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猫であること  作者: 藍沢義也
6/7

デート

まず手始めに、私はネコパシーを使ってドロを呼んだ。

ネコパシーというのは、仲間内で使う猫のテレパシーの事だ。

「なんです?あねさん」

しばらくしてドロがやってきた。

「お前に重要な使命を与える」と私は言った。「二、三匹猫を集めて、主人の車にうんちとおしっこをかけまくってくれ」

「はい?」

キョトンとするドロに私は事の次第を説明した。

主人は浮かれるばかりで、明日のデートの準備などまるで考えていないに違いない。おそらく、年単位で洗車していないこのボロ車を出すはずだ。

車を変えるというわけにはいかないだろうが、レディを乗せるのだから最低限見映えをよくしなくてはならない。

「というわけだから、事が済んだらみんなでニャーニャー泣きわめけ。で、主人が出てきたらすぐ逃げろ」

これで主人は車を掃除ざるを得なくなる。

えー、としぶるドロに、

「頼んだぞ」と言い渡し、今度は片目の所に向かった。

片目は今まで通り、廃工場にて居を構えていた。体の傷も大分良いようだ。

十匹以上の猫がたむろしている。

私が近づいていくと、

「今日はなんだ」

片目が迷惑そうにじろりと私を見た。

「借りを返してもらう」

「早ぇな!」

私は構わずに、作業台をバシバシと叩くと「集合!」と猫達を召集した。

なんだなんだと猫達が集まり、ぜんいんが作業台に前足を乗せて私と片目を囲んだ。

「これから作戦会議を行います」

苦虫をつぶしたような顔の片目を尻目に、私はこれまでの経緯と作戦について語った。

「気が乗らねぇな」と片目が言った。「なんで人間のために動かなきゃならないんだ」

それから自分の顔を指し、「この目だって人間にやられたこと、お前も知ってるだろ」

「知ってるわ」

「それによ、女をモノにしたけりゃ背中に乗りゃいいだけの話じゃねえか」

「人間がそれやったら捕まる」

まだぶつぶつと言っていたので、私はするりと片目の懐にもぐり込み、首筋に爪を突き当てた。

「ねぇ、あんた。私に逆らえる立場?」

ため口すら許されない猫縦社会においての私の振るまいに、周りの猫達は震え上がった。

「異論はないわね?」



むかえたデート当日。

主人は朝からそわそわしていた。

私の餌は器からこぼしていたし、自分のみそ汁も引っくり返していた。

書き物も手につかない様子で、回転椅子に座ったままくるくると回っていた。

午後になり、待ち合わせの時刻がせまってきた。

幸せの絶頂みたいな顔をしていた昨日とは一変、まるで強制収容される捕虜みたいに不安げな顔をしている。そのくせ、よれよれのTシャツで出かけようとしていたので、私は飛びついて穴を開けてやった。

「わっ、何すんだ。これお気に入りだったのに」

そのボロ服がお気に入りだったのか!

代わりに、普通の襟付きシャツを着てきたのでほっとした。

「じゃ、行ってくるぞ」と主人が言ったので、今度は顎を引っ掻いてやった。

「痛っ。はっ、そうだ。髭剃ってなかった」

なんて手間のかかる男だろう。

主人は無精髭をきれいに剃り落とし、髪にもブラシをかけ、ようやくまともに出発。……と思ったら素足にサンダル履きで出ようとしたので、飛んでいって足に噛みついた。

「ぎゃあ!」

ほんとに勘弁してくれよ。

我が下僕ながら、準備の怠り具合がすごい。

靴下をはいて、まともに靴を履いて出ていったので、今度こそほっとした。こっちが疲れる。

待ち合わせが1時。映画が1時半から。

3時半に終わったとして、多分4時くらいに帰ってくるだろうというのが私の予測だった。

本来なら、映画を見た後にお茶をしたり、街をぶらついたり、夕刻になればレストランなぞで食事というのがデートのあるべき姿なのだろうが、あの主人の事である。映画を観に行くといったら、本当に映画だけ観て帰ってくるはずなのである。そうでない事を願いたいが、そうはならないであろう。

少なくとも、車内でしらけた空気が蔓延するのだけはどうにかしてもらいたいが、こればかりは私でもどうにも出来ない。

たが大丈夫。終わりよければ全てよし。挽回の手はずは整えてあるから安心するがいい。

ピカピカになった主人の車が、頼りなさそうに走って行った。



いい意味で予想を裏切ることもなく、主人は私の予想通り4時に帰って来た。

ここで主人だけ帰ってきたら完全にお手上げであるが、ユミの事だからきっと私の顔を見に寄るはずだと踏んでいた。その通りだった。

では、計画を発動する。

私は猫達に作戦開始のネコパシーを送った。

主人とユミが庭で車を降りるや否や、待機していた十五、六匹の猫達がどっと押し寄せてユミを取り囲んだ。

「わ、なんだなんだ」とひるむ主人と、

「キャー」と歓喜の声を上げるユミ。「なに、これ、どうなってるの?」

大勢の猫にすり寄られて、ユミは顔を上気させて、これ以上はどうがんばっても無理だろうというくらいに満面の笑みを浮かべていた。そんなユミを、主人はとろけそうな顔で見ていた。棒立ちで。

ユミは座り込むと、片っ端から猫達を撫で始めた。

猫好きにとって、これは幸せの絶頂といえるだろう。つまらない主人との映画鑑賞の後で、こんなサプライズが待っていたとは夢にも思わなかったであろう。

では、つぎなる作戦に移る。

私がネコパシーで次の指令を出すと、ユミの回りに群がっていた猫達が、ひとかたまりになって去っていく。ちらりちらりと後ろを振り返りながらゆっくりと。

「どこ行っちゃうんだろう」とユミが言った。

「集会でもあるのかな」と主人が言った。

「猫の集会?うそ、行きたい!」

まるで無邪気な少女に戻ってしまったかのようなユミを見て、主人が笑った。

「付いていってみようか」

引っかかった。

次なるは、猫とお散歩である。

人間のペースに合わせてゆっくりと歩いていく猫達と、ワクワクしながら後を追う二人。

どこ行くんだろうね、なんて言いながら幸せいっぱいの二人の後をこっそり追う私。

いい感じの雰囲気で歩いている二人であるが、その距離感はなんだ、と私は思う。間に透明人間が一人いるくらいのスペースを空けて歩いている。まったく、手を握れとは言わないが、肩が触れ合うくらいの歩き方は出来ないのか。

田舎道をのんびりと歩いていく。

二人は映画の話もしていた。

が、半分は話が噛み合っていなかった。感性が違うのだ。しかし、二人はそれを面白がっていた。違いが楽しめるというのは、もしかしたらそれはすごく大切なことなのかもしれない。

少しづつ日が傾いてきた。

この奇妙な行進を、畑仕事をしていたばあ様がぎょっとした顔で眺めていた。

田んぼのあぜ道を通り、一行は公園に着いた。

公園と言っても、神社の隅にあるような小さな一角だ。滑り台とブランコ、ベンチが一つあるだけである。

「ここみたいだね」と主人が声をひそめて言った。

しかし、これは言うまでもなく集会でも何でもないので、二人がベンチに座ると、すぐさま猫達は再びユミを取り囲んだ。主人はベンチの隅に追いやられ、そこはユミのハーレムと化した。

実際には、こんな事は絶対にあり得ない。ノラが人間を取り囲むなんて事はない。これは、私が猫達に重々言い聞かせたから実現したのである。もしユミに爪一つ立てたら、腕一本切り落とすと言い添えて。

しかし、猫達がユミの軍門に下るのはあっという間だった。

ユミの超絶指技の前に、猫達は次々と我を忘れていた。

それはそうだろう。人間にまともに接したこともない奴らは、こんなにやさしく撫でられたら昇天してしまう。私ですら太刀打ち出来ないのだ。というか、私も撫でられたくてうずうずする。

そんな具合だから、もうユミの回りは人気アミューズメントパークの順番待ちみたいだった。

「ボス!」

湯上りみたいに顔を上気させた若いオス猫が、隅っこで傍観していた片目の元へ行った。

「半端ねぇっす。マジ半端ねぇっす」

「うるさい」

片目はうっとおしそうに跳ね返すが、あまりの盛況ぶりにお尻がむずむずしてくる。

「なんだお前達は!」と片目が怒鳴った。「俺は人間なんて大嫌いなんだ。分かってるのか」

もうこんな茶番はこれまでだと、つかつかとユミに向かっていくと、

「どしたの、君?」とひょいとユミに抱え上げられた。「ケガだらけじゃない」

それから三分ほどじっくりとユミに撫で回されると、すぐに片目は堕ちた。

片目がユミの親衛隊を組織するのは、そう遠い未来の話ではない。

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