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第四章 林間学校 ー準備編ー

お久しぶりです。少々間が空きましたが「ウチに先生がいる?!」第四話目をお送りします。

中間試験が終わって真たちはいよいよ林間学校が目の前に迫ってきます。

さて、林間学校ではなにが起こるんでしょうか?

その前にも何かある?

それは貴方の目でご確認ください。

 キーン、コーン、カーン、コーン。

「……終わった」

 中間考査ラストの古文が終わって答案が回収されていくのを横目で見ながら、オレは机に突っ伏す。高校受験からしばらくこんなまとまったテストとは縁がなかったせいで異様に疲れてしまった。

「よー西口ぃ。どーだった?」

「まぁまぁじゃねぇかなあ?」

 國村も疲れた顔でオレの所に来る。

 手応えらしきものはなくはなかったのでそこそこ点は取れてるとは思うが、果たしてこのクラス、ひいてはこの学年の実力がどの程度なのかはまだ未知なので具体的なところは何もわからない。赤点を取るということはないと思うが。

「はーい、じゃあホームルーム始めるわよー」

 答案が回収され、監督の先生が出ていくのと入れ替わりにあず姉が教室に入ってきた。相変わらずテンションが高い。

「来週の林間学校のプリント配るから、ちゃんと読んでおきなさいよー。保護者の方にはもう送ってあるから、目を通しておいて貰ってね」

 オレは前の席から配られてきたプリントに目を落とす。そこには林間学校の行き先とざっくりした日程などが書かれていた。

「明日の休みなんかに必要なものは準備して、足りないものは買いにいったりしなさいよ」

 明日からは週末で休みなのだが、林間学校前最後の休みでもあるので、まとまった準備時間としては最後とも言える。

「えー、まだ何にも準備できてないー!」

「オレもだ!」

 教室のそこここから悲鳴にも似た声が上がる。それも仕方ないだろう。今日まで試験だったのだ。こちらの優先順位の方が上のはずで、準備してなくてもある意味当然だろう。

「中間テスト前に配ったしおりをしっかり読んで、必要なものをちゃんと準備してね。一泊二日だからって適当にしちゃあ、だめだから」

「来週、か。雨降らなきゃいいんだが」

 オレは窓の方を見ながら呟いた。林間学校ではバーベキューやキャンプファイヤーなんかも予定されている。雨なんか降ったら目も当てられないだろう。

 ちなみにオレは國村、楠、国生、館山、水樹という構成の班となった。水樹みずき 香織かおりはびっくりするほど大人しいこともあってオレはほとんどしゃべったことはないのだが、国生が声をかけたらあっさりと班に入ってくれた。このクラスでは珍しい国生の取り巻きではない一人で、そういう意味でのオレの好感度は高い。だがその一方で館山はどう思っているんだろうということは不安ではある。

「西口君はどうするの? 明日、買い物に行く?」

 隣の国生が聞いてきた。

「どうすっかなあ?」

 オレは天を見上げて記憶を探る。まだ本格的な準備はしていないが、下宿の身なので持っているものは限られているからあるものはだいたい把握している。が。

「いやぁ、やっぱ家帰って見てみないとわかんないなあ。とはいってもせいぜい着替えとバーベキューの時の軍手ぐらいだろ?」

 他に何かいるか?

「カメラとか持っていかないの?」

「スマホでいいだろ? わざわざ買うのか?」

 うーんと国生は腕を組んで考え込む。そこまでして考えないといけないことか?

「……着替え、買いにいかないの?」

「ああ、まあ着替えはちょっと見るかな?」

 結構蒸し暑くなってきたし、昼間バーベキューして夜キャンプファイヤーをすることを考えるとTシャツは多い目にあったほうがいいかもしれない。ちなみにキャンプファイヤーは体操着になっているジャージでの参加となっているが、どうも上はそこまで厳格ではないらしいので思い思いのTシャツなんかを着てもいいらしい。

「じゃあ明日、一緒に見にいかない? 着替え!」

「へ?」

 突然なにを言い出すんだ?

「い、いや、館山と行けよ。何でオレなんかと」

 だいたい女性との買い物はあず姉との件で懲りている。

「こら! まだホームルーム中よ! そこ! 私語しない!」

 あず姉がオレ達を指さしてきたのでオレ達は慌てて姿勢を正す。ちらっと見たらあず姉はまだこっちを睨んでいる。いや、そこまで悪いことした?

「とーにーかーくー! 明日明後日に買い物に行くのもいいけど、はしゃぎすぎないように!」

 そう言ってまたこっちを睨む。だからなんでそこまで睨むんだよ。

「じゃあ今日のホームルームはこれで終わり。試験お疲れ様。明日明後日は遊びすぎないようにね」

 終礼の挨拶をしたあと、あず姉が教室を後にし、生徒らもおのおの席を立ち始める。

「なんだか瀬戸先生、最後のほう怒ってなかった?」

「……怒ってた、かな」

 国生の意見に同意する。

「で、明日。どうする?」

「いや、どうするって……」

 そこでオレはふといつぞやの夜に奏さんに言われたことを思い出した。

「ま、まあ、買い物くらいなら行ってもいいかも……」

 ぼそぼそとオレは明後日の方を向きながら答える。顔、赤くなってないかな?

「やった! じゃあ詳しいことはあとでメッセージするね」

 そう言うと国生はカバンを持って女子たちの輪の中へと入っていった。

「……やった?」

 オレは国生の言った言葉の意味を考える。やったって……どういうことだ?

 ふと顔を上げると、國村がこっちをジト目で見ている。

「……なんだよ」

「いや、べぇーつにぃ」

「なんだよ。お前も一緒に買い物に行くか?」

「いや、おれは特に買うものはないからいい」

 國村はカバンを持って立ち上がる。

「ごゆっくりぃ」

「なんだよ、それ」

 教室を出て行く國村の背に問いかけるが答えは返ってこない。

「なんだってんだ、まったく」

 呟くように一人そう言いながらオレは筆記具なんかをカバンに放り込むとそれをひっつかんで帰路につく。


 瀬戸家に帰宅し、ちょっと遅めの昼食後に林間学校の準備を始める。軍手や一部の着替えはもうカバンに入れておいてもいいだろう。体操着はさすがに週明けに体育があるのでまだ入れる訳にはいかない。

「ジャージは入れておいてもいい気はするけど」

 もうこの時期に体育でジャージは着ないのでカバンに入れてもいいのだが、体操着とバラバラになるは得策でない気がした。

「うーん、やっぱりもう一枚か二枚、Tシャツが欲しいか」

 Tシャツである必要性はない。ポロシャツや襟付きのシャツでもいいのだが、やはり気楽さでいうとTシャツに勝るものではない。

「Tシャツの下に下着着るっていうのも、いまいちだしなあ」

 それ以上準備が進められず、オレはいったん手を止めるとベッドに横になった。

「明日、か」

 国生が何を考えているのかがわからない。オレは奏さんの言葉が引っかかって妙に意識してしまう。

「ガールフレンド、ねえ」

 女友達とは言っていいだろう。そこまで親しい訳ではないが、女子では比較的しゃべる方だ。だが普通、ガールフレンドといえばちょっと意味が異なってくる。恋人、とまではいわないが、もう少し近しい関係を指す場合が多いだろう。

「そういえば」

 オレは起き上がるとスマホを手にした。待ち受け画面にはメッセージが一件届いた表示が出ている。どうやら林間学校の準備中に届いたらしい。オレはスマホを操作してそのメッセージを開く。

『明日、ショッピングセンター前に十一時でいい?』

 直接メッセージのやりとりをするのは初めてだったと画面を見て改めて気が付いた。

 しかし十一時か。午前中だけで終わらせるのは難しい時間だ。

「わざとか?」

 このスケジュールだと途中で昼食を摂るのが自然の流れだろう。しかし、である。

「……何考えてんだ」

 勘違いしてしまうだろ。

 オレはスマホの画面を睨みつけて固まってしまった。

 国生は決して悪い奴ではない。何考えているかイマイチつかみ所がない気はするが、成績は悪くないし性格も――。

「いや?」

 そこでオレは首をかしげ、国生の顔を思い出す。顔はいい。かなりの美人だと言っていいだろう。クラスではもちろん、学校でも一、二位を争うんじゃないかな。スタイルもいい。体育の時に体操着姿を見たが、スレンダーで、その割には腰回りなんかも結構ボリュームがあった気がする。胸はあず姉のほうが格段に大きかったが、そのあたりは今後の成長にご期待と言ったところか。そしてなんと言っても背中まで届く長い黒髪は外せないだろう。

 それだけのルックスに加えてクラス一位、学年でも常にトップクラスを伺う成績で教師の受けもいいときたら、ほぼ死角なしと言えるのではないか。

「あの何考えてるかわからない目を除けばな」

 ときおりオレに向けるあの悪戯っぽい目。あの目を知っているのはどれくらいいるのだろう。国生の取り巻きにいるのだろうか。

「館山は知っているのか?」

 オレは再びベッドにごろんと横になって天井を見上げる。

 まあ知らないだろう。あの年相応というか子供っぽい表情を知っていれば、あんなふうに付き合えるとは思えない。

 オレはもう一度スマホの画面を見て考える。

「……もしかしてあれが素の国生なのか?」

 となると普段の彼女は仮初めの姿なのか。

「いや、まさか」

 国生の目を思い出す。

 ……だんだんわからなくなってきた。

「まあいいや、明日直接会って確かめればいい」

 オレは了解の旨、メッセージを返す。すると三分と経たずにかわいらしいスタンプでじゃあ明日! と帰ってきた。

 それを見いてオレは溜息を一つつく。


 夕方になり、オレは階下に降りてリビングに入った。ちょうどそこへあず姉が帰ってくる。

「おかえり、あず姉」

「……」

「?」

 あず姉はオレの顔を一瞥しただけで返事をしない。

「ああ梓ちゃん、おかえり」

「ただいまぁ」

 奏さんの言葉には返事するんだ……。なんなんだよ一体。

 ただまあそこまで露骨な態度を取ると、奏さんも異変に気が付いたらしい。

「梓ちゃん? どうかしたの?」

「……別にぃ」

 そう言うと着替えてくると言ってあず姉はそそくさと自室に引き上げていった。

「……何かあったのかしら?」

 何かはあったよな。オレは胸の内で呟いた。何があったのかはよくわかんないけど。

「テストの採点で忙しいんじゃないですかね」

 絶対違うよなと心の中で独りごちながら言う。

 変な子、と奏さんが階段のほうを見ながら呟く。

「ちょっと待ってね。夕飯の準備するから」

「ああ、手伝いますよ」

 オレはそう言って肩まで届きそうなウェーブした髪の奏さんの後を追ってキッチンへと向かう。


 夕食は鶏の唐揚げにナスの煮浸し。それにワカメの味噌汁だ。奏さんが料理を作っているのを見ていて思ったが、本当に手際がいい。ナスを出汁に浸している間に唐揚げを揚げて、その唐揚げの油を切っている間に味噌汁を手早く作ってしまう。そうしている間に唐揚げもナスもできあがっているという具合に無駄な時間が本当にない。手伝うと言ってキッチンに入ったが、ほとんど何もすることがなく、せいぜい皿などを並べるくらいしかできなかった。

 食卓に夕食が並ぶころにはあず姉も降りてきた。ちょうどその頃に兼人さんも帰ってきたので、少し待って四人で食卓を囲む。

「いただきます」

 オレはさっそく拳ほどもある唐揚げにかぶりついた。やや茶色みがかった衣は調味料の味が染みていて何も付けなくても充分旨い。中から溢れてくる肉汁はまだ熱いほどで、さくっとした衣も歯ごたえがよく、やみつきになりそうだ。

「おなか空いていたのね」

 奏さんに笑われて、オレは思わず赤くなってしまう。ついがっついてしまった。

「そういや、週末は予定あるのかい?」

 兼人さんがビール片手に尋ねてきた。

「あ、今度の林間学校に持っていく服を買いにいこうかと」

 そう言った途端、横でピクッと反応するのがわかった。

「へぇ、梓とかい?」

「あ、いや、友人と約束してて」

 そこまで言うと隣から寒気のようなものを感じ始めるが、オレは恐くてそっちを向けない。

「ん? 梓ちゃん、どうかしたの?」

「べぇつにぃ」

 やたらと強調するようにあず姉が答える。いや、だから怖えって。

「はっはっ、さっそく梓は真君にフラれたのか」

 ギンッ、と一瞬、場が凍る。

「ほら梓ちゃん、そんなふうにお父さんを睨まない」

「ふんっ」

 そう言ってあず姉は唐揚げをバリバリと音を立ててかみ砕く。

「しかしそうか、一緒に買い物に行く友達ができたのか。それはよかった」

「何時頃から行くの?」

 奏さんが聞いてきたので、オレは国生との待ち合わせから逆算する。

「ええと、十一時にショッピングセンターで待ち合わせているので……」

「あら、それじゃあお昼はその子と?」

「え、ええまあ」

 ガタッとまた隣で音がする。

「梓も引率で行くんだっけ? 林間学校」

「そうよ」

 あず姉が煮浸しのくたっとなったナスを口に運びながら答えた。

「それじゃあ梓ちゃんも準備しないとね。荷物は多いの?」

「そりゃあね。気楽な学生と違って先生だからいろいろと持っていく物もあるし」

 言葉にとげがある気がするが、ここは無視しよう。オレは味噌汁をすする。うん、出汁がきいている上に肉厚のワカメが旨い。

「準備は進んでるの?」

「まあだいたいは?」

「買っておかないといけないものとかないの? この週末くらいしかないでしょ、買いに行けるの」

「大丈夫よ。あとは今、詰められない物くらいだし」

 そう言ってあず姉も味噌汁の椀に口を付けた。

「だから別にまー君は友達と買いに行けばいいじゃない、足りないもの」

 味噌汁を飲みながらあず姉が言う。

「あなたたち、やっぱり何かあったんじゃないの?」

 奏さんがオレ達を見比べるようにしながら聞いてきた。それ、オレが聞きたいです。

「別に」

 あず姉が嫌に素っ気なく答える。いや、絶対なんかあるだろ。

「そういえば明日は友達と行くって?」

「ええ、同じ班の」

「もしかして女の子かい?」

「あら」

「あ、いや、えーと」

 しまった。咄嗟に否定できなかった。横で空気が凍るのがわかる。ああ、やっぱりこれが原因かあ。

 いや、ホームルームの時からなんとなく予想はしてたけど、まさかと思ってたんだよね。

「何、梓ちゃん、真君にガールフレンドができて焼きもち妬いてんの?」

「そっ、そんな訳ないでしょう!」

 声がデカいって。

「その子、かわいいの?」

「兄貴の子なんだ。面食いだろう」

 冗談半分に笑いながら兼人さんが言う。

「あらあら、それじゃあ梓ちゃんもうかうかしてられないわね」

「だから! そんなんじゃないって言ってるでしょう!」

 汁椀をテーブルに置いてあず姉が反論する。オレは黙って唐揚げをモグモグやってる。ホントこの唐揚げ旨いわ。

「じゃあなんでそんなに不機嫌なのよ?」

「別に不機嫌なんかじゃ……」

「不機嫌じゃないか」

 両親に揃って突っ込まれてあず姉も黙り込んでしまう。これじゃああず姉がちょっとかわいそうに思えてしまうけど、ここでオレが手を出すと余計話がややこしくなりそうだ。当事者の一人だし。

「もういいっ!」

 そう言うとあず姉は口にナスを放り込むとご飯をかっ込んだ。ちょっと年頃の女性としてどうなんだろうと思うような勢いで残っていた夕食を食べる。

「ごちそうさまっ!」

 そう言って食器を流しのほうに持っていくと、その脚で自分の部屋に上がってしまった。

「どうしたんだ、あいつ」

 兼人さんが首をかしげつつ奏さんに聞く。

「まだああ見えて子供なのよ。ねえ真君」

 いや、そこでオレに同意を求めないでくれ。オレは答えに窮して、ただ黙々と茶碗に残っているご飯を口に運び続けた。


 翌日の土曜日は朝から嫌になるほどの晴れで、ぐんぐん気温が上がっていき、日が高くなるころには多少暑く感じるほどだった。

 オレは試験明けでいくらかゆっくりめに起きたが、それでも国生と会う約束をしているのでそんなにのんびりとしてはおれず、早々に朝食を済ませて顔を洗う。

(さて、何を着ていこうか。いつもならもうTシャツにするところだが、さすがに国生と会うのにTシャツという訳にも……)

 そんなに数も入っていないタンスの中を見ながら考えているとふと視線を感じ、顔を上げるとあず姉のジト目とぶつかった。

「あ、あず姉、おはよ」

「……」

 黙ったまま、あず姉の顔は引っ込んだ。まだ続いてんのかよ。

 オレはふぅと溜息を一つついて、引き出しの中の服と向き合い直す。結局無難にブルーのポロシャツにベージュの綿パンを選んだ。

 スマホを見るとまだ時間はある。オレはそのスマホや財布なんかを小さなショルダーバッグに放り込んで持つと、階下に降りていった。

「あら、もう出るの?」

 奏さんが掃除機を片付けながらオレのほうを見て言った。

「いえ、まだ少し早いかなと思って……」

 そう言いかけると二階からあず姉も降りてきた。

「あら珍しい。こんな時間から」

 奏さんが声を上げるのも無理はない。あず姉はだいたい休日はスロースタートで十時過ぎに起きてくることもあるくらいなのに、今日はもうきちっとした服に着替え、あっさりとだがメイクもしている。

「どこか出かけるのか?」

 兼人さんも珍しそうだ。

「そうね。ちょっと出かけようかしら」

 なんとも中途半端な答えだ。兼人さんも新聞越しに首をかしげている。

「どこへ行くの?」

「ちょっと、ね」

 つい聞いてしまったが、案の定というか教えてはくれなかった。

 オレはなんとなく嫌な予感はしたが、あえてそこは深く突っ込まないことにする。

 そうこうしているうちに、ちょうどいい時間になった。

「じゃあ、ちょっと出かけてきます」

「はい。気をつけてね」

 オレはワンショルダーのバッグを斜めにかけると、瀬戸家を後にする。

 家を出ると熱気がむわっと襲ってきた。思ったより屋外の気温は上がっていたようだ。

「暑っ、今日は一日暑くなりそうだなあ」

 片手で日を遮りながら見上げてオレは呟く。早めに涼しいところへ避難したいなと思いながらオレは歩き出した。


 十分ちょっと歩いてオレはショッピングセンターに着いた。待ち合わせ時間にはまだもう少しだけ時間がある。オレは額に浮かんでいる汗をハンカチで拭った。

 そうしているとほどなくして国生が現れた。彼女は淡いピンクのブラウスに濃い茶色のスカート、白いくるぶし丈のソックスを合わせている。

 ずいぶんフェミニンな格好にオレは内心ドキドキしながらも極力それを表に出さないように努力した。

「おはよう西口君。ごめんね、待たせちゃった?」

「いや、俺も今着いたとこだよ」

 付き合ってるカップルみたいな会話だなと内心で思いながらオレは返事をする。

「ここにいても暑いし、とりあえず中に入ろうか」

 オレ達は微妙な距離を取って歩き出した。手を繋ぐほどの関係ではないし、並んで歩くのが精一杯なのだ。

「ここから近いの?」

 国生が聞いてきた。

「家はちょっと遠いけど、今は親戚の家に下宿してて、そこはここから十分ちょっとくらいかな」

「へぇ、下宿してるんだ」

 国生はオレの顔を興味深そうに覗き込んでくる。まあ自宅以外から通ってるのはウチの学校では珍しいほうだろう。

 あず姉、って言うか担任と一緒に暮らしてるってことまで言う必要はないよな?

 しかし国生の奴、学校と違ってくるくると表情が変わるな。

 オレはショッピングセンターの入り口をくぐりながら国生に聞いた。中はエアコンが効いていて適度に涼しい。

「でも何でオレなんだ? 館山なんかのほうが一緒に買い物するならよかったんじゃないか?」

「ダメだよ」

 国生は即座に否定してくる。

「あの子は他の子たちと同じで、優等生のわたししか見ようとしない」

「国生は優等生じゃないか」

 実際彼女はクラスで一位、学年でも上位数人の中に必ず入っている成績優秀生だ。ただ唯一、体育系は平均あたりをうろうろしているらしい。

(この体では仕方ないか)

 ちらっと国生の体を見てオレは思う。

「ちょっと、今失礼なこと考えてなかった?」

 ひえっ、見透かされてる。

「そ、そんなことないよ」

 うーん、どっかで聞いたことあるような気がする答えをしながらオレはエスカレーターのほうに向かう。

「二階でいいんだよね」

「詳しいのね」

「……近いからね」

 何故か冷や汗が背中を流れると同時に一人の女性の顔が脳裏に思い浮かぶ。

「でもさっきの話だけど、なんで優等生として見てくる館山じゃダメなんだ?」

 オレはまだ理解できないことを尋ねてみた。

「……窮屈なのよ」

 そう呟くように小さな声で答えた国生はずいぶんさびしそうに見えた。

「窮屈……」

「そう、あの姿はホントのわたしじゃないの。でもあの子たちの前ではわたしはあの姿でいることが求められている。それが窮屈なのよ」

「そう、か」

 意外なことを聞いた気がする。が、正直言って国生の言っていることを完全に理解できた訳ではない。人によって対応を変えるということがオレにはイマイチピンとこなかった。

(あず姉が家と学校で態度違うのと同じようなもんか?)

 いや、違うだろと自分の意見を否定しつつ彼女のほうを見る。

 国生はやや視線を下げて俯き気味にしていた。

「とにかく、今日はショッピングしようぜ」

 オレはわざとテンション高めに声をかけた。それが効果あったという訳でもないだろうが、国生は顔を上げるとオレのほうを見てニコッと笑った。

(あ)

 ちょっとその笑顔にドキッとさせられ、オレは不意を突かれる。

「そうね。西口君はなにを買うんだっけ?」

「あ、お、オレはTシャツかな」

 じゃああっちだね、と先に国生が歩き出すのを慌てて付いていく。

「こことか?」

 国生は一件のカジュアルウェアショップの店先に並んでいるTシャツを指さす。

「いや、ここは……」

 フルグラのTシャツを学校行事で着ていく訳にはいかないし、派手な刺繍ならもっとダメだ。第一ここの商品は高校生がおいそれと手を出せるような値段じゃない。

「べ、別の店も見てみるよ」

 オレは国生を連れて店員に見つかる前にその場から去った。

 冷や汗が出そうだな。

「どこで買うか、決まってるの?」

「まあ、だいたいは」

 と言ってもファストファッションの店くらいしか考えてない。予算的にそこくらいしか買えそうにないし。

 ということで二階にあるファストファッションのショップに来た。あず姉と来て以来二度目だ。

「ああ、ここね」

 全国チェーンということもあって国生も知っているようだ。

「国生もよく来るの?」

「ん? たまにね」

 そう言うと物珍しそうに辺りを見回しながら入っていく。オレもその後に付いていった。

「Tシャツってどの辺かな?」

 前に来たときも思ったが、ここは商品を置いている棚が高すぎて、上の方の商品が欲しい場合は店員を呼ばないといけないほどだし、この棚のせいで見通しが恐ろしく悪く、どこに何があるのかどころか自分がどこにいるのかもわからなくなりそうなのだ。

「あっち、かな?」

 オレ達はできるだけ広い通りを歩きながら目的の売り場を探す。ここは店内が広いのも特徴の一つで品揃えはいいのだが探すのが結構大変だ。

「ん?」

 オレはふと後ろを振り返る。

「? どうしたの?」

「……いや、別に」

 視線を感じた気がしたんだが。

「あ、このあたりじゃない?」

 国生がスカートをひるがえして小走りに駆け出すのをオレは慌てて追いかける。

 そこにはTシャツがハンガーに数着掛けられているほか、サイズ別に棚に畳んで置かれている。値段も手頃だし、ここで選んでおくか。

「西口君、サイズは?」

「MかLだな」

 そこでふと思った。普段着るならMでも問題ないだろうが、林間学校で動くことを考えるとちょっと大きめを買ったほうがいいのでは?

「いや、今日はLを買っておこう」

 そういってオレはハンガーを手にデザインを見る。キャラクターとのコラボTシャツかぁ。控えめなデザインなら着られなくはないが、胸元にでかでかと描かれると一気に難しくなる。それにこういうのは全体の色のバリエーションが少ないのも難点の一つだ。だいたい白か黒になってしまう。たまに違う色が合ったりするがごくわずかだ。

「まあでも、白かな」

「ふぅん」

 横目で国生を見ると、つまらなさそうな顔をしている。まあ男の買い物に付き合っているだけだし、たいして面白くないのも当然か。ここは早めに終わらせて国生の買い物に移ったほうがいいだろう。

「こいつとこっちの奴にするよ。ちょっと支払いに行ってくるから待ってて」

 オレは商品棚の間を抜けて左右を見回す。すると少し離れたところにレジのマークを見つけたのでそこへと早足で向かう。

 レジはセルフだったが簡単にできたので手早く支払いまで済ませると持ってきたトートバックをショルダーから引っ張り出す。と、横からそのバックを誰かに取られた。

 国生だった。

「わたしが広げておくから、入れちゃって」

 そう言うとオレが持ってきたベージュのバックを広げて持ってくれたので、オレは礼を言ってそこへ買ったTシャツを放り込んでいく。

「ありがとう。手伝ってくれて」

「どういたしまして」

 心なしか国生が楽しそうだ。

「さて、次は国生のだな。国生はなにを買うんだ?」

「そうねえ。わたしもTシャツ一着くらい買っとこうかしら。あとは下着かな?」

「い!?」

「あははっ! ウソよ」

 勘弁してくれ……。


 結局その後国生も同じ店でTシャツを一着だけ買い、オレ達はそこを出た。

「結構いい時間になったな」

 スマホの時計を見てオレは昼飯時なのを確認する。

「どっかで食べてく、か?」

「わたし、ハンバーガーがいいな」

 躊躇いなく答えてくる国生に気圧される。くそ、こっちは結構必死に声かけたってのに。

「ここにバーガークイーンがあったよな」

 チェーン店のハンバーガー屋ではけっこう旨いと思う店を思い出しながら言った。

「うん、いいんじゃない」

 そういえば国生がハンバーガーなんてジャンクなもの食ってるとこ見たことないなとまで思ってオレは思い直した。そもそも国生と一緒に飯食ったこともねぇんだった。そう思うと一気に緊張感が増してくる。

 でも改めて考えても国生がハンバーガーを頬張ってる姿なんて想像できないなと思う。普段彼女は取り巻きなんかと弁当を食べてたり、たまに学校の食堂でセットのランチを食ってるとこを見かけたことはあるが、素の彼女は案外ジャンキーな物が好きだったりするのだろうか。

 オレ達は一階に降りるといったんショッピングセンターの外に出て、外側に面しているバーガーショップに向かった。

 外はやっぱり結構暑い。まだ梅雨前だというのに。

 店の前はちょうど昼時ということもあってこの暑さの中でも結構な人だかりができている。それでも店員が手早く注文を処理しているために流れはそう悪くはないようだ。

 オレ達もなんとなくできている流れに乗るようにしてカウンターのタッチパネルでおのおの注文する。ちなみにオレが注文したのはダブルワッパーチーズのポテトとドリンクのセット。国生は普通のワッパーチーズのセットで、二人ともドリンクはコーラを頼んだ。

 人が多いから時間がかかるかと思ったが、意外に早く呼び出されて注文を受け取ることができた。国生もトレーでセットを受け取ると二人で空いている席を探す。

「あ、あそこ空いてる!」

 国生がめざとく空いているテラス席を見つけたので、オレ達はなんとか席を確保することに成功した。ビルの影になっているのでここは比較的涼しい。

「先に席を取っとくべきだったね」

 全くだとオレは応じた。次からは考えて行動しないといけないな。

 ……次ってなんだよ。

 自分で心の内にツッコミを入れながらバーガーの包みを解いていく。中からは肉とチーズのいい香りが溢れ出してきた。

「わあ、おいしそう!」

「あれ、国生はここは初めて?」

 ええと国生が答える。まあさもありなんといったところか。

「いただきまーす」

 オレがちょっと豪快気味にハンバーガーにかぶりつく。それを見て国生もかぶりついた。この光景を国生の取り巻き、特に館山が見たらどんな顔するんだろう。

「! おいしい!」

 ここのバーガーはサイズが大きいがパテもなかなかにキングサイズで、それでいて肉々しさが溢れる旨さがあるのが特徴だ。この味は他のチェーン店ではなかなかない。

 オレは別にオレ自身の手柄でも何でもないのに妙に気分がよかった。

 ハンバーガーを食べ進めているときに、オレはふと以前から気になってたことを口に出してみた。

「国生は以前から水樹と付き合いあったの?」

「いいえ。挨拶くらいはしたと思うけど」

「じゃあなんで今度の班に誘ったんだ?」

「いけなかった?」

「いや、別にいけなかないけど」

 オレはそこで言葉に詰まる。

「彼女、いつも一人なのよ。ほっといたら誰も班に誘いそうになくって」

 あえて言うが水樹は別に虐められている訳ではない。恐ろしく存在感がないんだ。あんまり存在感がないもんだから、オレも彼女がいたことを失念しかけていたほどだ。

「それで、今回声をかけたと」

 オレがハンバーガーにかぶりつきながら聞くと、国生はコーラのストローを咥えつつ頷く。

「じゃあもしかして、国生も水樹がどんな子か知らない?」

「そうね、ざっくりとした成績くらいしかわからないわ」

 成績も知らねぇや、オレ。まああんまり落ちこぼれてるイメージはないけど、かといって先生から一目置かれるほどの優等生って訳でもないしな。

「でも他人の成績なんてよっぽどいいか悪いかでもない限り、わかんなくないか?」

「だいたい平均点くらいよ、あの子」

「へ?」

「テストの点数」

 オレは驚いて聞く。

「なんで知ってんだ?」

「具体的には知らないけど、なんとなくわかるわよ」

 そんなもんかねえ。オレはポテトを摘まんで口に放り込むと口にポテトの味とほんのり塩味が広がっていく。

「あの子、かわいいのにね。もったいない」

「そう……だったか?」

 正直、印象が薄すぎてピンとこない。

「前髪が重いから分かりにくいけど、目もぱっちりしてるし。体もすらっとしてるし」

「ふーん?」

 小柄だというのは覚えているが、それ以上はイメージしにくい。ただ確かに髪がかかって顔が分かりにくかった覚えはある。

「この機会にもうちょっと社交的になれればいいのにね」

「そうだな」

 オレはあまり深く考えずに答えた。この時の国生の目つきの変化に気付いていれば、後々もうちょっと面倒を避けられたかも知れないのだが……。

今回から林間学校編が始まりました。「ウチに先生がいる?!」では初めての長いエピソードです。これは三話か四話くらい続く予定です。

今回から新しいキャラが増えたり、林間学校でいろんなイベントが起こったり(バーベキューやキャンプファイヤー以外に)しますので、お楽しみに。

いろいろ今回から仕込んであったりしますので、今回を踏まえて次回以降をお待ちください……とはいっても次回は半年ほど先になる……かも。感想やレビューをいただければ突然書いたりすることもある可能性が?(^_^;

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