第2話
ほとんど沈みかけた夕日が空を朱く染める。少し強めの風が肌にあたった。
気が付けば俺は広い場所に立っていた。
人間の国に着いたのか?
辺りを見回す。
沢山の人や魔族が行き交っていた。その風景に違和感を感じる。
何で人の国に魔族がいるんだ?
たしか人と魔族は相容れず争って、戦争していたはずなのに……。
部屋に籠っていた間は外の出来事なんてどうでもよくて、無関心に過ごしていたけど……その間に何かあったのか?
「すみませ〜ん」
それにしても俺はこれからどうすればいいんだ?
「ヨコクさんですよね」
やっぱり城に戻るのがいいよな。
でも今戻ったらヨイヤミに、『城中をピカピカにするまで一睡もするな』とか、『吸血鬼はどれくらい日光に耐えられるか』とか……とにかく酷い目に遭わせられそうだ……。
想像しただけで憂鬱になる。
「あの〜聞いていますか?」
そういえばさっきから思考の合間に誰かの声がするような……。
「も、もしかして人違いでしたか?すみませんっっ!!」
声の主が慌てて謝りはじめて、俺は無視し続けていたことに気付いた。警戒しながら返事をする。
「俺がヨコクだけど…誰だ?」
目の前には白髪の可憐な少女がいた。瞳は濃い青。年は俺と大して変わらなそうだ。所々レースのある服とミニスカートがよく似合っている。
俺にはこんな可愛い知り合いはいない。
「私はコウといいます。ヨイヤミ様から話は聞いています。ヨコクさん、私達の所に働きに来てくれたんですよね」
「ヨイヤミから?」
ヨイヤミの知り合いなら平気だろう。警戒心を解く。
にしても就職先まで決まっているらしい。そんなに働かせたいのか。
「ずっと待っていたんですよ。それでは仕事場まで案内しますね」
そういってコウは歩き出した。
後をついていけば仕事場に行くことになる。…嫌だ。逃げたいけど、この国に一人でいるのは心細いな…。
しぶしぶとコウの後に続く。
とりあえず仕事場を一回見てみよう。それから『働かない』と言っても遅くないはずだ…。
空はすっかり暗くなって、欠けた月と星が輝いていた。
コウは俺より少し前を人の流れに逆らって速めに歩いている。
俺は人にぶつかってばかりで、コウになかなか追いつけない。
「ヨコクさーん、遅いですよー」
立ち止まったコウに、俺はようやく追いついた。
「もうちょっとゆっくり歩けないか?」
運動不足のせいか、もう俺はバテバテだった。
コウは腕時計を見る。
「もう少しゆっくりですか……でも……」
また腕時計を見る。
何か急がないといけない用事でもあるのだろうか?
「用事があるのか?」
聞いてみる。
コウは腕時計から眼を離し、困った顔をして
「実は、門限に間にあいそうもありません!!」
真剣な顔で言った。
……なんだって!?
門限? 親に決められてるのか?
コウは仕事場なんですけど…と続ける。(家の門限じゃないみたいだ)
「七時半で閉まってしまうんですけど、もう七時二十分になってしまって…どうしましょう…。」
入れなくなります…と悲しそうに呟く。本気で困っている。
俺はコウの悲しそうな顔を見てられず、思わず
「大丈夫だって!俺がなんとかするからさ!」と言ってしまった。
「俺、こうみえて特技いろいろあるしけっこう器用だからどうにか出来ると思う!」
特技は特にないし、手も不器用なんだけど――いったい俺の口はどうしたんだろう? 嘘とハッタリばかりだ。
でもコウは信じたらしく
「本当ですか! どうにか出来るなんてすごいですねヨコクさん。頼りになります!」
嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て可愛いと思いつつも、『もう嘘でした』とは言えないなと俺は思った…。
とりあえず俺はこの問題を考えるのを止めた。
考えたところで、いいアイデアが浮かぶとは思えなかったからだ。
それに聞きたいこともあった。
「あのさぁ、俺の仕事ってどんな仕事? それとこの国は人間の国だろ。何で魔族がいるんだ?」
「えぇっ! ヨコクさん知らないんですかっ!」
ずいぶん驚かれた。
この反応から察するに大抵の人は知っているみたいだ。
なんだか知らないのが急に恥ずかしくなって俺の口からまた嘘が出た。
「俺の住んでたとこはすっごい田舎で、全然噂や情報が入ってこないんだ」
そんな所に住んでるわけないだろ。一応闇の魔族の王族なのだから。自分の言葉に心の中でツっこむ。
「そうなんですか。それじゃあ知らないですよね。」
コウはまたあっさり信じた。
疑うということを知らないのか?
俺は嘘をついていたのを謝りたくなってきた。意を決して謝ろうと口を開いた時コウが話し始め、謝るタイミングを失った。
「私達の仕事場は『八魔族特別室』っていうんですよ。」
八魔族特別室?
どんな仕事をするんだ?