べ、念じるだけでお前の助けとなる筈だ』
「そいつはありがたい、俺の名はコウジ・メイルンだ」
『ではコウジよ、お前は私の力を手に入れた、私からすればまだまだお前の体は非常に若く最盛期の力を取り戻してくれるに違いない、後はお前の野心と私の生まれ持った才能で好きなだけ暴れる事だな、長話は終わりだ、私は疲れた……またその時になった会お……』
「お、おい! 眠ったのか?」
まだ聞きたい事は山程あったが、その後ドラゴンからの返答は無い。ただ奴の言った『ドラゴンソウル』といったものを体に宿した事、これだけは溢れる程の漲る力を身に持って感じる事ができた。一歩大地に足を踏みいれるだけでこの世界が震えあがる程の力を手に入れるような気分である。この力を使い今にもこの世界に何かしらの影響を与えたい、例えそれが善であろうと悪だろうと俺には大差が無いようにも思えた。
ドラゴンソウルは疼く……。まるで古びた心臓が少しずつ若返るように、失われかけていた力の源が解放されるように。そしてドラゴンソウルは再び疼く、見えざる扉から共鳴するように響くかつての仲間の呼びかけに。ドラゴンはもはや伝説上の生き物ではない、そして見えざる扉にはまだまだ見た事もない生物が存在し得る。
魂の本能から体までもが疼いた、背中からは灰茶色の翼が生える。今まで体のどこにもそんな部位は無かったため、動かし方は分からなかったが飛ぶ事を願うと共に空高くに身体が浮かび上がり、翼はそのまま大きく羽ばたき始める。
今いる場所は洞窟だったため当然視界に映るのは暗闇のみだ、右手に火炎を浮かび上がらせるが勢いが強いあまりゴブリンのいる建物を外から焼きかねない程の火力をだしてしまった。
「あの……僕達は一体これからどうなるのでしょうか?」
宙に浮かぶ俺に対して話しかけるのは、先程から素っ頓狂な顔で会話を聞いていたゴブリンである。確か彼の仲間を誤って俺は斬りつけてしまったよのだ。法を犯す者だから自業自得とは言え少し同情してしまう部分もある、そもそもこのモーガンロール大陸でゴブリンは法を聞かされる事はなく市民権すら与えられない状態なのだ。それにこの良い気分を台無しにしてしまうのもあまり好ましくない。
「こいつをやる、それなりに高価な炎剣だ、それと俺が捜索を辞めた後に次の傭兵がお前達不法占拠者を退去させに赴くだろう、こいつはうちの鍵だ、辺境にあるレイブルという町でメイルン家はどこにあるか聞けばすぐに教えてくれるだろう、そこに住め」
「おお、なんと慈悲深いお方だ……この恩は必ずあなた様が御帰りになられた際に……」
「良いって良いって、俺はここらで失礼させてもらうよ」
その後洞窟に出たのはあっという間の事だ、翼を羽ばたかせると出口まで軌道が乗り数回上下に動かしただけで辿り着く。洞窟に出た後は食料を鞄に詰め込むため自宅にへと戻る。鍵はあのゴブリン共に渡していたが田舎に住んでいたため閉じまりはしてないのだ。
今日で冒険をやめようとした事が幸いだったが予算は十分にある、その予算は見えざる扉に入った後は効力が無いと思うが念のため持っておいた方が良いだろう。毎年何万人もの挑戦者が見えざる扉の壁を破壊しようと試みるのだが、壁を破り中に入るのは1年に約1人と聞く。強力な一撃を壁に与える事ができる1年に1人の逸材だ、その大抵は大学出の首席であるエルフが卒業後に魔術で入るとは聞くが、人間で入った者がもしいるのだとしたら大ニュースになるだろう。
俺は鞄の中に大量の食料を詰め込み再び翼を広げ辺境沿いにあるサンノルドへと向かう事にした。
サンノルドに着くまで30分が経った、使い慣れない翼で高速移動したため疲労感は尋常じゃない。人気のない処にとりあえず降りたが、見た処、町の様子は静まり返っており一ヵ所だけ爆撃の音が秒単位で一回ずつ辺り一面に響いている。
町に入るとその原因を一瞬にして目の当たりにする事となる。突如として聞こえた轟音を立てる爆発物である大砲を使っており、目標は何の変哲も無い空間に向かって放っていた。その弾丸は空間にぶつかるだけで大爆発を起こし、空間を燃やす前にその火は消え去る。これはただの空間ではない、恐らくあれが誰もが一度は耳にした事があるであろう見えざる扉なのだろう。
「そこで一体何をやってるんだ?」
俺は小走りで大砲を発火している集団に声をかけた、見た処大体が頭部以外をプレートアーマーで覆っている重装備の兵士達で、それが王宮戦士だとすぐに判別がつく。
「決まっているだろ、見えざる扉の空間にどでかい穴を空けようとしてるのだ」
「やっぱり、これが見えざる扉か」
「そうか、お前はこの扉に穴を空ける挑戦者という訳だな? 悪い事は言わんから今すぐ引き返せ、かれこれ一時間近くここで砲撃を一ヵ所に向かって爆撃を繰り返しているが、一ミリとて穴は空かない始末だ」
「ほんの少しも空かないのか、やっぱり噂は本当だったんだな」
見えざる扉に入口というものはない、否、別の見方をすれば地図外にある全てが入口と呼んでもいい事になる。田舎暮らしから一転、再び伝説を目の当たりにする事となった。この世には未知なる世界が広大にモーガンロール大陸外を越えて広がっているのである。