SNSの向こう側で
ある日、ネットサーフィンをしていたら、男性が殺害されるという事件を見つけた。と言っても、刺されたのは犯人、つまり正当防衛であった。
何でも、夜に犯人の男が包丁を持って突然家に押し入ってきたが、被害者の男性が隙を見計らって包丁を奪い取り、犯人の胸を刺したそうで、被害者の家族に怪我人はいなかったそうだ。
ネット上では、犯人のことを書いた記事や憶測が飛び交い、犯人の親戚や関係者からのインタビューでも「素行が悪くて校則も守らず、授業ではいつも寝ているばかりだった」「自分本位な性格で嫌な奴」「いつも誰かの悪口を言っていた」と語っていた。どうやら、犯人は以前から周囲からの評判が悪かった様だ。
また、犯人はSNSをしていたのだが、アニメやゲームの他にも、社会に対する不満や悪口、女性差別をする癖に女性声優への妄言を書いたり、時にネットストーカーやブログのコメントを荒らして、怒ったファンから反撃される形で自身のSNSが炎上したこともあったそうで、巨大掲示板に名指しで批判されたこともあったらしい。
そして、終いには犯人の犯行予告ともとれるメッセージ画像が掲載されていた。
「母親にも見捨てられたから、もう僕には失うものは何もない。自分を虐めた奴や自分を見捨てた親戚を全員殺して、自分も死ぬ」
それを見た瞬間、私は唖然とした。何故なら、この男はつい最近まで、私がSNSで交流していた人物・Nが発信していたものだったからだ。
SNSに書かれたプロフィールによると、Nは幼少時に両親が離婚し、母親に引き取られたNは、貧しい母子家庭に育った。学生時代は、勉強も運動も出来ず、喧嘩も頭も弱く、容姿も不細工で太っていた事から、男子には虐められ、女子や教師にも嫌われていたという。
高校を卒業して社会に出た後も、仕事が出来ない事から、度々職場を試用期間内に解雇された事から鬱病を患い、働けない事を知った親戚によって母親と共に家を追い出され、現在は公営住宅で母親と貧しい二人暮らしであるが、家事や金銭管理が苦手で、収入や貯金も無い癖に、母親に小遣いをせびって趣味のゲームを大量に買っていたそうだ。
そして、唯一Nの理解者である母親は、還暦を過ぎた後も近くのスーパーで、週に六日パートで働いているが、ストレスが溜まると、必ず嫌味を言われたり、八つ当たりされたりするという。
私がNと出会ったのは、SNS上で私と似た様な状況にあった事からフォローした。当時の私も就職が上手くいかず、落ち込んでいた事から、同じようなものを感じ取ったからだ。それがきっかけで、以後は2人でゲームやアニメの話題で盛り上がったり、仕事や社会に対する不満を吐き出したりした。
「ところで、こんなスマホゲームを見つけましたけど、どうですか?」
「面白そうですけど、課金しそうなんで、やめておきます」
「ゲーム大量に買っている人が言って良い台詞じゃないよ」
学生時代の事についても、尋ねてみた。
「学校の校則は守れていたの?」
「校則は守れていませんでした」
「何で守ろうとしなかったの? そんなに堅苦しいものではないでしょ」
「校則に縛られることが窮屈だったんです。授業でも寝てばかりでしたし」
勉強と運動どころか、授業態度や素行も悪いとなれば、周りから嫌われるのも無理はないと思った。
Nのお気に入りの女性声優が結婚した報道があった時は、
「××が結婚した! 今まで応援していたのに、裏切られた! 許せない! 呪ってやる!」
「ショックな気持ちは分かるけど、恨み言を言うのはお門違いだよ」
女性声優が哀れに思えてきた。
そんな調子で、私はNとSNSで交流していった。
でも、次第に、このままではいけないと思った私はハローワークに通い、後にとある小さなデザイン会社に就職することが出来た。私は、Nに就職の報告をした。
「会社に就職出来た。デザイン会社で事務の仕事だけど、頑張るよ」
「良かったですね。Aさんは僕よりも頭が良いから、きっと上手くいきます。頑張ってください」
Nがお祝いのコメントをくれた。褒めてくれて嬉しくなった。でも、私の中でふとある事が気になった。
「ところで、Nさんは再就職どうするのですか?」
「クビになるのが怖くて、まだ動けないです」
「ハローワークはどうですか?」
「ハロワも、自分に合う仕事が無かったらと思うと怖くて…」
「その考えは良くないですよ。せめて職業訓練はどうですか?」
「正直、職業訓練を受けても働ける気がしないです。勉強してもすぐ忘れちゃうし」
それでも、せめて行く努力はしろよと思った。
その後も私は、彼に色々な提案、助言、ダメ出しをしてきたが、Nは何かと出来ない理由を挙げるばかりで、全く行動に移してくれなかった。
そんなある日の事だった。
「母親が出て行った」
Nのメッセージに、そんな一文を見つけた。遂に、唯一の理解者であったはずの母親も、ニートを養い続ける事に痺れを切らしたのだろう。
「そろそろ働いたらどうなの?」
そう尋ねたが、
「クビになるのが怖い」
と言って、未だに動こうとしなかった。こんな時でも、まだ働こうとしないのかと、苛立ちを覚えた。
その後も、何とか彼を説得したが全く応じてもらえず、遂にこんな言葉が出た。
「母親にも見捨てられたから、もう僕には失うものは何もない。自分を虐めた奴や自分を見捨てた親戚を全員殺して、自分も死ぬ」
遂に、犯罪予告を書いてしまった。
もう駄目だ。見かねた私は、彼のアカウントを運営に通報して、ブロックした。もう彼とは縁を切って、すっぱり忘れよう。そう思った矢先の事だった。
結局、Nはその思いも果たせず、虐めっ子に正当防衛という形で殺されるという呆気ない最期を遂げてしまった。
Nが最期にやろうとした事は許されない事である。けど、記事を読んでいるうちに、何だか重く悲しい気分になった。
どうして、あの時、彼を止める事が出来なかったのだろう。どうすれば、あんな事件を起こさずに済んだのだろう。そんな気持ちが私の中で、ぐるぐると駆け巡るのであった。
かつて投稿した作品を修正したものです。もし、自分のネット知人が事件を起こしたら、どう思うだろう?と思って、書きました。
ちなみに、Nは私のTwitterの元フォロワーがモデルです。さすがに、現時点では、母親が出て行ったとか、事件は起こしていませんが、大体はこんな感じです。