第7話:深層の真実と「惑星循環機関」
政府と企業の介入を「ブレーカーを落とす」という荒業で撃退してから数日。
俺は、ダンジョンの最下層――地下十層にある「立入禁止エリア」の封印を解いた。
そこは、これまでの工場然としたエリアとは空気が違っていた。
無機質で、静謐。
壁も床も、継ぎ目のない乳白色のセラミックのような素材で覆われている。
そして、その中央には、直径五十メートルはあろうかという巨大な「光の球体」が浮いていた。
「……なんだ、こりゃ」
俺は思わず息を呑んだ。
球体の表面には、複雑な光のラインが走っている。それはまるで、地球儀のように大陸や海流を模しているようにも見えた。
だが、その光は弱々しく、今にも消えそうだ。
球体の周囲を取り囲む無数のリングも、回転を停止している。
『ようこそ、マスター。ここが「コアルーム」。すなわち、この施設の心臓部です』
隣に現れたマキナのホログラムは、いつになく真剣な表情をしていた。
彼女は静かに、この場所の「正体」を語り始めた。
『ここは、古代文明が建造したダンジョンではありません。……この星の環境維持装置、「惑星循環機関」です』
「惑星……循環機関?」
俺は聞き慣れない単語を反芻した。
『はい。大気、海水、そして地脈。この星を巡るすべての流体を循環させ、浄化し、環境を最適に保つための巨大なポンプ。それがこの施設の正体です』
マキナは悲しげに瞳を伏せた。
『しかし、千年前の地殻変動により、メインシャフトの軸がズレてしまいました。それ以来、循環は滞り、この星は徐々に「酸欠」状態になっています。近年の異常気象や資源枯渇も、すべてはここの機能不全が原因です』
衝撃的な事実だった。
俺たちが「自然現象」だと思っていた災害や不況は、単にこのデカい機械が壊れていたせいだったのか。
配信画面のコメント欄も、かつてないほどの衝撃に包まれていた。
『は? どういうこと?』
『俺たちが見てたのって、ダンジョンじゃなくて「地球のエアコン」だったの?』
『規模がデカすぎて理解が追いつかん』
『雨穴の動画より怖いんだけど……』
『じゃあ、このまま放置したら地球終わるってこと?』
マキナは俺の方を向き、深く頭を下げた。
『歴代の「探索者」たちは、ここの魔獣を倒すことだけに固執し、誰も「修理」しようとはしませんでした。……私はずっと待っていました。剣ではなくスパナを握る者を。破壊するのではなく、直してくれる者を』
彼女の声が震えている。
『お願いです、マスター。この星を……直していただけませんか?』
それは、一介の無職の中年男には重すぎる願いだった。
世界の命運。人類の未来。
普通なら、プレッシャーで押し潰されるか、あるいは英雄気取りで舞い上がる場面だろう。
だが、俺の反応は違った。
「……要するに」
俺は光の球体に近づき、停止しているリングの基部をコンコンと叩いた。
「ここのベアリングがイカれてて、回転が止まってる。だから循環が悪くなって、星全体が詰まってる。……そういうことだな?」
『え……あ、はい。工学的に言えばその通りですが……』
マキナが呆気にとられたように瞬きをする。
俺は、ふぅと息を吐き、腰の工具箱を床に置いた。
「やることは変わらねえよ」
俺にとっては、トイレの詰まりも、惑星の循環不全も、本質的には同じだ。
そこに「不具合」があるなら、直す。
ただ、それだけだ。
「規模がデカいだけで、構造はシンプルだ。……軸ズレを直して、再起動かければいいんだろ?」
俺は巨大なリングの隙間に身体を滑り込ませた。
狭い。熱い。油臭い。
だが、それが落ち着く。
俺は、俺の仕事場に帰ってきたのだ。
『マスター……』
マキナが感極まったような声を漏らす。
視聴者たちもまた、そのブレない姿勢に戦慄していた。
『このおっさん、地球の修理を「トイレのついで」みたいに引き受けやがった』
『「やることは変わらねえ」……かっけぇ……』
『これがプロか』
『全人類が見守る中、おっさんがスパナ一本で世界を救おうとしてる』
『頼む、直してくれ! 俺たちの未来はおっさんの工具箱にかかってる!』
同接数は、ついに億の単位に届こうとしていた。
世界中の端末が、この薄暗い地下の映像を映し出している。
だが、俺の耳にはもう、コメントの通知音など届いていない。
聞こえるのは、瀕死の機械が発する、助けを求めるような軋み音だけ。
「待ってろよ」
俺は、直径十メートルはある巨大なボルトに、特大のレンチを噛ませた。
「今、楽にしてやるからな」
俺の腕に、血管が浮き上がる。
全身全霊の力を込め、俺は星の心臓を回し始めた。
(第7話 完)




