第4話:不法侵入者(モンスター)は「害虫」として処理する
快適な仮眠から目覚めた俺は、再び作業に戻っていた。
場所は地下三層、「廃棄物処理区画」。
巨大な焼却炉と、破砕機が並ぶ、埃っぽいエリアだ。ダンジョン内で発生した不要なマナのカスや、崩れた岩石を処理するための施設らしい。
「ここのベルトコンベア、軸がブレてるな……」
俺は巨大なゴムベルトの張りを調整しながら、独り言を漏らす。
地味な作業だが、ここが詰まるとダンジョン全体の「新陳代謝」が滞る。人間で言えば便秘のようなものだ。放置すれば、最悪の場合、逆流して上層部が汚染される。
「よし、こんなもんだろう」
調整を終え、試運転のボタンを押そうとした時だった。
――カサカサカサッ……。
背後の暗闇から、複数の何かが這いずり回るような音が聞こえた。
ネズミか?
いや、普通のネズミにしては音が大きいし、数が多い。
俺は作業の手を止め、懐中電灯を闇に向けた。
光の先に浮かび上がったのは、赤い目をした小鬼――ゴブリンの群れだった。
十匹、いや二十匹はいるだろうか。錆びたナイフや木の棒を手に、涎を垂らしながらこちらを睨んでいる。
どうやら、ダンジョンが再稼働したことで発生した濃厚なマナの匂いに釣られて、外部から迷い込んできたらしい。
「チッ……」
俺は思わず舌打ちをした。
恐怖心はない。湧き上がったのは、管理上の「不快感」だけだ。
「おいおい、ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
俺はスパナを肩に担ぎ、ため息混じりに言い放った。
ビル管理の仕事でも、たまにこういう輩がいた。空きテナントに勝手に入り込んで酒盛りをする若者や、地下駐車場に住み着こうとする浮浪者。
やることは同じだ。速やかに退去してもらう。
しかし、配信画面の向こう側はパニックに陥っていた。
『うわああああ! ゴブリンだ!』
『しかも群れじゃん! 二十匹はいるぞ!』
『おっさん逃げてぇぇぇ!』
『ヤバいヤバい、作業着で丸腰とか死ぬって!』
『誰かギルドに通報しろ! 間に合わねえか!?』
『#おっさんピンチ #ゴブリン襲来』
同接数は一気に跳ね上がり、十五万人を超えた。視聴者の誰もが、この無防備な「ただの設備屋」の悲惨な末路を想像し、悲鳴を上げていた。
だが、俺の認識は彼らとは決定的にズレていた。
俺の目には、彼らが凶悪なモンスターではなく、「不衛生な害獣」にしか映っていなかったのだ。
「まったく……これだから古い施設は困る。防獣ネットが破れてたか?」
俺はゴブリンたちの威嚇行動を無視し、腰の工具袋からタブレット端末を取り出した。
これはこのエリアの制御盤から取り外した、メンテナンス用のリモコンだ。
画面をタップし、管理メニューを呼び出す。
【廃棄物処理システム・テストモード】
【オプション選択】
ゴブリンたちが、痺れを切らして一斉に飛びかかってきた。
先頭の個体が振り上げたナイフが、俺の目の前まで迫る。
『ああっ!』
『終わった……』
『見ちゃいられない!』
視聴者が目を覆った、その瞬間。
俺は涼しい顔で、タブレットの画面をタップした。
「――洗浄開始」
ズォォォォォォン!!!
轟音と共に、通路の両脇の壁に設置されていた無数のノズルから、超高圧の水流が噴射された。
それはただのシャワーではない。工業用のウォーターカッターに近い、鉄板すら切断しかねない威力を持った「洗浄水」だ。
「ギャァァァァァッ!?」
「ギィィィッ!」
ゴブリンたちは悲鳴を上げる間もなく、凄まじい水圧に吹き飛ばされた。
前後左右、あらゆる方向から叩きつけられる水の壁。彼らは洗濯機の中の雑巾のように揉みくちゃにされ、壁に叩きつけられ、あるいは水流の刃によって細切れにされていく。
俺の周囲だけは、完璧な円形の安全地帯となっていた。
これは本来、通路にこびりついた頑固なヘドロを洗い流すための「自動洗浄システム」だ。それをちょっと強めの設定で起動したに過ぎない。
『え……?』
『は? なにが起きた?』
『スプリンクラー? いや、威力がエグすぎるだろ!』
『ゴブリンが……溶けていく……』
『おっさん、一歩も動いてねえぞ……』
一分後。
水が止まると、そこには何も残っていなかった。
ゴブリンたちの姿は跡形もなく消え去り、通路はピカピカに磨き上げられていた。チリ一つ落ちていない、完璧な清掃状態だ。
「ふむ、水圧は問題ないな」
俺はタブレットのチェック項目に「レ」点を入れ、満足げに頷いた。
「ついでに、焼却炉のテストもしておくか」
俺は次のボタンを押した。
ゴォォォォ……!
通路の突き当たりにある巨大な焼却炉の扉が開き、内部で数千度の業火が渦を巻き始めた。
水流によって排水溝へと流されたゴブリンたちの残骸(と、元々あったゴミ)が、次々と炉の中へと吸い込まれていく。
ジュッ、という短い音と共に、全てが瞬時に灰となり、浄化された。
「よし、廃棄プロセスも正常だ」
俺はタブレットを腰に戻し、再びスパナを手にした。
何事もなかったかのように、中断していたベルトコンベアの調整作業に戻る。
「さて、と。さっさと終わらせて風呂にでも入るか」
配信画面は、完全にフリーズしていた。
流れるコメントの速度が、一時的に止まったかのようだった。
『…………』
『……はい?』
『えーっと……今のは、魔法?』
『違う、ただの「掃除」だ』
『ゴブリンの群れを「洗浄」と「焼却」で瞬殺しやがった……』
『しかも本人は攻撃したつもりすらないぞ、これ』
『強すぎるだろwww 魔王かよwww』
『いや、ただの「管理人」だ』
戦わずして、全てを浄化する。
その圧倒的な「安全圏」からの実力行使に、視聴者たちは恐怖すら超えた熱狂を覚え始めていた。
同接数は二十万を超え、SNSでは新たな伝説が爆誕していた。
『【悲報】ゴブリンさん、Fランクダンジョンでただの汚れとして処理される』
(第4話 完)




