賽は投げられた
冒険者という選択肢を選び、食えていける奴はよっぽど才能がある奴しかいないだろう。しかしこの世には傭兵という選択肢もあり、雇われ兵である傭兵は成功せずとも必ずその給料分が保障されているのだ。
はっきり言ってこの世界は不景気だ、全ては物分かりが悪い頑固な王による貿易戦争が原因なのだが。おかげでこの国は辺境であるが故、他国からは下に見られるに景気まで落ちぶれている状況である。
だからこそ選択肢は傭兵に限られ、傭兵になるか海を渡り冒険者としての道を歩むかしかないのだ。
傭兵を始めたのはおよそ10歳の頃だ、あの頃は戦闘による才能があり、いつかは王宮に仕える戦士としての道を歩む筈だったが、どうも世の中は才能と実力が必ずしも結びつくようにはなっていなかったようだ、今の自分がそれを証明しているのである。
あれから現在に至るまで25年が経つ、要するに俺の実力はこの期間で少ししか伸びなかったのである。山賊なら一人でギリギリ10人は狩れる程の実力にはなっていたが、才能に見合わず王国最強と噂される程期待通りの実力にはならなかったらしい。勿論今現在の実力であるならそこら辺の王宮戦士には実力で絶対に負けない自信はある。だが物事は必ずしも実力で立場が決まるとは限らないものだ、実力で立場が決まる者のほとんどは誰にも文句を言わせない程の圧倒する力を持つ者に他ならない。
それに俺は35歳、もう周りからすれば例え王宮戦士であれ引退の頃合いである。今頃王宮戦士を目指しているなんてほざいていたら同年代処か、若者にまで馬鹿にされるのが落ちというものだ。
要はもう俺は終わった人間なのである。
もはや一人暮らししていくには十分といえるほど生涯の予算は溜まっていた。これからは家賃暮らしで嫁も持てず貧しい食事をする毎日になるだろうが人生とはそんなものだ。
今日が恐らく傭兵として最後の仕事となるだろう、背中に背負っているこの炎剣とも付き合いは長くなるものだ。
傭兵としての最後の仕事は昨日と同じ一人洞窟探索となる。ここに不法占拠者がいるとの事だが、どうせ今日も見つからないで仕事は終わるだろう、この仕事の後継ぎはもう決まっている。
洞窟の中は真っ暗、松明を使うのも面倒臭いので背中にある炎剣を振りかざして道を進んで行くと、剣の先端が何かの生物を斬る感触がした。
「ぐはっ」
炎剣といえども光量は少なく、見える範囲は足元程がいいところだ。間違いなく何かを斬りつけてしまったため炎剣を勢いよくその場で振りかざすと、そこに倒れていたのは白目を剥いたゴブリンである。死んでなければいいが、とりあえずここに置いていく訳にもいかないのでゴブリンを肩で担ぎ道を進む事にした。
「あっ!」
光量が少ないため少し気付くのに遅れが出たが、炎剣を振りかざした光量で見えたのは人が出入り出来るほどの小さな穴である。昨日来たときこんな壁なんて無かった、松明を使っていなかったためよく見ていなかっただけかもしれないが蓋のようなもので隠せば俺に見つかる事はない。ていう事はまさかのここが隠れ家、傭兵歴25年の俺がこんな入口近くにある隠れ家に気付かないとはなんたる不覚だろうか、今日で引退して正解だったのかもしれない。
この先は敵が潜んでいるかもしれないため炎剣を鞘に入れ、松に火を付け道を進む事にする。歩く事数分、案の定その先には隠れ家らしきものが見つかった。
発見して報告までが俺の仕事ではあるが相手は所詮ゴブリン、落ちぶれたとは言え、仮にも王国最強の才能を持ってのだ、何匹相手になろうが負ける気はしなかった。
それに今日は引退日だ、どうせ生きて帰られるなら何か功績を残して去りたい。例え死んでも本望だ、という決意で進んでみる。鞘から炎剣を再び抜き出し、歩いてから武器を構え隠れ家の中に入ると、しばらくしない内に見えたのは素っ頓狂な顔をしたゴブリン数匹、そして一体のドラゴンだった。その眼は碧眼であり、手に生えた鋭利な爪は背中の剣よりも光沢があり長々しい。
「人間か、貴様は人間なのか?」
「しゃ、喋ったのか今?」
「馬鹿を言うな、ゴブリン、エルフ、ドワーフですらお前達と共通言語を使っているのだ、竜が喋っていてもおかしいという事はなかろう」
その碧眼は辺りを見回し、ゴブリン処か俺のいない方向を向きながら声を飛ばしている。目処か耳すら悪いのか、そのドラゴンはこんな隠れ家で老衰した様子で床に密着していた。このような光景はこの長い人生で一番の衝撃かもしれない、伝説上の生物を今目の当たりにしているのである。
「お前は一体何をしにきた?」
「俺か?」
急に問われたドラゴンの一言に言葉が詰まってしまう、本当は洞窟に不法占拠している輩がいるという事で探索を始めたのだったがこの竜の姿を目の当たりにした以上そんな事はもはやどうでもよかった。
どちらかと言えば面白い方向に進めば尚良い、国に対する忠誠心が無い傭兵のほとんどが安月給ならば尚更そう思う事だ。
「俺は今年でもう引退する冒険者だ」
「ほう……冒険者ときたか、この国は確かほとんどが傭兵として雇われていると耳にしたが、珍しい者もいるのだな」
「ああ、だがあんたに会えた! それも喋る事ができるドラゴンに!」
「だからどうしたと言うのだ人間、確かに私は喋る事もお前に向かって高熱の火炎弾を口から吹く事もできる」
「口から火炎弾を吹くのは勘弁して欲しいな、それよりもしあんたが良ければでいい、俺と組んでこの街をもう一度冒険しないか? 見た目からして俺と同じであんたも随分と老いてそうだ、俺と一緒にセカンドライフを歩むんだよ!」
「それはできん話だな」
「なぜ!?」
「私が老いているからだ、息子にもぼけた老害と随分前に言われた、視界もまともに見えなればこの翼はもう空を舞う事すら不可能かもしれん、見えざる扉に足でも踏み入れれば灰となって塵となるだろう」
「見えざる扉と言ったのか? お前はひょっとして見えざる扉の者なのか!?」
ドラゴンが言った言葉に一瞬だが驚愕を抑え切れずにいた。
見えざる扉とは地図にある広大の大陸であるモーガンロールのその先の世界であり、現実至上主義者には虚無とも名づけられている場所である。常人からすればモーガンロールの先の土地には足一歩でも踏み入れるのは不可能な事だ。その先の空間はまるで要塞の壁であるかのよう硬さで、見えない壁に対して上級魔法、そして国家王宮戦士の剣で切り裂こうと試みた人間はいくつもいたが何一つ効果は無かった。
「その通り、私は見えざる扉から来た者だ。力がある時には奥深くの巣に住んでいたが育ててきた息子には捨てられた、奥深くでなくても今の私があそこに足を踏み入れるのは不可能な事だ」
「なるほど、それでここに来たって訳か……」
「お前はセカンドライフと言ったな、何故私と一緒で老いてまでして足掻きたがるのだ?」
「老いたのは同じでも老い方はあんたと違う! あんたは力がある時を過ごした、だが俺は一生かかって努力しても傭兵止まりの落ちぶれ戦士だ!」
「ほう、傭兵止まりと? お前はさっき冒険者と言ったのでは無かったか?」
「それは……すまん、冒険者と言ったのは少し見栄を張ってしまった」
「クククッ、そうか、別に私はお前を責めようとは思わん、だがお前には少し興味が沸いた」
ドラゴンの表情は一切変化が起きなかった、ドラゴンだからこそ表情に出さないのが本来の姿なのかもしれないが俺は不思議とこいつが笑っているようにも思えた。
「お前のその先の世界での絶望、このまま行けば魂が満たされることなく破滅するかもしれん、それだけ私が住んでいた大陸は危険だという事だ」
「それは認める、というよりも、俺は傭兵になった時点でそれを認めていた」
「だがお前の折れぬ意思と私の力が合わされば、お前の願っていたセカンドライフ、否、私も願っていたセカンドライフを味わう事ができる筈」
ドラゴンは一歩、また一歩と踏み出す、近づく度にこのドラゴンの威圧感が直に伝わってくる。俺はドラゴンの威圧感に負けないくらいの度胸を身体で示そうとドラゴンと向き合った。
いくら同僚に軽蔑されようと、見た目が醜い化け物になっても構わない。何者にも負けない屈強の力を手に入れる事が長年の夢だったのだ、それがここで叶うのならば……俺は俺自身を殺してもいい。
「うわああああああああああああああああああああああ」
体に入り込んだのが力だという事はすぐに分かった、痛みは無いが震えは止まらずそれは興奮でありアドレナリンが爆発のようなものだ。目が今にも飛び出しそうな苦しみを味わい、体のあちこちにも穴が空き血が噴気のように弾け散りそうだったが不思議と気分は悪くない、むしろいいと言える。
「力が……力が……! 力があああああああああああああ!!!」
威圧感に気圧されそうになるがこれは自分の力だという事を身体に聞かせると同時に、その力は体内全てに受け入れられ内部で溢れる程の力が漲る。これは本当に自分の力なのか疑心暗鬼に陥りそうだが、今の俺なら王宮に仕える戦士どころか一国を滅ぼす程の力を持ったといってもいい程自信に満ち溢れていた。