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紫陽花酒

作者: 伊東春海
掲載日:2026/03/25

春のことでした。

夏になったかのような日射しは降り注ぎますが風は冷たく面白い日でありました。

もうこんな毎日は飽き飽きしたと日々に思い悩んでいたとき、一つの不気味な紫陽花が路傍にあったわけです。おかしいと誰もが思うでしょう、こんな時期に。

不愉快なまでに煌々とそれを照らすのでありますから、つい触りたく思いながらも、いややめておこうと二人の自分がせめぎあっております。いやいや、触っちまえと代わり映えしない日常に救いの手を期待する私、ただでさえこんな生活なのにもうこれ以上の不幸はいらねぇと守りの私。ついに決着はつき、感触を確かめるやいなやそれは溶けてしまいました、それっきり見なくなったわけでございます。が、身の回りにはやはり不可思議なことが起こりました。

明くる日も明くる日も紫陽花色の酒が玄関に置いてあるのです。なんとも鮮やかなものでした。最初こそ不審がったものの、やはり気になって呑んでみると、これまた旨いのなんの、頭をつんざくような冷たさと鼻に抜ける紫陽花の香りはなんとも言えない、人生で一番の酒でございました。こんな酒を呑んだことのある者はいないでしょう。ここまで旨いとなると多少の不気味さは忘れてしまいます。次の日も次の日も酒は届き、届くたびに呑み干す毎日でした。とうとう回りだしたと思いました。

今日も届いたかと見に行こうとすると、割れた鏡に映った自分に目をみはりました。なんというか美しさすら感じたものですが、

目から花びらがひらりひらりと。それは実に紫陽花でありました。正確にはまつげが花になっていたのです。それは最初こそ面白がっていたものの、次の日は髪、そのつぎは髭と次から次へと花びらが体に舞っていきました。しかし一向に抜け落ちません。次第に恐ろしくなったものです、もうこの酒はやめようと思いました。ですが、もう呑まれていました。この酒はもう私を喰らっていたのです。中毒性があるなんぞではございません。もう、呑まずともどんどんと私を蝕んでいくのでした。後悔の感情すらもあったのかはわかりません。覚えておりません。いずれ体の節々は強ばり青臭く土臭くなっていきました。隙間風が吹いてきました。

もうほとんど私が私でなくなったとき、最後に日の光がみたいと思い、外へでたのです。それが最後の晩餐でありました。不確かですがおいしかったように思います、なんせ初めての食事でもありましたから。そして私は成りました。今日も季節には顔向けできずポツンと咲きます。

これが私の生涯でありました。え?なぜ話せるのかって?無粋なこと聞きなさるな

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