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1:【回顧録1】窓枠十字のマリアンヌ

 暗い暗い、黒い森。一面が影で作られたような不思議な世界。進めば次、そこに迷い込んだ時はその続きの場所から私は歩く。そこからはどうやって帰ったのだろう。確か誰かに呼ばれて私ははっと、目を覚ます。起きながら歩きながら私は全く別の風景の中にいた。家族や友……誰かに名前を呼ばれることで、私は此方側に意識を連れ戻す。だけどふとした瞬間に、私は再び彼方に迷い込む。

 幼い頃からそんなことを何度も続けていましたが。ある日、私は森を抜けたのです。微かに見える白い光を辿り続けた先、そこには美しい町並みが。それはまるで美術館。私の目に映る物全てが巨匠の遺した絵のようで。その風景を見ていると何だかとても懐かしくて、だけど無性に悲しくて、愛おしくて。私は笑いながら泣いていました。


 「あの時の感動を人に伝えるには、どんな言葉を拾えば良いか。正直、今でもよく解らないのです」

 「それでも、貴女の目を見ていると解るような気がします」

 「そうですか? 」

 「はい。貴女の目は美しい物を見てきた目です。いえ、美しい物を見たかった目……かもしれませんが」

 「……そうですね。見たかった……そうなのかもしれません、もっと近くで。もっと美しいものを。あの人が……笑ったところを」

 「……」

 「すみません、いきなりこんなことを言ってもおかしいですね。順を追って説明します。ええと……そうだ、その街の物全ては私を感動させましたが、最も私の心を魅了した物。それは……」


 惚れ惚れとするようなその中で一際目立つ建物がある。それは塔だ。入り口もない、出口もない……窓が一つだけ設けられた不思議な建物。


 「……マリアンヌ。彼女はその中に囚われていました」

 「マリアンヌ、とは? 」

 「彼女を見た時に、何となくそう思ったんです。それが彼女の名前だと」

 「それでは貴女が名付け親? 」

 「ええ、そうなるでしょうか? 私はあの時、彼女がこの国で最も美しい物だと確信しました。だからこそマリアンヌと……この国の女神の名前を名付けたのだと思います」


 彼女と一番最初に会ったのは……今から何年前のことだっただろうか。はっきりとしたことは思い出せない。唯、あの塔は……物心着いた頃から見ていたように思う。それをはっきりと言葉にしてそれを伝え、皆にそれが見えていないのだと知ったのは、もう少し分別が付くような年になってから。


 「でも、そんな暗い森を抜けるだなんて……子供の頃の貴女には、それは恐ろしくは無かったんですか? 」

 「そりゃあ、最初は怖かったよ。でもね好奇心には負けたんです」


 修道女の問いに、私は笑って返す。


 「私が幼い頃に、村が焼けたことがある。それで避難したことがあったんです」

 「まぁ……」

 「それでみんなが慌てている時に、あの場所に迷い込んだ。ちょうど暇だったし……ううん、非日常の中にあり……本当に死を身近に感じたんだ。だからだろうな。近づいてみようと思ったのは」


 略奪に襲われた村。逃げ遅れれば死んでいたかも知れない。軽く絶望したんだ。私にとっての当たり前、そういう日常生活はそんな簡単なことじゃないんだと知って。


 「吹っ切れたと言うんだろうか。違うか。どうでもいいと思って」

 「どうでも……いい? 」

 「私なんて取るに足らない人間で、何か特別優れているわけでもない。死んじゃう時は簡単に死んでしまう、殺されてしまう。そういう無力な存在で……がっかりした」


 修道女は目を見開いて、驚いたように私を見る。そんな彼女の雰囲気が、初めて会った時の彼女と重なり不思議と私も微笑んだ。これが最後の語らいならば……妄想でも幻覚でも良い。彼女に縋り、思いの丈を吐き出そう。それで少しでも楽になれるのならば。


 「が……がっかり、ですか? 」

 「はい。がっかりです」


 幼い内から自分の身の程を知らされるんだ。これからの人生を思うと悲しくもなった。


 「私は唯の村娘で、何も出来ない。どうしようもない。これからどんな辛いことが、悲しいことがあっても……私はそれを黙って受け入れるしかないんだ。そっちの方がよっぽど怖い。そう思ったらあの塔が怖く無くなったんですよ」


 近づこうと思ったのは、未来への不安と絶望、恐怖。そんな暗い気持ちが入り交じり、……ある意味吹っ切れた。そんな気分だったと思う。


 「そして……貴女は、そこで彼女に出会った」

 「はい。彼女はとても美しい人でした」


 彼女の出で立ちは高貴な雰囲気のドレス。長く美しい髪。何処かの貴族の令嬢が、或いは王族が、人質になっているのだと思った。



 「窓枠の内側は……十字の形になっていて、彼女は十字架を背負わされているように感じました。あんなに綺麗な人が、どんな罪を犯したのだろうかと胸が締め付けられるようで……私は悲しくなりました」

 「で、でも……!! そういう風に聞くと、まるで髪長姫(ラプンツェル)のお話みたいですね! 髪の毛を使って王子様を塔に招いた髪長姫の……」

 「髪長姫? 」

 「あっ……」

 「そんな話は聞いたことが無いけれど、貴女は何処の生まれなんですか? 」

 「え、えっと……生まれはこの国です。彼方此方……転々として、それでここに落ち着いて。その途中で人から聞いた話と似ているなと思ったんです」

 「うーん……なるほど。でもそこまで彼女の髪は長くなかったかな」


 私が苦笑すると、彼女は恥ずかしそうに俯いた。女の子と話をするのは久々だ。だけどこんな女の子らしい笑い方をする少女を見たのは何時以来? 私は少し考える。修道女マリアの可愛らしさを前に、こんな風になれたらな。そう思わないこともない。それでも私には無理だと思うから、唯……彼女が可愛いと私は思う。守ってあげたくなる可愛さだ。こういう人は、何処かの立派な騎士様に守られる姿がよく似合うだろう、私とは違って。


 「だから私は彼女の髪を伝って塔を登ったりは出来なかった。最初は唯見ているだけでした。そのうちに、塔に生えた蔦を伝って登るうことは出来たけれどね」

 「あ、登ったんですか? 」

 「若気の至りですよ。でも窓を開けることは出来なかった。出来なかったんです」


 窓の中の彼女と目が合った。彼女は泣いていた。悲しみを湛えた瞳で、私をじっと見つめていた。その目は助けてと言っているようで、私は急な使命感と恐怖に取り憑かれた。取るに足らない人間と悟ったその日に、彼女と出会った。


 「このまま見なかった振りをすれば、全てを忘れて生きれば……私は平凡な人間として生涯を終えることが出来る。でも彼女を助けようと思ったら……無力な私が、恐ろしい物の中に飛び込むようになる。そんな予感がありました」


 助けたい。でも怖い。足が竦み動けない。震えながら塔を見上げていた私を、彼女は悲しく見つめています。


 「どのくらい経ったでしょうか。塔の中に人が現れました。入り口なんて無いのに」

 「それは、どんな人でしたか? 」

 「顔は見えません。暗い影に覆われています。でも纏っているのは……敵国の人間の衣服に見えました。そして彼らは……あんなにも美しい彼女に暴力を振るったのです! 」

 「暴力……ですか?」


 昔を思い出し、憤る私の口調。その真意を探るよう、修道女は問いかける。


 「逃げようとする彼女を無理矢理、窓に押しつけて……殴る、蹴るっ! 火で炙って肌を焼いたり、嗚呼っ! そんな物じゃ済まなかった!! 」


 見ていることしか出来なかった自分を悔いて、私は目の前の少女を真っ直ぐ見つめられはしない。


 「窓に押しつけられた彼女には、十字が刻まれました。それは彼女の白い胸であったり、背中であったり……」


 言葉を選ばず語るなら、それは暴行だ。凌辱だ。背後から、正面から。何度も何度も弄ばれた。それを目にした私は、激しい憤りを感じた。あんなにも美しい物を汚す人間が許せなかった。もし叶うなら、今すぐあそこに駆けつけて……奴らの手から彼女を救ってあげたかった。


 「でも……あの日の私は怖くて、そこから逃げ出した」

 「……」

 「彼女の身を襲ったのは……私が見た物とそっくり同じことだったから」


 略奪され、焼かれた村の……人々の痛みを苦しみを、彼女はまるで一身に背負わされているみたい。そっくりそのまま、傷跡をなぞるように奴らは彼女を傷付けた。


 「森に逃げ込んだところで……丁度。兄に名前を呼ばれて帰ってきた私は……泣いていました。訳が分からなくて、でも誰に何て言ったら良いのかそれも解らなくて。唯狂ったように泣いていました」

 「……」

 「あの時からです。私が彼女を……この国を、救いたいと思ったのは」

 「それは……どういうこと、でしょうか? 」

 「確信を得たのはもっと後です。だけど心の何処かで悟っていた。彼女こそが、私の守りたい物なのだと」

 「つまり、マリアンヌとは……」

 「ええ。彼女は……私達が今立っている、この国その物です」


 強く頷く私に、修道女は戸惑う様子を見せた。それは当然だろう。処刑を前にこの女は狂ったのだと思われても仕方ない。


(ああ、やはり妄想か)


 私は軽い失望を知る。マリアンヌならば、こんな風には驚かない。彼女は全てを知っているはずだから。

 マリアはマリアンヌによく似ているから、彼女が会いに来てくれたのだと思った。それでもそれは私の見ている走馬燈。本当のマリアはもっと別の顔をしている。私の心が、現実を……正しく認識しようとしていないだけ。


 「マリアンヌは人じゃない。だから彼女を救うには、この国を……どうしても救う必要があった。閉じ込められ、虐げられている彼女を……自由にしてあげるためには」


 彼女が自由の身になって、私に会いに来てくれたわけではないのだな。仮に彼女が自由になっていたとしても、それは自意識過剰すぎるか。国の化身が、女神が……一介の小娘にそんな情けをかけてくれるはずもない。きっと自由になれば彼女は私を忘れるはずだ。だって彼女は広大で、気高くとても美しい。彼女の前に、私は見劣りしてしまう。


(私は、何のために戦ってきたのだろうなぁ……)


 不意に悲しくなってきて、私の頬を涙が伝った。縋るように鉄格子の向こうの彼女を見れば、何故だか彼女が震えている。何かを耐えるよう、口を手で押さえ……瞳だけで私に微笑みかけながら。それは笑いを堪えているようにも、涙と嗚咽を押し殺しているようにも見えて……少しだけ不気味。それでもそんな彼女は神秘的にも見え、見入ってしまう。マリアは少女と得体の知れない何か、その側面を併せ持つように思えて。


(マリアンヌ……)


 何も残らないと思った。でも、この語らいを続ける意味は、あるのかも知れない。続ける気も起こった。もうしばらく話してみよう。夜はまだ明けない。時間はまだあるのだ。彼女が何を思い、何を企みここへ来たのか。それを探りながら、私は私を語ってみよう。

戦場のマリアンヌちゃんの名前をばらしたいけど、物語的に最後の方までばらせない。そのせいで文章が回りくどいです。

元ネタ的に、どうせ誰でも解る名前なんですけどね。


何でも出来る神託カリスマ少女より、ちょっと芋っぽい平凡な子が頑張って歴史上のヒロインになったって考える方が個人的に燃える。

神託と妄想の境界みたいな感じで、マリアアンヌとの思い出パートを書いていけたらいいなぁ。


そしていきなりエロワード出てるわけですが。これ、本当にアリアンローズに投稿できるんだろうか。

働く女の子(処刑寸前男装少女)×異世界(似非中世フランス)


じ、条件は満たしてる!!(言い張る)

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