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4/8

開始

生グレープフルーツハイを二人で飲みながら、私は秋吉が話始めるのを焼き鳥を摘まみながら待った。


秋吉は、時より眉を寄せては、頭の中の出来事を少しづつ言葉に変えているように見えた。


いつのまにか、外は暗くなり薄い(ふすま)で仕切られた隣の部屋から、賑やかな男女の笑い声がこぼれてきた。


(なご)やかな平日の居酒屋で、私はふと、サラリーマン時代の自分を思い出していた。


確かに、昔は私も職場の仲間と隣の連中のように飲んで騒いだりしていた。

たまに、恋もしたし、楽しかったが、結局私は独身のまま生涯を終えてしまうのだろう。

でも、秋吉は、秋吉はこれから、素敵な伴侶に恵まれて私の知らない幸せを手に出来るに違いない。


この仕事が成功したら。

そう思うと、少しだけ責任感がわいてきて、やはり、私はスマートフォンを取り出し、『シルク』を読んでみる事にした。


が、私が、かの小説を検索するより早く、秋吉が口を開いた。


それは、最終試験。自称軽井沢の別荘で行われた、作者による奇妙なオーディションの話だ。


「話が途中で切れちゃいましたけど、俺、ベンツで目隠しをされて、それから、結構広い綺麗な別荘に連れていかれたんです。」


秋吉は、現実場馴(げんじつばな)れしたその話を、少し自慢げに、それでいて、恥ずかしそうに話し出した。


目隠しは、多分、屋敷の場所を知られたくなかったからだろう。

だから、軽井沢と相手が言うなら、違う場所にある建物なのだ。

そこまでして、秋吉の何が知りたかったのか、私は謎の作者、音無(おとなし)について興味が出てきた。

この時点で、音無の作品にかける情熱が感じられて少し安心もした。

道楽であれ、なんであれ、この男に作品を作り上げようとする熱意があるなら、悪い仕上がりにはならない気がしたからだ。


「屋敷に入ると目隠しが取られて、控え室に通されたんです。そこには誰もいなくて、よくドラマなんかで見るような、執事の服に着替えるように言われたんですよ。」

秋吉にもそれは、珍しい事らしく、驚きに同意を求めるように目を見開いた。

「しかし…、『シルク』に執事なんて出てきたかな?秋吉の役は、主役の修二郎だろ?なのにどうして?」

私の疑問に秋吉も苦笑した。

「普通のオーディションなら、そんな事はしないけど、素人で初めての自分の作品のアニメ化だから、気合いが入ったんだと思いましたよ。その時は…音無さんは俺のファンかも、なんて、バカみたいなことを考えて。」

秋吉は、その後の事を思い出したのか、急に真面目な顔になった。

「でも、今考えると、本当に馬鹿ですよね。」

秋吉は一瞬、物思いに沈み、私を思い出して話を続けた。


「まあ、とにかく、俺は執事のコスプレをして秘書さんにオーディションの内容を聞いたんだ。」


秋吉は、音無が演じる「旦那様」に(つか)える4人の使用人を声で演じなければいけない。


名前は、

セバスチャン

ロイ

シャルル

ベン


準備時間に30分もらい、オーディションはスタートする。役作りをするならその時点で、あとはアドリブで乗り切るしかない。


その30分は、秋吉の人生の分岐の30分前とも言えた。


合格して、世の中に認められるか。


不合格で田舎に帰るのか。


覚悟を決めて、秋吉はワゴンを引きながら、ダイニングルームの扉の前に進んだ。

ワゴンの上には、食後のコーヒーの入った銀のポットが置かれ、彼の秘書が、秋吉の身だしなみを最後に確認してくれた。


「それでは、よろしくお願いします。」

初老の秘書は、若い秋吉よりも美しい立ち姿で、まるで本当の使用人に声をかけるように秋吉に言った。


さあ、扉を開いたら、オーディションの始まりだ。


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