グレイのインク
あれは秋の終わりの頃だった。
“カラン”
涼しげな音が来客をつげ、
「いらっしゃいませ。」
アルトの声が迎える。
入って来たのはよく日に焼けた青年で、私の見覚えのないことと彼の様子から恐らくこの近くの人ではないだろう。
首から下げているカメラは私の様な素人には扱えないような立派なカメラだ。
もしかするとプロのカメラマンなのかもしれない。
この地方では秋の終わりとはいえ、かなり冷える。ここで産まれ育った私は慣れているが、慣れていない方々には少々辛いのかもしれない。
温かいダージリン・ティーを飲みながらガトー・ショコラを食べながら彼はそのノートに目をとめた。
表紙には英語で
“Will”
と書かれている。
さらさらとページをめくっていた彼はやがてペンをとり言葉を選ぶ様に書き始めた。
時折ペンを止めむずかしい顔で考え込むもおだやかなそしてどこか現実をみているかのように真剣な表情で、
(どこか悪いのだろうか)
と思わず顔色をみてしまう程である。
しかし、日に焼けた顔の色は素人の目には悪そうにはみえなかった。まぁ今も昔も病人だけが逝ってしまうのだけじゃなく、突発的なことで逝ってしまうことも多いのだが。
そのインクの色は事務的なブラックではなく、冷たいブルーでもなく、レッドでもなく、温かみのあるグレイだったことも興味深い。