08 ショート動画で見たことあるやつだ!
地面の上をのたうち回って数分後。
痛みが引いてきたタイミングで、獲物のイノシシを確認する。
「これ……食べるの?」
『食いたくなきゃ別に俺サマは構わねェぜ』
「……食べます」
昨日の朝ごはん以来、食事を一切摂っていない。
食べ盛りの中学生のお腹はペコペコだ。
クロに身を委ね、剣で器用に骨の関節に刃を入れて、後ろ脚をバキっと折りながら切断する。
すぐそこにある川で洗い、皮を剥ぐ。
すると、ピンク色のモモ肉が姿を見せた。
サイズは大きいが、ようやくスーパーでパック詰めされているような見た目になった。
いささかグロテスクだが、TikTokで肉のブロックを掃除して切り分ける動画とかで、ある程度耐性がついていたので、イノシシの顔さえ見なければ耐えられる。
『お、丁度百里香が生えてんじゃねェか』
火を起こす最中、クロが川沿いに生えている草に目を止める(私の目だが)。
食べられる草みたいで、それをブチブチと抜くと、モモ肉の中に埋め込んだ。
「ショート動画で見たことあるやつだ!」
名前は忘れたけれど、海外のキャンプ動画では、ほぼ毎回登場する香草。
似たようなものが、この世界にもあるらしい。
こうして十数分後。
油が滴る程に火の通ったこんがり肉が完成した。
上手に焼けました!
ってね。
「いただきまーす! うん、おいしい! いや、勢いでおいしいって言っちゃったけど、ちょっと硬くて臭いな……」
『何もしてねェのに文句だけは一丁前だなこの雌童……』
牧場で徹底的に管理され、スーパーに並んでいる肉と比べると、ちょっと臭み? みたいな抵抗感があるが、焼く前に仕込んだハーブと、空腹という最高のスパイスのおかげもあり、食べる手が止まらない。
これ無限に食えますわ。
すみません、白米とかあります?
ありませんよね……はい……知ってます。
「とはいえ、せめて塩は欲しい所……」
それにジビエ料理とか、キャンプ飯とか、1度は食べたいと思ってたんだよね。
キャンプというかサバイバルですけど……。
***
「ごめん……ごちそうさま。もうお腹いっぱい……」
無限に食える――と言ったけれども、まあ言葉のあやと言うやつでして……。
1/3を食べたくらいでギブアップ。
指先どころか、手首の辺りまで油でベトベトにしなった手を重ねて、ごちそうさまをする。
不味くはない。
癖はあるものの、おいしかったのは確か。
むしろもっと食べたいくらい。
でも既に400グラムは食べた気がする。
でかいんだよね……マジで。
食べ盛りの中学生でも、もう限界っす……げぷ。
「残りはどうやって持ち帰ろう?」
川の手を突っ込み、汚れた手を洗い流す。
『血抜きもしてねェからな。陽が届かず高湿なこの森じゃあ、生肉なんざすぐ腐る。狩りはテメェの修練の兼ねてるから、食べきれない分は置いていけ』
「うー、もったいない精神が……これだけあれば一週間は食い扶持に困らないはずなのに……」
とはいえ、じゃあ本格的に血抜きして、内蔵とか捨てられますか?
と、聞かれたらムリ。
足一本引きちぎるだけでグロテスクだ。
お腹を搔っ捌いて、可食部ごとに切り分ける事など、出来る訳がない。
「あっ! そうだ! せめて毛皮を再利用できたりしないの?」
昨日の夕方、襲ってきたゴブリンは、腰巻で股間を隠していた。
その中には動物の毛皮であろうものもあったのを思い出す。
これだけ大きければ、敷布団とか毛布とか、作れるんじゃないの?
作り方は知らないけど。
でもクロなら知ってるかもしれない。
『魔猪の毛皮は堅くて牙鬼でさえ使わねェよ』
「そうなんだ……」
まだほんのりと温かいジャイアントボアの胴体を撫でてみる。
毛の流れに沿って撫でているのに、堅くてごわごわして、とても触り心地がいいとは言えない。
毛の流れに逆らうように撫でると、毛先がまるでヤマアラシみたいにチクチクする。
これでシーツを作ったとしても、寝返りをうった瞬間激痛で飛び起きてしまうだろう……。
私寝相悪いからなぁ……。
『なんだ毛皮が欲しいのか』
「そりゃあね、毎晩堅い石の上で寝るとなると、休めるもんも休めないといいますか……」
人が人として生きていくうえで不可欠な三原則。
衣・食・住の内、〝衣〟は最初から満たせている。
〝食〟もキャンプ飯で満たされた。
となると、残る〝住〟もなんとしたいというのが、人間の性というものだ。
『しゃァねェな……これだから毛皮のない生きモンは……』
「クロだってツルツルじゃんよ」
『俺サマが忌まわしい人間によって、剣に封じ込められる前は、そりゃもう立派な黒毛が生えていたんだよ』
口が悪いのはお互い様なので、いつもの軽口としてお流し(まだ2日目だけど)、クロは再び私の肉体の主導権を乗っ取る。
牛一頭より重そうなイノシシの、残った後ろ足を掴むと、ズルズルと引きずる。
確実に数100キロはあるが、クロに操れる私は、例の如く脳のリミッターが外れているようで、川から少し離れた場所まで移動させた。
こりゃ明日は筋肉痛だな~……(遠い目)。
その後、剣を握ったまま、私は木に昇った。
まるで猿のような身のこなしだった。
太い枝を足場にすると、真下にジャイアントボアの死体がくる位置で止まる。
「ねぇ、その持ち主の肉体を操るスキル、ここで解かないでよね! 絶対落ちるから!」
高さは20メートルくらいある。
しかも、太いとはいえ足場は木の枝。
ナマケモノみたいにしがみついてないと、落っこちてしまう自信しかない。
クロは私の体を器用に操り、猿みたいにバランスを取っているが。
「で、この行動にはなんの意味があるの?」
『ジャイアントボアの死肉で他の魔物を釣るんだよ』
なるほど。
他の魔物がジャイアントボアの肉を食べるのに夢中になっている隙に、真上からザク! って訳ですな。
――ガサガサッ。
――ゴソゴソッ。
その時。
茂みをかき分けながら、犬みたいな生き物が数匹、ジャイアントボアに近づいてくる。
野良犬みたいに汚い毛皮だし、大型犬くらいあるとはいえ、毛布になるほどの毛皮は取れそうにない。
『鬣犬め、相変わらず死臭を嗅ぎつけるのだけは大したもんだ……いや、待て……こりゃ大物がかかったぜェ』
――バキバキバキッ。
――ザワザワザワッ。
ハイエナが仲良くジャイアントボアの肉に被りつく――直前。
もう1匹、この場所に新手の魔物が近づいてきた。
その接近音は、茂みをかき分けるというよりも、踏み均すかのように力強い音で――
『グオオオオオオオオッッ!!』
「く、熊だあああああああああ!!」