09 この世で最も汚いのは人間(満場一致)
「く、熊だあああああああああ!!」
『静かにしろ』
ジャイアントボアの死体に釣られ――山で幽霊より出会いたくない存在、巨大熊が姿を現した。
立ち上がれば身長5メートルはありそうだ。
この世界の生き物、全体的に2段階くらい大きいの勘弁して欲しい……。
『唸熊だ。こりゃあ大当たりだぜ』
グリズリーと言うらしい魔物は、相当お腹を空かせていたみたいで、先客のハイエナに唸り声をあげると、鋭い爪で容赦なく切り裂く。
『ギャウンッッ!?』
仲間の1匹が、爪の餌食となる。
残りのハイエナ達は大人しく、ジャイアントボアをグリズリーに譲った。
そうしてキャンキャンと、文字通り尻尾を巻いて逃げていくのであった。
邪魔者を排除したグリズリーは、鋭い爪でイノシシの胴体をしっかりと支え、鋭い牙で肉に喰らいつく。
つまり――グリズリーは己の持つ自慢の持つ武器を、全て使ってしまっており、かつ無防備な背中を私達に晒してしまっており……。
『いくぞ!』
「うおっ!?」
身構える暇もなく、私の体は木から飛び降りる。
うおおおお!? 心臓がヒュンッ――ってなる!
一方クロは冷静だ。
私の体は空中で身を捻り、刀身に黒い炎を纏わせ――まるで断頭台の刃を、罪人の首に落すように――
『《刻炎》!』
――すぱぁぁぁぁんっ!
グリズリーの頭部が刎ね飛ぶ!
大きな頭は、断末魔をあげる時間も与えず、勢いよく飛んでいき、数メートル先の川に落下。
川に流れて下流へと運ばれていく。
残った胴体は、ぴゅるぴゅると、噴水みたいに血を噴き出しながら、ズシンと音を立てながら、食べかけのジャイアントボアの体の上に重なったのであった。
***
「おお~サラサラだぁ」
グリズリーの死体を撫でると、毛の長い大型犬のような肌ざわり。
これで毛布を作れば、きっと極上の寝心地だろう。
化学繊維で作られた、現代人の庶民が使う毛布よりも高級なのは目に見えて明らか。
そりゃ天然モノの毛皮のコートが売れる訳ですわ。
Temuで3000円で買ったコートとは大違いだ。
大型犬に抱き着く感覚で、そのまま顔を埋めようとした時――ピョン。
「…………へ?」
小さな虫のようなものが、毛皮から飛び出し、私の腕にくっついた。
「ぎゃああああああ!?!? 何これええええええ!?!?」
『落ち着け。ただの蚤だ』
「全然落ち着けないんですけど!?」
まるでクロに操られている時のような、俊敏な身のこなしでバックステップ。
何度も何度も、腕を擦ってノミを払い落す。
ていうかノミでっっか!?
この距離で視認できるんですけど!?
『蚤や蜱如きでピーピー喚くんじゃねェ』
「ムリムリムリムリ! 絶対ムリ! 私虫マジでムリなの!」
勿論蜘蛛もムリ。
お兄ちゃんは「蜘蛛は益虫だから無暗に殺しちゃダメだよ」って言うけれど、私は辛抱できず、駄々をこねるので「しょうがないな」と言いながら、蜘蛛をティッシュでくるんで外に放り出してくれていた。
この世界の生き物は、私のいた世界と比べあらゆるサイズが大きい。
もし1メートルくらいある虫型の魔物が出てきたら、泡を吹いて気絶してしまうかもしれない。
その時は、私の異世界生活はそこで終了だ。
あー、想像しただけで鳥肌が立ってきた。
『王侯令嬢並の潔癖症だな』
「中世の衛生観念と現代人の衛生観念を一緒にしないで!」
『ったく……先が思いやられるぜ。《獬豸炮烙》』
クロは嘆息しながら、スキルを発動した。
多分始めて見るスキルだ。
この世界のスキル、全部名前覚えにくいんだよね……。
ファイアーボールとかファイアーソードみたいに、もっと分かりやすく翻訳して欲しいものです。
「あの……毛皮メチャ燃えちゃってますけど……私がワガママ言ったから、怒っちゃった?」
『安心しろ。《獬豸炮烙》は悪しき者のみを焼く裁きの聖火。つまり、人に害をなす蚤や蜱だけを焼いている訳だ』
「ほえー、便利なスキルもあるもんだ」
存在自体が邪悪そのものである魔剣が言っても説得力ないけど。
「本当に悪者しか焼かない炎なん?」
私は興味本位で、メラメラと燃える火に触
「あっっっっづううううううううううううううう!!!!!」
――爆速で川へダッシュし、腕を水の中に突っ込む。
「めちゃくちゃ熱いんですけど!?」
ありえない。
私ほど純粋で善人な女子中学生なんていないと言っても過言ではないのに……バカな……。
『莫迦かよテメェは』
クロに顔はついてないが、呆れているのがひしひしと伝わってくる……。
だって、虫しか焼かないって言われたから……。
『さっきのは方便だ。《獬豸炮烙》の本当の効果は、術者が指定した任意の範疇のみを焼く仙術《魔法》だ。今回は面倒だから、生き物でカテゴライズした。故に死体である唸熊の毛皮だけが焼かれなかったという寸法だ』
「なんで嘘ついたん……?」
純粋な乙女の純情を弄ばれて、手だけじゃなくて胸まで痛い。
『元は咎人の罪過を測るため、推官が使っていた仙術だ。冤罪であれば《獬豸炮烙》の聖火に焼かれることはないため、無実の証明となる』
「なるほど……」
『だがさっきも言った通り、この術は焼く対象を選択できる術に過ぎねェ。推官が賄賂を集めるために生み出されたってのが真相だ』
「カスみたいな経緯だ……」
前もって賄賂をくれれば、裁判当日に燃えないようにしてあげますよ。
みたいな触れ込みで、この世界の裁判官は、金持ちの罪人からお金をかき集めて懐を温めているのだろう。
炎だけに。
『いつの時代も、善悪を区別するのは権力者って訳だ』
クロは、人間の醜い醜態を軽蔑するように、そう吐き捨てたのであった。
「…………」
気のせいかもしれないが、その声は少しだけ怒っていて、少しだけ悲しそうに聞こえた。