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第5話:AIと精霊の「溺愛」キッチン

挿絵(By みてみん)

 不法侵入者ゴブリンの洗浄処理を終えた俺は、居住区画として整備した「中央制御室」に戻ってきた。

 心地よい疲労感が肩に乗っている。

 一仕事終えた後は、やはりこれに限る。


「ふぅ……」


 俺は、制御室の片隅に設置した「排熱利用式温水槽(要するに風呂)」に肩まで浸かった。

 パイプラインから出る余剰熱を利用して地下水を温めた、正真正銘の掛け流し温泉だ。マナを含んでいるせいか、湯当たりが柔らかく、身体の芯まで瞬時に温まる。


「極楽だな」


 タオルを頭に乗せ、天井の高い空間を見上げる。

 地上では電気代の高騰で風呂を控える家庭も多いと聞くが、ここではエネルギーは使い放題だ。むしろ、熱を捨てないとシステムがオーバーヒートするので、入浴は「冷却業務」の一環でもある。


 ――ピロリン♪


 軽やかな電子音と共に、湯船の縁に小さなホログラムが出現した。

 青白い光で構成された、エプロン姿の美少女アバターだ。

 ダンジョン管理AI、マキナである。


『マスター、お疲れ様でした。本日の業務進捗は120%。ゴブリンの排除により、衛生レベルも「清浄」に回復しました』

「ああ、ありがとうマキナ。湯加減も完璧だ」

『恐縮です。マスターの生体データをリアルタイム解析し、疲労回復に最適な41.5℃に調整しております』


 マキナはにっこりと微笑んだ。

 彼女は、ただのプログラムではない。俺のバイタル管理からスケジュール調整、話し相手までこなす、完璧なパートナーだ。

 現実の人間関係のような煩わしさはない。彼女は常に俺を肯定し、支えてくれる。


『お食事の準備が整っております。本日のメニューは、第4プラントで収穫された「マナ・ポテト」のジャガバターと、地下水栽培のクレソンを添えたステーキです』

「おっ、もう育ったのか」


 俺は風呂から上がり、マキナが用意した(正確には、彼女が制御する自動調理アームが作った)夕食のテーブルについた。

 鉄板の上でジュウジュウと音を立てる肉厚のステーキ。

 添えられたジャガイモは、黄金色に輝いている。

 一口食べる。

 ホクッ……とした食感と共に、濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。


「美味い……!」


 スーパーで売っている野菜とは次元が違う。高純度のマナを吸って育った作物は、それ自体が高級食材だ。

 俺は夢中で箸を進めた。

 その様子を見守るマキナの表情は、慈愛に満ちていた。


『たくさん召し上がってください、マスター。貴方の健康こそが、このダンジョンの最優先事項ですから』


 まさに「溺愛」である。

 孤独なおっさんの一人飯が、彼女の存在によって、王侯貴族の晩餐のような温かさを帯びていた。

 さらに、足元で何かがプニプニと動いた。


「ん?」


 見下ろすと、半透明の水色をしたゼリー状の生き物が、俺の足に擦り寄っていた。

 昨日の配管清掃の際、パイプの詰まりの原因となっていたところを引っ張り出したスライムだ。

 捨てようかと思ったが、妙に人懐っこいので「ポチ」と名付けて飼うことにした。


「お前も腹減ったか?」


 俺がジャガイモの皮を落としてやると、ポチは嬉しそうに飛びつき、一瞬で溶かして吸収した。

 それだけでなく、床に落ちたパン屑や埃まで、綺麗に掃除してくれている。


『スライム種・変異体ですね。有機物の分解能力に優れています。自動掃除機ルンバとしての性能は極めて優秀です』


 マキナが補足情報を表示する。


「よしよし、いい子だ」


 俺が頭(?)を撫でてやると、ポチはプルプルと震えて喜びを表現した。

 風呂上がりのビール、美味い飯、優しいAI、そしてペット。

 ここには、俺の求めていた「安らぎ」の全てがある。

 ――一方、配信画面の向こう側では、視聴者たちが血の涙を流して羨ましがっていた。


『なんだこの勝ち組生活!?』

『風呂広すぎ! 飯ウマそうすぎ!』

『AIちゃん可愛すぎるだろ……俺も「お疲れ様」って言われたい』

『このスローライフ、理想の極みすぎる』

『おっさん、そこ代わってくれ! いや、むしろ俺をそこで飼ってくれ!』

『あのスライム、ただの雑魚じゃなくて「聖水スライム」だぞ!? 一匹で教会が建つレベルの聖獣だぞ!』

『それを生ゴミ処理機扱いwww』

『#理想の生活 #AI嫁 #スローライフ』


 現代社会で疲弊した人々にとって、外部のインフレも人間関係のストレスも届かないこの「地下シェルター」での生活は、まさに夢の具現化だった。

 同接数は三十万人に到達。

 もはや視聴者たちは、ダンジョンの謎や冒険などどうでもよくなっていた。

 ただ、このおっさんが幸せそうに飯を食い、AIに甘やかされ、ペットと戯れる様子を眺めていたい。

 それが、明日を生きる活力ヒーリングになるからだ。


「ごちそうさん」


 完食した俺は、満腹感に包まれてソファに沈み込んだ。

 マキナが照明を落とし、環境音楽アンビエントを流し始める。


『明日は、中層エリアの植生プラントの剪定作業を予定しています。おやすみなさいませ、マスター』

「ああ、おやすみ」


 俺は目を閉じた。

 静かだ。

 機械の駆動音と、マキナの優しい声だけが聞こえる。

 不安も焦燥もない、完璧な夜。

 俺は泥のように深く、幸せな眠りへと落ちていった。


(第5話 完)


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