第二章 授業と日常 ー新しい毎日ー
「ウチに先生がいる?!」二話目です。前回がプロローグ的な内容だったので、今回からやっと話が動き出すというか、実質的なスタートを切ったような感じです。
かなりラノベ的な雰囲気を意識して書いたのですがどうでしょうか? ぜひ読後に感想をお聞かせください。
「うーっす」
新学年が始まって一ヶ月あまり。そろそろ春物では暑く感じるようになり始めた朝、教室に國村 鷲一が入ってきた。
「よう」
オレは片手をあげて挨拶をする。國村は最初にできた友達の一人だった。彼はオレの斜め前の席に着くとカバンを机の上に置いて中身を取り出す。
ウチの学校は男女がほぼ半々で、このクラスも全体で三十五人だが女子が一人多いだけでだいたい同数と言える。その生徒を男女で市松模様のように並べて座らせているせいで、國村はオレの斜め前に来ることとなった。ちなみになんでこんな並びになっているのかの説明はなかったが、おそらく授業中の私語を防ぐためではないかと生徒の間ではもっぱらの噂だ。
「一時間目なんだっけ?」
「世界史」
オレが頬杖をついたまま答える。
「おう、いきなり梓ちゃんの授業か」
内心で特大の溜息をつく。世界史は別にいい。むしろあず姉の授業はわかりやすく、ときおり脱線するがそれがいい気分転換になり、また記憶のフックにもなっているからオレ以外の生徒には受けがいい。
それだけではない。あず姉のルックスが人並み以上ということで主に男子生徒の間では密かにファンクラブができているという話もまことしやかに囁かれているほどだ。実際、小顔にくりっとした目、小さな鼻にやや厚めの唇と顔の造作もきれいだし、プロポーションも抜群となれば男子どもが色めき立たないはずもない。
だがしかし、である。オレはその流れにホイホイと乗っかる訳にはいかないのだ。
オレは授業で使うツーインワンのタブレット端末を机から取り出す。この学校では教科書の電子化がかなり進んでおり世界史もご多分に漏れずタブレットを使用するが、最近になってデジタルではイマイチ成績が伸びないとか頭に入らないという意見が目立つようになり、教師の間でもときおり問題視されるようになってきているらしい。何でもかんでも電子化すればいいと言うことでもないのか。
「そういや西口は梓ちゃんの授業の前は不機嫌そうなことが多いよな。世界史苦手か?」
「そうじゃねぇけど」
ノートを引っ張り出しながらブツブツと文句のように答える。
「じゃあ何で?」
「いいじゃねぇか別に」
変な奴とつぶやきながら國村は自分の荷物を机に詰め始めた。
一ヶ月以上経つのに、オレは学校であず姉とどう接すればいいのか、未だに割り切れていなかったのだ。もちろんあず姉などとは呼んでいないが、それ以外の様々な場面で彼女との距離感を図りかねている。あず姉が女性として魅力的だということはクラスの反応を見て改めて思ったが、家に戻ってもそのことを意識するようになってしまった。それもあって余計に学校でどう振る舞えばいいのかわからなくなっていた。
その時、教室の後ろのほうがわいわいと賑やかになっていることに気が付き、振り向いた。
「ああ、お嬢の登場か」
お嬢とは国生 綾乃のことだ。嘘かホントか知らないが入学試験を成績トップで合格した秀才とか。ここだけの話、あず姉に事の真相を尋ねたのだが「そんな事、たとえ知ってても教える訳ないでしょ」と一蹴された。
背中まで届くロングヘアに潤んだ瞳。高校生とは思えないほどの大人びた美貌の持ち主であればまわりが放っておかない。彼女は今や学年でも有名人になっており、今も取り巻き数人が囲んでいる。女子ばかりだが。
「おはよう、西口君」
「ああ、おはよ」
オレはちらっと一瞥だけして挨拶を返す。
「ちょっと、どういうつもりよ! 国生さんがわざわざ挨拶してるのになんて態度なの!」
このキャンキャンと仔犬のようにやかましいのは、国生の取り巻きの一人で館山 楓。ウルフカットにややメリハリの乏しい体つきと少年のように見えなくもないが、黙っていれば目鼻立ちも決して悪くはなく、美少女と呼んで差し支えないのだろう。だがしかし見ての通りよく吼えるのでそれも台無しだ。
「いいのよ楓。西口さんはちゃんと返事してくれたんだから」
国生がオレの右隣に座りながら館山をなだめる。おそらく彼女は俺が国生の隣に座っていることも気に食わないのだろう。
中学のころから女子は苦手だ。何を考えているのかよくわからない。単にオレが鈍感なだけかもしれないが。
まだ何か言い足りないのかブツブツ言いながら館山はオレとは反対側になる国生の席の脇に立っている。
「ごめんなさい西口さん、でも楓のことも悪く思わないであげてね」
「いや別に。気にしてないから」
むしろ気になるのは国生のほうだ。今も微笑みを浮かべてこちらを見ている。そう、オレのほうを見ているのだ。あまり彼女に注目されるのはよくない。下手をすればこのクラスの中で敵を増やすこととなる。やたらとお友達を増やす気もないが、無意味に敵も増やしたくはない。
「あの、オレの顔に何かついてる?」
「いえ、そんなことはありませんよ」
ニコニコと天使のような微笑みでこちらを見られていると、むずがゆくなってしまう。一体何を考えてるんだ?
オレはペン入れからシャーペンを取り出す。テキストが電子化されているとは言え、すべての勉強がタブレットで完結する訳ではない。提出物の多くはタブレット経由でできるようになったが、この学校でもまだ多くの生徒が紙のノートを併用している。一応タブレットにもノート機能はあるのだが、やはり使い勝手などの面でまだ未完成な部分も多く、当面、紙のノートはなくせそうにない。
国生もタブレットとノートを用意しはじめ、オレは感付かれないよう内心でのみ溜息をつく。高校生になってから女難の相でも出ているのか。
国生のことを憎からず思っていることを否定はしない。と言うよりこのクラスで彼女に好感以外の感情を持っている者などいないだろう。だが前述したようにどうもオレには彼女は何を考えているか測りかねる部分があり、そこがうっすら不気味なのだ。
「一時間目は瀬戸先生ね」
「ああ」
そうだった。国生の一件で忘れていたが、朝からさっそくあず姉の授業だった。この時間は妙に緊張するから嫌だ。
実はこの一ヶ月ちょっとで新たに判明したことがある。あず姉はルックスで生徒からからかわれそうだが、実はかなりのストロングスタイルであり、結構厳しめの授業内容でビシビシいくことで知られるようになっていた。男性教師でこのようなやり方の先生は珍しくないだろうが、女性の、それも若いあず姉のような先生がこんな授業スタイルでやるのは珍しいのではないだろうか。
もっともオレの緊張はもちろんそこではない。
(あず姉はオレが生徒でやりにくかったりしないんだろうか)
今まで何度となく考えてきたことだが、本人に確認したことはない。なんとなく気恥ずかしいというか、聞きにくかった。
と、そんな事を考えていると教室の前のドアが開いて元気な女性の声が入ってきた。
「はいはーい! 授業始めるから席についてー! もうとっくに予鈴鳴ってるよー!」
教材一式を抱えたあず姉こと世界史の瀬戸先生が元気よく教壇に立つと同時に授業開始のベルが鳴る。
「はい。おはようございます。今日も一日がんばっていこう!」
このハイテンションに最初、みんな騙された。陽気で朗らかな人物だと思ったのだ。いや、それは間違ってはいないのだが、それ以外の一面があることに皆すぐに気付くこととなった。
「それじゃあテキスト開いてー。今日はギルガメシュ叙事詩から」
ずっこけそうになる。いやいや、世界史で神話やる気かよ。
案の定教室のそこここでざわめきが起こる。実はこれももう知れ渡っているのだが、あず姉はとあるゲームに嵌まっており、ちょくちょく授業にそのネタをねじ込んでくるのだ。
「静かに。しーずーかーにー」
あず姉の声のトーンが下がっている。よくない兆候だ。教室のみんなもそれを察したのか、即座にざわめきは収まる。
「ん。では始めるわよ」
あず姉は黒板にギルガメシュ叙事詩と書いてからタブレットを手に読み始めた。本気で神話に一コマ使う気か。
オレはちらっと右横を見た。国生が苦笑いをしながらタブレットを見ている。手に何も筆記具を持っていないから、ここが本気の授業でないことは理解しているようだ。
おそらくあず姉としては導入のつもりなんだろう。
「……ということで、このギルガメシュ叙事詩は四大文明の一つ、古代メソポタミア文明で作られたと言われてるんだけど、他の四大文明は? はい橋本さん!」
「ひゃいっ?!」
名指しされた橋本はまったく予想してなかったのか返事をする声が裏返っていた。教室内のそこここからクスクスとかすかな笑い声が聞こえるが、こんなふうにあず姉は突然当ててくるのだ。
「え、えーっと、中国?」
「中国文明ね、他の二つは?」
「えーっと……」
「この前の授業でやったわよ。ちゃんと覚えておきなさい。じゃあ館林さん。残りの二つは?」
「はいっ」
やや小柄な館林が元気な返事とともに立ち上がる。
「エジプト文明とインダス文明です」
「はい、いいわよ、座って。橋本さんはもっとしっかり勉強しなさい。次も当てるわよ」
あず姉の授業は終始こういう感じで、雑談かと思ったらいきなり授業に戻ってくるから気が抜けない。それにしても館林はやっぱりすらすらと答えたな。さすがはクラス二位の成績の主だ。ちなみに一位は言うまでもなく国生だ。オレを含め、男子陣が不甲斐ないという指摘は甘んじて受け止めよう。
授業を進めるあず姉はピンと背筋を伸ばして鋭い眼光で教室中を見回している。まだ二十五歳なのにベテランのような貫禄があると言われているとかいないとか。だが姿勢良く教室内を歩いているせいでモデル顔負けのプロポーションが男子生徒の目を惹きつけてしまう。
「こら、ぼーっとしない」
男子生徒の一人が突然振り返ったあず姉に頭を小突かれた。こういった所も見逃さないのが彼女の恐いところだ。生徒の間では背中にも目があるんじゃないかとかニュータイプなんじゃないかとささやき合っている。もちろんそんな訳はない。
あのあず姉がねえ。
オレは自宅でのあず姉と目の前の彼女とを比較して、内心で苦笑を浮かべた。
その日の夕方、オレは下宿先である瀬戸家のリビングで奏さんに用意して貰ったおやつを摘まんでいた。高校から帰ってきてそれなりに時間は経っていたので、もう服はパーカーに着替えている。
「宿題はもう終わったの?」
「あと少しだけ。これ食べたら終わらせます。今日の復習もあるし」
オレはコーヒーで口の中に残っていたマドレーヌを流し込むと立ち上がった。そこへ玄関から声が聞こえてくる。
「ただいまぁ~、疲れたぁ~」
「お帰りなさい瀬戸先生」
「もう、やめてよぉ。疲れがぶり返すぅ」
ふらふらと大げさに、さも疲れ果てたとばかりにあず姉が玄関を上がってリビングのソファにカバンを放り出し、ボフンとその隣に沈み込むように腰を下ろした。
「もう梓ったら、皺になるから着替えてきなさい」
「ちょっとだけ、ちょっとだけ休憩したら着替えるから」
奏さんがあきれたように注意しても、だらしなくソファに投げ出されたあず姉の身体は動きそうにない様子にオレも苦笑する。彼女が着ているのはパンツスーツなのでソファにこんなふうに座っていては確かに皺になってしまうだろうから早めに着替えるべきだ。
「まー君、着替え取ってきてぇ」
「何馬鹿なこと言ってるの」
おお、奏さんの声のトーンが一段下がったぞ。
「まだ手も洗ってないんでしょ。さっさと洗って、お化粧も落としてきなさい」
はぁいと気乗りしない声で返事をするとあず姉はのろのろと立ち上がり、洗面所のほうへと重い足取りで向かっていった。
「いつまでたってもだらしないんだから」
奏さんがその後ろ姿を見ながら溜息をつくが、オレは苦笑しつつ内心の動悸を意識せずにはいられなかった。
あず姉のプロポーションのよさはパンツスーツ姿でも隠されることはない。無防備にだらけてソファに身を投げ出しているときには上着ははだけ、胸元が突き出されるようになってその大きさをより主張していた。もし奏さんがいなければ本当にオレが着替えを取りに行かされたのだろうか。そして着替えを取ってきたら……よからぬ妄想が頭の中を占領する。
「さ、真君もそろそろ勉強に戻ったほうがいいんじゃないの」
「あ、はい」
オレは我に返ると慌てて自室に戻った。机に向かって残っている宿題を片付けようとするが、リビングで思い浮かべたあず姉の姿が脳裏から離れず、しばらく悶々とする羽目になった。
「晩ご飯の準備ができたわよぉ」
奏さんの声が聞こえたので、オレは勉強の手を止めて階下のダイニングに向かう。そこには奏さんとそれを手伝うあず姉がいた。彼女はロンTにジャージ生地のイージーパンツというラフな格好をしている。
「あれ、兼人さんはまだなんですか」
「今日は遅くなるって連絡があったの」
詳しいことはわからないが、どうやら兼人さんは職場でそれなりの地位にあるらしい。本来の業務以外にもいろいろと忙しいらしく、こんなふうにときどき帰りが遅いときがある。
ダイニングテーブルで俺はあず姉の隣に座る。向かいに奏さんが座って夕食が始まった。今晩のメニューはピーマンの肉詰めに冷や奴とワンタンのスープだ。実は瀬戸家ではピーマン料理が出てくることは多い。奏さんが好きらしく、そのせいかあず姉も喜んで食べている。オレはと言うと、まあ嫌いでも好きでもないが、この肉詰めはおいしいから問題ない。ただ以前にピーマンのおひたしが出てきたときは正直びっくりした。ざっくり切っただけのピーマンを素焼きして鰹節と醤油をかけて少し置いたものらしいが、見た目は単にピーマンを焼いただけなので、なかなかに迫力がある。ちなみに家で出たことはない。まああれば驚いたりしないが。
「いただきます」
オレたちはそれぞれ席について夕食に手を伸ばす。まずはやっぱりメインの肉詰めから。奏さんはテーブルにソースを用意してくれているけど、そのままかぶりつく。うん、しっかり肉に味がついているのでソースなんかなくても充分おいしい。
「どうかしら。味、薄かったりしない?」
「いえ、全然。おいしいです」
「当然。ママの料理に不味いものなんてないんだから」
この辺、あず姉が母親のことをママ呼びしてるなんてクラスの連中が知ったらどんな反応するんだろ。試したくなる衝動をぐっと堪える。そんなことをしたらあず姉に半殺しにされかねない。
「あなたもいい年なんだから、そろそろ料理くらい覚えなさい」
一緒に生活してわかったが、あず姉は料理がほとんどできない。と言うか家事全般が苦手だ。一人暮らしはほぼ無理だろう。
「い、今は別に女が料理って言う時代じゃないよ」
「でも男の人は女の人の手料理ってうれしいものよ。ねえ真君」
「え!? ああ、そうですね」
突然こっちに話題を振ってこられたので、オレは慌てて返事をしつつ、隣のあず姉の様子を窺う。
「そういうもんなの?」
あず姉もこっちを横目で見ながら聞いてきた。
「ま、まあ好きな人の手料理なら食べてみたいかな」
うん、これなら無難な答えだろう。
「むー」
あず姉は箸を咥えたまま考え込む。そんな真剣に考えるような問題だろうか。他愛ない日常会話だと思うが。オレは奏さんのほうに目を向けると、彼女は何故かニコニコとうれしそうに自分の娘を見ている。
オレはあず姉と奏さんを交互に見たが、どうにもそれぞれが何をそんなに考えているのか、よくわからなかった。
と、その時何気なくあず姉を見たオレの目が彼女の首元に吸い付く。
あず姉の着ているのがロンTというかオーバーサイズのTシャツなので、襟元がルーズになっているのだが、そのせいで横に座っているオレの目からは彼女の肩のほうまで見えてしまっていた。オレは慌てて目をそらす。
「どうかしたの、真君?」
「い、いえ、別に」
誤魔化すようにオレは茶碗の飯を口に頬張る。
……あず姉、ブラ、してねぇんじゃねぇの?
あず姉のスリーサイズなんて知るよしもないが、それでもぱっと見で結構いいプロポーションしていることくらいはわかる。それがいくら自宅とはいえ、家族以外の男がいるときにノーブラでTシャツはないだろう。
それともオレはもう家族と思われているのか? いやいや、たとえ家族でも異性がいるときに年頃の女性がノーブラってのはよくないだろう。
「とにかく梓、週末のお昼くらい何か作ってみたら?」
「……そうめんでよければ」
「いいわけないでしょう」
確かに茹でればいいだけのそうめんを料理を作ったと胸を張って出されてもなあ。
「じゃあおやつにホットケーキ焼く!」
「小学生じゃないんだから」
さすがにこれにはオレも苦笑するしかない。
「仕方がないわね。じゃあ手伝ってあげるからフィナンシェでも作りましょうか」
「うーん……わかった」
フィナンシェか。不安しかないが、奏さんが手伝うなら問題ないかな。オレはピーマンの肉詰めに再びかぶりつく。
それにしても、とオレは改めて思う。あず姉は普段からこんな格好でいるのか。いや一ヶ月以上一緒に住んでいたけどここまで薄着になったのは今晩が始めてで気が付かなかった。あとまあ努めて彼女をそう言う目で見ないようにしようとしてはいた。一緒に暮らすのに一度そういうふうに意識してしまうと、気まずいままでいないといけなくなる。
奏さんは注意しないのか? と思ってちらっと彼女のほうを見たが、黙々と箸を運んでいる。もしかして気が付いていないのか?
「っと、お醤油ちょーだい」
と言いながらあず姉がオレの前のほうにあった醤油差しに手を伸ばす。その時、襟元がオレのほうに向かってさらに大きく開いた。
「!」
やっぱ何も着けてねえじゃねぇか! いや何か見えた訳ではないが、着けていないと確信できるくらいまでは見えたよ。一応言っておくけど見ようとした訳じゃあないからな? 目に入っただけだから。
「ん? まー君どうかした?」
「……その呼び方、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「んー? まー君はまー君じゃない」
高校生にもなってまー君呼びはさすがに恥ずかしい。それについこないだまで真君って呼んでたじゃないか。
「まあまあ、真君、梓は弟ができたみたいでうれしいのよ」
「そうそう! まー君は弟みたいなもんなのよ!」
その言い方に何か引っかかるものがあったので、オレはあず姉のほうを見る。
「ん? 何?」
「あ、いや……」
何がどう引っかかったのか自分でもわからないまま、オレは食事に戻る。
違和感? そう、違和感だ。あず姉の言葉に何か違和感を感じたのだ。だがどこがどう違和感を感じたのか、具体的なところまでは言葉にできない。
オレはモグモグと口の中で咀嚼していたものをゴクンと飲み込む。
何だろう? 何に違和感を感じたのだろう? そのことを考えながらオレは夕食を食べる。付け合わせについているマヨネーズのかかった瑞々しいレタスを箸で摘まんでバリバリと心地いい音を立てながら噛みしめる。
「ふふっ、いい食べっぷりね」
「え、あ……」
奏さんに言われて思わず照れてしまう。
「ふん、何鼻の下伸ばしてんだか」
あず姉が幾分機嫌の悪そうな声で言う。なんでここで機嫌が悪くなる?
彼女の横顔を見る。
「……何よ」
「いや、何よって……」
そこでオレは言葉を濁した。逆鱗に触れるとあとあと面倒だ。
「そういえば、そろそろクラスで友達なんかもできたの?」
「ええ、まあ。人付き合いが苦手なんで、まだ少ないんですけど」
「國村君とよくつるんでるわよね」
「あず姉知ってたの?」
オレは驚いて彼女のほうを見る。
「当然。他の先生からも情報は入ってくるし、クラス内の交友関係はおおよそ把握してるわよ」
驚愕の事実。いや、この段階で知れてよかったと言うべきか。
「まあ、じゃあもうガールフレンドとかいるの?」
「……は?」
「え?」
オレとあず姉は二人揃って素っ頓狂な声を上げた。
「あら、まだなの? 高校生活は短いわよ。三年生になれば受験勉強で忙しくなるし、早めに作っとかないと」
「ちょ、ちょっと待って! 待ってください!」
今、同性の友達も少ないと言ったばかりなのに、異性の友達なんて。
そこまで考えて、ふと脳裏に国生の顔が思い浮かんだ。いや、彼女は席が隣だからちょっと言葉を交わすくらいで、友達なんて仲ではないだろう、たぶん。
「今、誰のことを考えてたのよ?」
これまで以上にドスのきいた声で横からあず姉が俺の顔を覗き込んでくる。恐い恐い。
「誰のことも考えてねえって!」
あず姉のこの反応からしてもオレが国生と付き合っているという客観的な事実はなさそうだ。オレは安堵しつつ残り少なくなった茶碗のご飯粒を箸で摘まんで口の中に放り込む。
しかしあず姉はそんなオレの横顔をじろりと横目で睨んでいる。
「怪しい」
いや、だから何がだよ。
「何にせよ、今だけじゃなくて一生付き合える友達ができるといいわね」
「一生?」
「そう。高校を出て別々の大学に行っても、違う仕事に就いても付き合い続けられるような友達」
一生付き合う友達、かぁ。考えたこともなかった。
「奏さんはいるんですか、そんな友達」
「友達と言えるかどうかは微妙なんだけど、年に一回くらい会う人はいるわよ」
「へえ、そんな人いたんだ」
あず姉も初耳だったらしく、驚いたように答える。
「そう言うあず姉は?」
「さすがにまだ大学の時の友達とは会ったりするけど、それも年々減ってるしなあ。高校時代の友達はもう連絡先もわかんないし」
「SNSとかで繋がってたりしないの?」
「あの頃はまだなかったよ、そう言うの」
夕食を食べ終え、食後のお茶を飲みながら天井を見上げてあず姉が言った。そうすると胸を反らすような格好になって、自然とバストが突き出される。そういう姿勢をされると思春期男子には刺激が強いんですが。
「まあ何にせよ、友達は大事だから、できたら大切にしなさい」
うん、と頷きながらオレは湯飲みに残っていたお茶を飲み干す。
ごちそうさまと言うと食べ終わった食器を持ってキッチンへと向かう。奏さんやあず姉も同じようにキッチンに来てシンクに食器を降ろすと、奏さんが蛇口から水を出して洗い始めた。
「じゃあオレ、まだ復習が残ってるんで」
「はい、がんばって」
二人をキッチンに残して、オレは二階の自室へと戻った。
「一生の友達、かぁ」
天井を見上げて考えるが、まだピンとこない。でもそう言う友達がいる人生は楽しそうな気はする。
オレは気を取り直してタブレットを起動して今日の分の復習を再開した。
「ウチに先生がいる?!」の日常回と言いますか、普段はこんな感じなんだよという、特に何も大きなイベントが起きない場合の雰囲気を書いておきたくて今回を設定しました。次回から学校行事だったり瀬戸家の旅行などリゾートイベントだったりを入れていく予定です……が、すいません。ちょっと次回は間が空いてしまいます。Twitterで書きますが、別の作品にかからないといけないので早くても夏が明けてからかなあ。
もし続きが気になる方がいらっしゃれば、感想などでそう書いていただければ何とかしてこちらも並行して書くよう努力いたしますので、ぜひ感想等よろしくお願いいたします。




