落ち着くトイレ
家を建てるって考えたことがあるだろうか。私はない。まあ、よっぽどお金があったら、新築の家を買うこともできるのだろうが、自分でデザインした、または自分の意見を取り込んだような家を建てることができるなど、考えた事もない。
ところが、私の友人は私と同じ年だというのに、自分で土地を買い、自分でデザインした家を建てたというのだから驚きだ。まあ、仲間内でも変わり者で有名で、起業しているし、きっと私などよりずっとお金も持っていて、お金の使い方も違うんだろう。「家を建てる」ってどんな気分だろうか。一城の主に憧れる気持ちは男として分からなくはないが、生憎私は一城ではなくて一畳の主だから、その気持ちは分からないのだった。
その家ができて、友人はそこに一人暮らしを始めた。そこで私は新築祝いに呼ばれたのだった。
「やあ、ヒロ。これはまた結構なお住まいで」
新築祝いってどんなこと言うんだ?まあ、とりあえずこんな感じだろう、ということを言ったら、ヒロは笑っていた。
集まった友人たちは総勢5名。みな大学時代の友人だ。久しぶりに集まった。
「思ったよりも普通の家で安心したぜ」友人1が言った。
確かに、ヒロが自分でデザインしたというから、もっと斬新な家なのかと思っていたのだが、とりあえず今皆がくつろいでいるリビングは20畳ほどの広さはあるものの、いたって普通の作りだった。台所は若干狭いようだが、男の一人暮らしだ、問題もないだろう。
「当たり前だ。全部俺ができるわけねぇだろ。デザイナーがやってくれるんだよ」
「あ、そうなの?じゃあ、お前デザインじゃないんだ」友人2が言った。
「いやまあ、希望は言って、無理なところをデザイナーが直してくれるんだよ。やっぱり一から作るのは無理さ」
「そりゃそうだよな」友人3が言った。
「無理で却下されたのってどんなこと?」友人4が聞いた。
「そうだなぁ、全部窓なしとか」
「そりゃ、ダメだろ!」全員で突っ込んだ。
「あと、風呂を屋上に付けたいっていったら笑われた」
「あはははは、何考えてんだよ」友人4が言った。
「いや、出来なくないんだけどさ、水回りをあんまり離さないほうが良いんだってさ」
「できなくないのか」友人1が笑った。
「できたらできたで、問題だからな」私が言うと、みんなが笑った。
せっかくなので他の部屋も見せてもらった。なんと一人暮らしというのに3LDKという豪華さ。しかもリビングは20畳。とはいえ、他の3つの部屋は4~6畳ほどの慎ましいものだった。
「一番のこだわりはトイレだ」ヒロが家じゅうを周りながら言った。「やっぱりトイレは落ち着く場所にしたいからな」
ヒロにしてはまともな意見だった。トイレで落ち着きたいと思っている日本人は多いだろう。
「そのわりに普通のトイレだな」友人2が言った。
リビングの横にあるトイレをみんなで観賞したが、ウチのトイレと大差なかった。男一人暮らしにしてはちょっと乙女チックだなって程度。
「まあこっちはな。2階のトイレがこだわりなんだよ」
とヒロが言うので、またみんなで2階に上がった。ヒロは居室と居室の間にある、南向きの部屋と思われる扉を開けた。南向きど真ん中の特等席というべき場所にそのトイレはあった。
「え!?」
トイレを見て、全員が絶句した。
これがトイレ?
なーんにもないような、広い部屋の端っこに便座があった。確かにトイレだ。南側の窓は大きく、レースのカーテンから向こうに木漏れ日がキラキラ光っている。天井の中央には豪華なシャンデリア。そして、便座と反対側になぜかソファが一台。
「何畳あるの」私が聞いた。
「14畳。良いだろ、広いトイレ。くつろぐぜ~!」
ヒロの嬉しそうな顔とは正反対で、全員腑に落ちない顔をしていた。
「お前、これでくつろげるの?」友人3がボソっと言った。
その日は、みんなで持ち寄った酒を飲んで、久しぶりに楽しい時間になった。学生時代に戻ったような気楽な雰囲気。良いね~。
そして真夜中には、2人が酔いつぶれて居間で寝てしまった。
「じゃあ、寝るか」
ヒロは立ち上がって、寝入ってない3人を連れて2階に上がった。泊めてくれるらしい。
「1はここ、2はこの部屋な」
残りの部屋はヒロの部屋。じゃあ、私は?・・・嫌な予感しかしない。
「お前はここな、特別だぞ~?」
ヒロは私が喜ぶと思ったのだろう。非常に嬉しそうに扉を開けてくれた。トイレだ。あのキラキラ輝く14畳のトイレに寝ろと言うのだ。ああ、嫌な予感的中。
「そのソファがベッドになるからな。くつろげよ~」
と、言ってヒロは自室に戻ってしまった。
せっかくなので用を足してから寝ることにした。
14畳の空間の端っこで、私はポツンとある便座に座り、シャンデリアを見る。
「落ち着かねー・・・」
ヒロの感覚を疑いながら、用足しを終え、トイレの電気を消し、ソファで眠った。まさか、友人宅のトイレに泊まることになろうとは。
うとうとしだした時に、電気が付けられた。
明るいシャンデリアが私の眠りを覚ます。そして、用を足す音が容赦なく私の耳に入ってくる。おいいー、やめろよー。下に行けよー!と思っても眠くて声も出ず。
そうして朝まで、ヒロの言う、落ち着くトイレで、私は落ち着かない夜を過ごすのだった。