牙
────一人で歩いたり走ったりできるようにもなり、母乳から離乳食になった、一週間と二日目。
ただ今わたし、イライザことイリーは、あぐあぐと色々なものをかじっています。
「あー、そんな時期かぁ……ヴァンパイアは、体と知能の発達は早いけど、これだけ何故か遅いからね」
呟いているのは、指をかじられている、一番上のお兄様であるニコラスお兄様です。
銀色のさらさらの長い髪に、真紅の瞳の、絵にかいたようなヴァンパイア!的な美男子ですよ。シルクハットにマントが似合いそうです…………。
「にぃひはま、むずむずふぅの。くちのなか」
白いソファーに座って、優雅に読書していらしたのですが、邪魔してしまいました。
最近、肉体に精神が引きずられている気がします。
というか、駄目だとわかってはいるんですが、手頃に噛むものがないのも原因かもしれません。
本は分厚い上に、ふにゃふにゃになりますし、お人形はまさかの陶器です。タオルは糸がほつれて、危うく喉につまらせかけました。
しかも、身長があまり高くない幼児の手が届く場所に置いてあるものは、少ないのです。
と こ ろ が !
口のなかのむずむずのせいで、イライラしていたところ、いい感じにニコラスお兄様の手が!指がっ!!
ということで、よく爪や肌の手入れされた指にガッツリかぶりついたのです。
「ぅーん、ちょっぴり我慢してお口開けて?」
「ふぁい」
「はい、あーん」
───あーん。
歯医者さんみたいです、ニコラスお兄様。お兄様なら、白衣も似合いますよきっと!!
そう思いながら、口を大きく開けます。
成長、早いですから。
成体になる前に存分に、甘えさせてもらいます。
「やっぱり。イリー、歯が生えてきてるよ。牙も。成長が歯と牙だけ遅いぶん、一気に生えてきてるから、むずむずするんだよ。まぁ、一晩もすればなおるよ。一度成長しだしたら早いからね」
わぉ、歯ですか。
では、固形物食べられますかね?
離乳食はさすがに…………ねぇ。わたし、これでも精神は大人ですから。
「食事も、明日からは僕らと同じものが食べれ
るよ、僕の可愛いイリー」
やっぱり!
ヴァンパイアと言えば、血ですか!?血なのですか!?
物凄く気になります…………。
再度、あぐあぐとニコラスお兄様の指にかぶりつきながら、キラキラとした視線を送ります。
「食事が気になるの、イリー?」
「ふぁい!!」
それに気付いたニコラスお兄様は、蕩けるようなお顔でにっこり笑って、教えてくれました。
むむ、破壊力満点ですよ………お兄様。
「主食は基本的に血だよ。僕らは普通の食事も毎日とるけどね。でも、血は家族のしか飲んではいけないよ?牙には催淫効果があるからね。特に若くて………それも未婚の、男のは絶対ダメ。イリーは、可愛いからね。たべられてしまうよ」
予想外です………。
わぉ。ヴァンパイアって、誰彼構わず噛んじゃいけないんですね。はじめて知りました……。
家族のだけですか、はい。覚えておきます!
「わかったかい?」
「ふぁい!!」
あぐあぐとしながら、お返事!
食べるだの、さいいんだのはよくわかりませんが、他はわかりました!
というか、魔族って共喰いありなんですか?ありなんですね、魔族ですから………。
え、偏見ですかね?
「いい子だね、僕のイリー」
疑問などはなきにもあらずだったのですが、お兄様の笑顔の前にすべてが吹っ飛びました。
罪なニコラスお兄様…………。
まぁ、それよりも─────
──────早く明日にならないかなー?