訓えの庭
青少年の健全育成を目的とした法律が国会を通過し、思春期の少女に性的早熟化の原因とされる自慰癖の防止を目的として、性器切除が義務付けられた。進学先の高校が校則で定めた方法により、予防接種のように集団で処置が行われるようになった。割礼と通称されるそれは麻酔を用いない、過酷な通過儀礼だった。
桜が満開になった校庭に面した保健室で、ついさっき入学式を終えたばかりの新一年生が割礼を受けていた。列の先頭の生徒が衝立の向こうに消えるとしばらくして怪鳥のような悲鳴があがり、並んで順番を待つ生徒たちがびくりと怯えるのだった。
ついに自分の順番が回ってきてしまった理恵は衝立のむこうから呼ばれる声を聞いても足が前に出なかった。恐ろしい悲鳴を散々聞かされて顔からは既に血の気が引いている。制服のスカートの丈はちょうど膝までで、その下からのびる足がぶるぶると震えていた。
「次の人!」
なかなか動かない理恵にいらだったか強い調子で声がかかった。次の瞬間、理恵は発作的に衝立とは反対に保健室のドアに向かって走り出してしまった。恐怖が理恵の頭を支配してこの行動が招く結果さえ今は考えられなかった。
「ちょっと待ちなさい!」
扉のところで仁王立ちになったのは担任の女教師だった。女教師は理恵に腰にしがみついてこの逃走を阻止しようとしたが、恐怖に駆られた理恵は全力でこれをふり解こうとした。いよいよ、女教師の腕が外れようというとき、騒ぎを聞きつけた屈強な体育教師が駆けつけ、理恵の体を後ろから羽交い絞めにしてひょいと持ち上げてしまった。
「嫌ぁ!割礼なんて受けたくない!学校やめてもいい。」
それでも理恵は半狂乱になって床から離れてしまった足をばたつかせて逃げようともがいた。次の瞬間、女教師の強烈な平手打ちが理恵の頬を見舞った。
「ひぃ!」
かすれた悲鳴をあげて抵抗をやめた理恵を体育教師は床に下ろした。理恵は張られた頬を両手で押さえ幼児の様にしゃくりあげるばかりだった。
「いいですか、私たちには貴方を親御さんから預かった責任があるんです。勝手は許しません!」
女教師は断固と言い放つとしゃくりあげる理恵の手を引いて引きずるように衝立の向こうへ連れて行った。その姿を順番待ちの生徒たちは青ざめた顔で見送るだけだった。しばらくして、理恵の絶叫が保健室だけでなく桜がいよいよ満開を迎えた校庭にまで響いた。