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プロローグ

オーディションに合格したと声優をしている友人からメールが来た。


なんでも、二人で飲みたいんだそうだ。

断る理由はない。それに、個人的に興味もあった。

約束は、個室のある某居酒屋で本日5時。


急な誘いだが、採用が決定した喜びを早く誰かと分かち合いたいのだろう。


しかし、不可解でもある。

私と彼は、同じ派遣会社で知り合い、仕事場で軽く話す程度の仲だ。

確かに、二人でよく組まされて働くから、仲は悪くないし、「今度飲みに行きましょう。」なんて、アドレスを交換したりもしたが、半分は社交辞令だと思っていた。まさか、本当に誘ってくるなんて。


私は喜びよりも、何とも言えない不可解さの方が、心を支配していたが、それでも出席すると返信した。

ネットを検索すると、それらしいネタを簡単に見つかり、なんとなく納得も出来た。


彼は、Web小説の書籍、アニメ化にともない主役の声を担当するらしい。


私はその世界について良くは知らないが、ネットのコメント欄には、良い反応ばかりではなく、心ない批判や、私には分からない、本当なのか、嘘なのか、現在の出版についての闇の話がわいていて、複雑な気持ちにもなるが、そんな状態だからこそ、奴も気のおけない人間と酒でも()み交わしたくなったのかもしれない。


私は、自分とは縁の無い華やかな世界の人間に出会うことを期待して、少しだけお洒落な格好で、約束の場所に向かう。


勿論、私なんかが誘われる時点で、関係者以外の人間と飲みたいのだとは予想はしたが、もしかして…あの声優さんが…、が、無いとも言えないではないか。



その居酒屋は、よくあるチェーン店で、奴の名前を言うと元気の良い店員が二階の個室に案内してくれた。

四畳程度の狭い空間で、それほど人を誘ってない事はわかる。

約束は5時だったが、奴は10分遅れて部屋に入ってきた。


彼の名前は…秋吉(あきよし) 相太(そうた)芸名だ。聞いたことはあるだろうか?

ごくたまに、洋画吹き替えやアニメでちょい役で二言(ふたこと)三言(みこと)台詞がある。

本名は、もっと難解で洒落(しゃれ)ているが、本人はシンプルな名前に昔から憧れていたらしい。


「すいません。透也(とうや)さん。急に呼び出したりして。」


深みのある甘い声で、秋吉は私に微笑みかけた。


自己紹介が遅れた。


私の名前は、池上(いけがみ) 透也(とうや)

50代早期退職のフリーターだ。


「ああ、丁度暇だったから気にしなくていいよ。それより、おめでとう。」

私は、慌てて座る秋吉に心からの祝いの言葉をかけた。

「あ、ありがとうございます。」

26才の彼は、少し照れながら私の祝いの言葉を受け取った。そこで、私はテーブルのお手拭きに手を出し、しばらく無言で彼を観察した。

日雇い派遣をしていると、極たまに彼のような特殊な職業の人物に出会うこともあるが、成功を間近にした人間を見るのは、これがはじめてだ。

深夜枠とはいえ、一つの番組の主人公の声をするのだ。さぞかし嬉しいに違いない。そんな風に思っていたが、秋吉は、少し不安そうに口角に微笑みを浮かべて、何かを考えていることを知られたくないように、居酒屋のメニューを開いた。


「とりあえず、ビールで良いですか?今日は臨時収入が入ったので、俺、奢ります。」

秋吉は、気持ちを切り替えて明るく私にメニューを渡した。

「割り勘で良いよ。こうして飲みに来るのも初めてなんだし、それとも、何か私に聞いてほしいことでもあるのかな?」

さっきから気になっていた、彼の不安の正体について切り込んだ。

彼は、少し動揺しながら私を見つめて、それから、

「はい、そう、そうですね。」

と、迷いながら言葉を継いで、

「とりあえず、ビールを頼みましょう。」

と、迷いを晴らすように注文ボタンを押した。

それから、私たちは職場の噂話などをしながら、注文した料理が運ばれて来るのを待った。

最後に焼き鳥の盛り合わせがテーブルの真ん中に鎮座した頃、二杯目のハイボールに気持ちを解きほぐされた秋吉が、まるで女を口説いた話をするように目を細めて、優しげに私を見つめると不思議なオーディションの体験談を話始めたのだ。


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