第3話
俺は指の皮膚に焼けるような痛みを感じて目を覚ました。
まだ高く昇っていない太陽の光が窓から射し込み、指に当たっている。俺は指を光から遠ざけた。見ると指の先が黒ずんでいる。あともう少し光に当たっていたら、灰となって崩れ落ちただろう。
何があったんだっけ……。
後頭部がズキズキと痛んだ。触れると小さく膨らんでいた。タンコブが出来ている。
たしか昨日トチを
殺そうとして…
ブルリと身体が震えた。俺は頭に血が昇ると
壊したくなる。殺したくなる。そんな自分を止められない。
あの時の感情を思い出すだけで気分が悪かった。
あんな気持ちを持っていたら昔の自分と変わらない。
昔の自分なんて過去と一緒に捨てたはずなのに。
捨てて生まれ変わろうと思っても、そう簡単には変われないってことか……。
ハァと重いため息をつき、俺は身体にかけられていた毛布をどけると起き上がった。さっそくやらなければいけないことがある。
トチに謝らないと…。昔の自分では絶対に出てこない謝罪の言葉。それを口に出そうと思っている分、少しは変わったのかもしれない。
食堂から出た俺はトチを探し始める。
しかし思っていたより建物が広く、部屋数も多かった。手当たり次第にドアをノックし開けてみるが、トチどころか人影さえない。
困ったなと思いつつ歩いていると、どこからかいい匂いが漂ってくる。そろそろ朝食の時間だな。
俺は食堂に戻ることにした。きっとトチも来るだろう。
食堂に戻ると探していたトチと、トチと対峙している小さな人物がいる。
一度見たら忘れられない美しいその人物を俺は知っていた。
昔会った事がある。
二度と会いたくなかった人物。
ヨゾラ
俺が来たことに気付いてヨゾラはこちらを見る。トチは俺に気付かず、ヨゾラに向かって怒鳴っていた。
「どうして存在するんだ? 空間の純血魔族が存在するはずがない! とっくに滅びたはずだろ!?」
トチの声に、料理を並べていたコウが慌てて仲介に入った。
「トチさん落ち着いてください」
トチはさらに激昂する。人差し指でヨゾラを指した。
「コイツと一緒でどう落ち着けっていうんだ!」
トチが怒るのも無理はない。
空間の純血魔族といえばある能力で有名だ。
人の心を読む能力
他人に自分の心を読まれていても、落ち着いていられる人はそういないだろう。
この能力が恐れられ、純血の空間魔族は他の属性の魔族達と争い、滅ぼされた。生き残ったのは空間魔族の血が入ったハーフぐらい。
だから純血の空間魔族―――― ヨゾラがなぜ存在するのか。
トチの疑問はもっともで、俺も知りたい。
「僕は部屋に戻るっ!」
トチはそう言い捨てると足早に去っていった。コウはトチが去っていった方角を見ると
「今まで来た人達みたいに、トチさんも辞めてしまうんでしょうか…」
眼を伏せ誰ともなく呟いた。その呟きにヨゾラが
「辞めたい者は辞めればいい」
どうでもよさげに答え、俺を見る。
「そこの吸血鬼も辞めたいのなら辞めていい」
俺の心にあった『外に出たくない、働きたくない』という気持ちを読んだんだろう。心を読まれるのはあまりいい気分じゃない。
「ヨコクさん」
コウが心なしか眼を潤ませ俺に聞く。
「ヨコクさんも心を読める人がいるのは嫌ですよね? やっぱり辞めてしまいますか…?」
コウの問いにどう答えればいいのか…。
正直に言えば働かないで帰りたい。でもそんなことを言ったらコウは泣いてしまいそうだ。たとえ帰ったとしてもヨイヤミに酷い目に遭わされそうだし。
それに俺には心を読まれて困るような秘密は無い。いや、正確に言えばあるけどその秘密はヨゾラも知っている。昔会ったのはその秘密に関してだからだ。
コウの問いに対する俺の答えは決まった。
「俺は八魔族特別室を辞めない」
俺の答えを聞いたコウは顔を輝かせ、涙を拭うと
「ほ、本当ですか! 一緒に頑張りましょうね!」
満面の笑みを浮かべた。
ヨコクにコウが嬉しそうに話かけている。そんな二人を食堂に残し、俺は自分の部屋に戻りドアを開けた。
明かりをつけていないため薄暗い部屋の中には、どっしりとした机の上に溢れた書類、本棚に収まりきらず床にまで乱雑に積み重ねられた本の山。
ごちゃごちゃと紙ばかりの空間の中で黒ずくめの長身―― ヨイヤミが立っていた。
ヨイヤミが口を開く。
「ヨゾラ、さっそくだが命令だ…」
俺はテレポートでキッチンにあったポテトチップスの袋を自分の手に移動させ、食べ始める。
ヨイヤミは構わず話を進めた。
「計画は終盤。仕上げはヨゾラに任せる…」
そこで言葉を切った。俺をじっと見る。言わなくとも分かるだろうと。
思念が俺に流れこんでくる。
『ヨコクを殺せ…』
思わずポテトチップスを食べる手を止めた。
そして俺はヨイヤミを睨み付ける。
「
最低だな」
「最低? 我は闇の女王、当たり前だ…」
無駄だとしりつつもいちおう説得を試みる。
「ヨコクはお前の事を信じている。お前は弟を裏切るのか?」
「我に姉弟の情などない…」
冷え切った声。
説得はやはり無駄に終わった。
「用件は終わりだ。我は帰る…」
そういうとヨイヤミの身体が周りの闇に溶け込み、見えなくなった。その闇の中から声だけが聞こえてくる。
「もしかしたらクオンとやらが、我の邪魔をするかもしれない…。邪魔をするようならヨコクと一緒に殺せ…。我の命令は絶対だ…。」
声が響き渡り、やがて気配と共に消えていった。
ヨイヤミの命令。
どんなに嫌でも拒む事は出来ない。こうして俺の手は汚れていくのだろう。
俺は今まで幾度願っても叶えてもらえなかった願いを唱える。
誰か 俺を救ってくれ。