能力弱者
静けさに満ちた昼食も終わり、秀は午後の訓練のために軍服に着替える。秀はその不自然に綺麗な新品の軍服の袖に腕を通す。初めての着る軍服。しかしこれといった感慨も無かった。今は訓練生であるといえども来月には立派に軍人の仲間入りである。一応訓練学校卒業後に従軍以外の選択肢を選べなくもないが殆どの人が従軍を希望する。一応まだ秀の将来は未定である。
秀は教室を出て集合場所に向かう。もうすでに人が何人か集まっており、今も続々とこちらに向かっている人影がある。皆秀の存在には気づいているが誰も話しかけようとしない。
――これって俺孤立してんじゃね。――
ふと思い至った不安は実に鮮明にこの現実を物語ったもので思い出すことも恐ろしかった。
秀は、友達を作ることがこんなにも難しかったとは、と苦笑する。このままでは本当にボッチになりかねないので適当に近くの人に話しかけることとした。
時間となり教官の声が辺り一体に響く。その声に従って整列を終える。やはり命を扱うだけあって教官の声色には少しばかりの温厚さもない。秀も実感こそ湧かないもののこの空気に遅れないように懸命に努力する。
秀は初めての剣を持つ。
秀はその重さがために満足に振ることすらままならない。
秀は辺りを見回す。
皆は剣で風を切る。
秀はその差に愕然とした。
それもそのはず今まで生活してきた境遇がまったくをもって違うからである。秀は日本で平和ボケしていた。しかしこの国でそうとはいかない。日本との治安の差は比べようもない。皆が護身用に剣術を嗜んでいたとしても不思議ではない。そもそもこの国に義務教育などというものはない。秀が学校に行っている間もこの国の人は自分達が生き残るために必死で体を動かしていた。秀が運動部に所属していた事実があれども彼らにかなうはずがない。
秀は剣にバランスを奪われその場に尻餅をつく。
「おい、そこ、大丈夫か。」
周囲の視線が秀に集まる。
「はい。」
そう答えてすぐに立ち上がる。周りの視線もそれぞれ自分の役目に帰る。
そんな調子で一日が終わる。もうすでに周りの秀をみる目は弱者に対するものに等しい。
「はぁ……。」
思わず溜め息が漏れる。疲れも相まってかいつもより溜め息が重く感じた。
後拝読有り難うございます。
すみません予約のミスで時間通りに更新できませんでした。
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次話の更新は1月3日22時を予定しております。