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第1話:廃棄物件の管理人

◾️主要人物の紹介


【主人公】

冴島さえじま 健司けんじ

• 年齢: 42歳

• 前職: ビル管理会社の設備管理員(勤続20年、コストカットを理由にリストラされる)

• 現職: Fランクダンジョン管理人 兼 独立国家『メンテナンス・キングダム』国王

• 性格: 寡黙で職人気質。「壊れたものは直す」が信条。権力や金銭には無頓着だが、仕事メンテナンスの邪魔をされることだけは嫌う。

• スキル:

• 【構造解析】: 対象の構造や不具合箇所を瞬時に見抜く。

• 【修繕】: 工具一つであらゆる機械・設備を最適な状態に戻す。

• 特徴: 英雄願望はなく、ただ静かに機械いじりをして暮らしたいだけだが、その無欲な行動が結果的に世界を救ってしまう。


【パートナー・マスコット】

• マキナ

• 正体: ダンジョン(惑星循環機関)の中枢管理AI。

• 外見: 青白い光を纏った、エプロン姿の美少女ホログラム。

• 役割: 健司の身の回りの世話、健康管理、ダンジョン設備の制御、そして動画配信の管理。

• 性格: 健司を「マスター」と呼び、絶対的に肯定し溺愛する。健司の作業姿を「至高のコンテンツ」として世界に配信した張本人。

• ポチ

• 正体: スライム(変異体/聖水スライム)。

• 役割: ペット兼、生ゴミやホコリを分解する自動掃除機(ルンバ的ポジション)。

• 特徴: 半透明の水色。人懐っこく、健司に助けられて以来なついている。最初はゴミ処理係だったが、最終的には高級マカロンを食べる身分に出世した。



【用語解説】

• Fランクダンジョン

魔物が出ないため資源価値ゼロと判定された廃坑。実は古代文明が作った星の重要施設であり、健司が格安で購入したことで物語が始まる。

• マナ・スケール(結晶)

ダンジョンの配管に詰まっていた「汚れ」。健司にとってはただの産業廃棄物だが、地上では「レインボークリスタル」と呼ばれる国家予算級の超希少エネルギー資源。

惑星循環機関プラネタリー・サイクル・エンジン

ダンジョンの正体。星の大気やマナを循環・浄化する巨大な環境維持装置。この故障が近年の異常気象やインフレの原因だった。

• 神のASMR

健司の作業音(駆動音や工具の音)のこと。現代人のストレスを劇的に癒やす効果があり、世界中で爆発的な人気を博した。

• メンテナンス・キングダム

最終話で健司が確立した独立特別区。いかなる国家権力も干渉できない聖域であり、健司が愛機やAIとスローライフを送る理想郷。

挿絵(By みてみん)


 湿った土の匂いと、どこか鉄錆びたような香りが鼻腔をくすぐる。

 目の前にあるのは、山肌にぽっかりと空いた黒い穴だ。入口には『立入禁止』と書かれた黄色いテープが風に揺れ、半ば朽ちかけた木の看板には『旧第三鉱山跡(Fランク・資源枯渇判定済み)』という文字が辛うじて読み取れる。


「……今日からここが、俺の家か」


 俺、冴島健司さえじま けんじ、四十二歳。

 二十年間勤めたビル管理会社を、先週付けでクビになった。


『冴島さん、君の仕事は丁寧だけどね、コストがかかりすぎるんだよ。今の時代、壊れたら直すんじゃなくて、ユニットごと交換するのが主流なんだ。君みたいな職人は、もう古いんだよ』


 人事部長の言葉が、まだ耳の奥で耳鳴りのように響いている。

 退職金と貯金をはたいて買ったのが、この埼玉県の山奥にある「Fランクダンジョン」だ。魔物が出ない代わりに、魔石も出ない。資源価値ゼロの廃棄物件。だからこそ、二束三文で手に入った。

 俺は首元の緩んだネクタイを引っこ抜き、スーツの上着と一緒に地面へ放り投げた。

 もう、誰に頭を下げる必要もない。納期に追われることも、理不尽なクレーム処理に胃を痛めることもない。

 俺はリュックサックから愛用の工具箱を取り出し、その重量感を確かめるように掌で撫でた。


「さて……まずは現況確認インスペクションといきますか」


 懐中電灯の光を頼りに、俺は穴の中へと足を踏み入れた。

 内部は想像以上に広かった。自然洞窟のように見えるが、壁面の岩肌は不自然なほど滑らかだ。

 俺は、自身の固有スキル【構造解析】を発動した。

 視界が青白く染まり、岩の向こう側にある「構造」がワイヤーフレームのように浮かび上がる。

 ――やはり、ただの洞窟じゃない。

 壁の裏には、血管のように張り巡らされたパイプライン。床下には、巨大なシャフトや歯車のシルエット。

 まるで、山全体がひとつの巨大な「機械」であるかのような構造だ。だが、そのほとんどが赤色の警告色(エラー表示)で埋め尽くされている。


『循環不全』『異物混入』『圧力低下』。


 視界に浮かぶ無機質なエラーログ。それを見た瞬間、俺の胸の奥で、長年抑え込んでいた「職業病」が疼き出した。


「……気持ち悪いな」


 壊れたものを見ると、直さずにはいられない。たとえそれが、自分のものであってもなくても。

 俺はエラーの反応が最も強い場所へと歩を進めた。

 そこは、ドーム状の大空間だった。

 天井高は二十メートルほどあるだろうか。その最奥に、鎮座しているものがあった。

 巨大な、吸気ファンだ。

 直径五メートルはある金属製の羽根車。蒸気機関車(SL)の動輪を思わせる重厚な鋳鉄の質感。表面には幾何学的な紋様が刻まれているが、今はその輝きも失われている。

 ファンは完全に停止していた。

 原因は一目瞭然だ。吸気口のグリッドに、黒いタールのような粘着質の汚れがびっしりと詰まっている。長年の間に蓄積した、魔素マナおりだろう。


「これじゃあ、酸欠になるわけだ」


 俺は舌打ちを一つ漏らすと、Yシャツの袖をまくり上げた。

 誰も見ていない。上司の許可もいらない。見積書を作る必要もない。

 ただ、目の前の不具合を解消する。それだけでいい。

 俺は工具箱からスクレイパー(汚れを削ぎ落とすヘラ)とワイヤーブラシを取り出し、巨大なファンの前へと歩み寄った。


「よし、やるか」


 カッ、カッ、カッ。


 静寂に包まれた地下空間に、金属音がリズミカルに響き渡る。

 俺は無心で汚れを削り続けた。

 頑固な油汚れのように粘りつく黒い結晶。普通の人間なら嫌悪感を抱くかもしれないが、俺にとっては慣れ親しんだ感触だ。

 こびりついた汚れの下から、鈍く光る本来の金属肌が見えてくる。その瞬間がたまらなく好きだった。

 世界が少しだけ、あるべき姿に戻る瞬間。

 俺の額から汗が流れ落ちる。Yシャツは泥と油で真っ黒だ。だが、不思議と疲れは感じない。むしろ、指先から充実感が全身に行き渡っていくのを感じる。

 ――その時だった。

 俺の背後、天井の闇の中で、小さな赤い光が点滅を始めたことに、俺は気づいていなかった。

 古代の監視システムが、侵入者(俺)の行動を検知し、再起動プロセスを開始していたのだ。


『……管理権限者アドミニストレータの生体反応を確認』

『システムチェック……メイン吸気口の洗浄作業を検知』

『規定値に基づき、当該作業のログ保存を開始します』

『――配信ストリーミングモード、起動』


 空中に浮遊する微細なマナ粒子が結集し、目に見えない「カメラ」となって俺の背中を捉える。

 その映像は、次元を超えたネットワークを通じて、地上の動画共有サイト「ダンジョン・チューブ」の片隅に、ひっそりと映し出された。


 タイトル:【無音】Fランク廃坑のメンテ配信 #001


 視聴者数はゼロ。

 サムネイルは、薄暗い洞窟で黙々と作業する、薄汚れたおっさんの背中。

 あまりにも地味すぎる絵面。現代のきらびやかなエンターテインメントとは対極にある光景。

 だが、俺はそんなことなど知る由もない。


「ふぅ……こんなもんか」


 一時間ほど格闘しただろうか。

 俺は最後のひとかたまりを剥がし終え、腰を伸ばした。足元には、黒い結晶の山ができている。

 グリッドは新品同様に磨き上げられ、懐中電灯の光を反射して鈍い銀色に輝いていた。


「テスト稼働、いけるか?」


 俺はファンの基部にある、手動操作用とおぼしき巨大なバルブに手をかけた。

 錆びつき、固着しているかと思ったが、意外にもスムーズに回った。

 キィィィィ……ン。

 高い金属音と共に、巨大なファンがゆっくりと動き出す。

 グォン……グォン……。

 重低音が響き、停滞していた空気が動き出す。

 最初は緩やかに、やがて力強く。

 シュゴオオオオオオオオ……!

 心地よい風圧が俺の髪を揺らす。吸気口から新鮮な外気が吸い込まれ、地下深部へと送り込まれていく。

 機械が呼吸を取り戻した音だ。


「いい音だ」


 俺は満足げに呟き、ポケットから温くなった缶コーヒーを取り出してプルトップを開けた。

 ゴクり、と喉を鳴らして飲み干す。

 美味い。

 高級レストランのワインより、今の俺にはこの一本の缶コーヒーのほうが価値がある。

 その時、俺の視界の隅で、青いインジケーターのようなものが明滅した気がした。

 気のせいか?

 いや、ファンの回転に合わせて、壁面のあちこちに淡い光が灯り始めている。

 まるで、眠っていた施設全体が、俺の作業に呼応して目を覚ましたかのように。

 そして、俺の知らない場所――地上のネット上では、異変が起き始めていた。

 たまたまその配信を開いた数人の視聴者が、コメントを打ち込み始めていたのだ。


『え、なにこれ』

『ただのおっさんが掃除してるだけ?』

『いや待って、音ヤバくない? めちゃくちゃ良い音するんだけど』

『それより足元のゴミ見て! あれ、マナ・クリスタルの原石じゃね!?』

『は? 原石って、あの黒いやつ? あんな量、国宝級だぞ』

『嘘だろ、無造作に積み上げてるけどwww』

『このおっさん何者!?』


 同接数が、一桁から二桁へと、不気味な速度で上がり始めていた。


「さて、今日はもう寝るか」


 そんな騒ぎには一切気づかず、俺は持参した寝袋をファンの横――機械の駆動音が一番よく聞こえる特等席――に広げた。

 一定のリズムで響く重低音は、俺にとって最高の子守唄だ。

 久しぶりに、深く眠れそうな気がした。


(第1話 完)

次回 第2話:ゴミだと思っていた埃が、国家予算級だった


• あらすじ:

主人公は黙々と作業を続ける。「フィルターが詰まってちゃ効率が落ちる」と、詰まっていたヘドロや結晶化した埃を削ぎ落とし、無造作に足元に積み上げていく。

一方、配信画面を見ていた視聴者は騒然としていた。彼が「ただのゴミ」として扱っているその結晶は、現代社会で枯渇しかけている超希少エネルギー資源「マナ・クリスタル(純度99.9%)」だったからだ。

コメント欄が「それ捨てないで!」「1個で家が建つぞ!」とパニックになる中、主人公はコメントに気づかず、「ふぅ、綺麗になったな」と満足げに缶コーヒーを飲む。


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