真夜中の公衆電話
真夜中の公衆電話
ど田舎の大学に進学した青年は、間借りしている部屋に電話なんか引いていなかった。
銀行も近くになく、唯一の郵便局も大変小さなものだった。受けつけには村のおばあちゃんが座っていて、代理の郵便局員をしている。それで事足りてしまうくらい辺鄙な村に青年は暮らしていた。
希望した寮が満員でしようがなくアルバイトでなんとかなるところを間借りしたのであった。
大学までも遠くて山を越えた10キロ先にある。
バスが通っているが日に二本しかなく大学の授業時間帯とあわないのだった。
アルバイトの給料前になって青年のサイフのなかには100円玉一枚しかなくなってしまった。
電話がないので自転車で遠く離れた唯一の公衆電話まで行かなくてはならない。
なにしろこの村には赤電話しかなくて、緑色のカードの使える電話は県境にあるトンネルに近い国道沿いにしかないのだった。
早速日が暮れてしまってから、青年は親に無心しようと思いたって公衆電話へ向かった。
街灯もないので、自転車のモーターのランプだけがしんみりと辺りを照らしている。
山道をうねうねくねって登って行くと、ようやっと、目的の場所まで行きつくことが出来た。公衆電話のそばに唯一の街灯がこうこうと辺りを照らしている。
青年はその光の下に寄って、話が長くなるからここは思いきって100円玉を使おうと決めた。
サイフから100円玉をだそうとしたとたん、ポロリと100円玉が落ちてしまった。
青年はあられもない叫び声を上げて100円玉を追っていった。
坂になっているために100円玉は調子よくコロコロと転がり落ちて行く。
青年は必死になって100円玉を追っていった。この100円玉が明日からバイト料が入るまでの生活を支えてくれるのだからそれは必死だった。
100円玉がキランと光ったのでやっと止まるかと思いきや、真っ暗な穴ぼこに100円玉は落ちていった。
青年は言葉にならない声で叫んだ。
「おれの100円がぁぁ!!」
すると、穴ぼこからチミチミとした声が返ってきた。
「このキラキラ光る銀皿はおまえんのか?」
青年は理性が吹っ飛んでいたので、「俺の100円返せぇ」と怒鳴っていた。
穴ぼこの声は、「やだ」と答えた。
「俺のだぞ」
「やだね」
青年はむっと黙ったが、ここで引き下がると明日からの生活が本当に困る。意地でも100円玉を返してもらおうと、「ひとのもんだぞ、勝手に取ったら泥棒だ!!」
穴ぼこのチミチミした声が言った。
「泥棒なんか? 勝手に取ったら泥棒なんなら、代わりのもんやるからどっか行け」
不愉快な答えだったが、代わりのもんがなんなのか知りたくて青年は問い詰めた。
「100円相当のものでないとおれは一晩でもここでおまえのことを泥棒って叫んでやる!」
「うるさいやつだな・・・じゃあ、なんかもってるか」と、穴ぼこの主はイライラして言った。
青年はポケットからいろんな所を探ったが、10円分しか残ってないテレホンカードだけがあった。
「これ・・・」と出して見せると、穴ぼこの声は、「それ、ずっと使えるようにしてやる」と言った。と思ったら、穴ぼこはバコンと閉まって消えてしまった。
青年は慌てた。
「ちょっと待てよ! ずっと使えるって・・・偽造テレホンカードじゃないかぁぁぁ!!」
けれど穴ぼこのあったはずの地面はうんともすんとも言わず、仕方なく青年は公衆電話まで歩いて戻った。
使う前につくづくとテレホンカードを眺めたがどこも変わりない。騙されたのかもしれないなぁと青年はため息をついた。
公衆電話にカードをさし込んで、親に電話した。電話口の母親に、明日いくらかお金を郵便局の口座に入れておいてくれるように頼んだ。
電話を切った時、青年ははっとした。
テレホンカードの残度数は1のままだった。
それからずっとこのテレホンカードの残度数は1のまま。
青年はサイフにもう100円残って入ればと後悔した。そうすれば、永遠に100円玉のなくならないサイフになっていたに違いあるまい。