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第6話:政府と大企業の介入、そして「塩対応」

挿絵(By みてみん)


 その日、俺の平穏な「メンテナンス・ライフ」は、無遠慮なブザー音によって破られた。

 場所はダンジョンの入り口付近。

 俺が設置したインターホン(ホームセンターで千九百八十円で購入)が、けたたましく鳴り響いている。


「……誰だ、こんな朝早くに」


 俺はトイレのウォシュレットを修理している最中だった。

 手にはモンキーレンチ、着ているのは油まみれのツナギ。機嫌は最悪だ。

 モニターを覗き込むと、そこには黒塗りの高級車が数台止まっており、スーツを着た男たちが十数人、苛立ちを隠せない様子で並んでいた。


『あー、もしもし。何ですか?』


 俺が不愛想に応答すると、先頭に立っていた白髪混じりの男が、慇懃無礼な態度で口を開いた。


『君がここの所有者、冴島健司君だね? 私は経済産業省の田所だ。隣にいるのは、帝都電力の剛田社長。直ちにゲートを開けなさい』

『はぁ……何の用で?』

『何の用も何もない! 君が独占しているこのダンジョンは、今や国家のエネルギー安全保障に関わる重要施設だ! 私有財産としての権利を主張できるレベルを超えている。直ちに国へ管理権を譲渡しなさい!』


 隣にいた社長と呼ばれた肥満体の男も、脂ぎった顔を歪めて怒鳴り込んできた。


『君ねぇ! たかが元ビル管の分際で、世界のエネルギーを握ったつもりかね!? 君のような素人がいじくり回して、供給が止まったらどう責任を取るんだ! 我々プロに任せたまえ! 補償金くらいは出してやるから!』


 俺は大きなため息をついた。

 面倒くさい。

 実に面倒くさい。

 俺はただ、静かに暮らしたいだけなのだ。

 それに、「素人」という言葉が俺の職人魂を逆撫でした。


『あのですね、今トイレの配管直してて忙しいんですよ』

『なっ……!? 国家の危機とトイレと、どちらが重要だと――』

『トイレです』


 俺は即答した。


『帰ってください。私有地につき、セールスお断りって書いてあるでしょう』


 プツン。

 俺は一方的に通話を切った。

 ――その瞬間、配信画面のコメント欄は爆発的な速度で加速した。


『言ったああああああああ!』

『大臣と社長相手に「トイレの方が大事」www』

『塩対応すぎて草』

『おっさん、相手が誰かわかってんのか!?』

『でも正論だわ、不法侵入だしな』

『あいつら、俺たちのASMR動画を止めようとしやがって……許さん』

『#トイレ優先 #塩対応無双』


 しかし、権力者たちがそれで引き下がるはずもなかった。

 モニターの中で、田所という役人が顔を真っ赤にして叫んでいるのが見えた。


『実力行使だ! 機動隊を呼べ! 不法占拠として突入させる!』


 武装した警備員たちが、バーナーや破砕ハンマーを取り出し、ダンジョンの封鎖ゲートを強引にこじ開けようとし始めた。


 ピロリン♪


 マキナが冷ややかな声で告げる。


『警告。外部からの物理的攻撃を検知。防衛システムを起動しますか?』


「いや、いい」


 俺は首を振った。

 せっかく綺麗にした入り口で、また掃除の手間が増えるのは御免だ。

 もっと手っ取り早い方法がある。


「あいつら、俺が『いじくり回してる』って言ってたよな」


 俺は、壁にあるメイン配電盤へと歩み寄った。

 そこには、ダンジョン内で生成された全エネルギーを、地上の送電網へと流すための巨大なレバー(主開閉器)がある。


「プロに任せろって言うなら、一度プロに返してやればいい」


 俺は再びインターホンの通話ボタンを押した。


『あのー、聞こえますか?』

『なんだ! 今さら命乞いか!? もう遅いぞ!』

『いえね、そんなに俺の管理が信用できないなら、一旦止めますね』

『……は?』

『供給、ストップします。そちらの「プロ」の設備で、なんとかしてください』


 俺は躊躇なく、ガチャンとレバーを下ろした。


 ヒュゥゥゥゥゥン…………。


 ダンジョンの心臓部である吸気ファンの回転数が落ちていく。

 同時に、地上へと送られていた莫大なマナ電流が、ゼロになった。

 その影響は、即座に、そして劇的に現れた。

 まず、外にいる彼らの乗ってきた高級EV車が、全台同時にシステムダウンした。

 さらに、彼らの持っているスマホが一斉に圏外になり、画面がブラックアウトする。

 それだけではない。

 遥か遠く、帝都の摩天楼の灯りが、フッと消えたのが見えた(ような気がした)。

 株価ボードの数字が凍りつき、信号機が消灯し、電車の運行が停止する。

 日本中が、一瞬にして「ブラックアウト」の恐怖に叩き落とされたのだ。


『な、な、な……!?』


 モニターの中の権力者たちは、狼狽どころの騒ぎではなかった。

 社長の剛田は腰を抜かしてへたり込み、役人の田所は真っ青な顔で震えている。

 彼らのスマホには(緊急回線を通じて)、総理官邸や経団連会長からの怒号のような着信が殺到しているはずだ。


『ば、馬鹿な……スイッチ一つで、国のライフラインを……!?』

『ふざけるな! 早く戻せ! 損害額がいくらになると思っているんだ!』


 インターホン越しに聞こえる悲鳴。

 俺は冷ややかに言い返した。


『え? プロなんでしょう? 俺みたいな素人の手は借りないんじゃなかったんですか?』

『す、すまん! 私が悪かった! いや、申し上げございませんでしたぁぁぁ!』

『頼む! 戻してくれ! 君の権利は認める! 不可侵条約でも何でも結ぶ! だから電気をくれぇぇぇ!』


 カメラには、プライドもかなぐり捨て、泥にまみれて地面に額を擦り付ける(土下座する)社会的エリートたちの姿が、8Kの高画質でバッチリと映し出されていた。

 これぞ、現代社会の閉塞感を打ち破る、究極の「ざまぁ」である。

 個人の技術と所有権が、国家権力を完全に凌駕した瞬間だった。


『くっそワロタwww 土下座www』

『社長の土下座とか初めて見たわ』

『おっさん最強! おっさん最強!』

『これが「インフラを握る」ってことか……震えるわ』

『もうこれ、おっさんが日本の王だろ』

『国 家 転 覆 レ ベ ル』

『トイレ掃除の邪魔をした代償は高かったな……』


 俺はしばらく彼らの無様な姿を眺めていたが、これ以上止めると冷蔵庫のビールがぬるくなってしまうことに気づいた。


「……はぁ。次は無いですよ」


 俺は再びレバーを上げた。


 ズォォォォン!!


 ファンが唸りを上げ、エネルギーが再充填されていく。

 外では、安堵のあまり失禁している社長の姿があった。


「さて、トイレの続きやるか」


 俺はモンキーレンチを握り直し、何事もなかったかのように便座へと向き直った。

 世界を救う(あるいは滅ぼす)スイッチよりも、今はウォシュレットのノズル位置調整の方が、俺にとっては重大な問題だった。


(第6話 完)


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