07 まあ少年漫画の寿命削るタイプの技は実質ノーコストだから
『フゴッ! フゴフゴッッ!!』
「で、でか……」
そういえば、私が異世界にきて始めて遭遇した魔物も、この牙の生えた巨大イノシシだった。
高さは2メートル。
頭から尻尾までは5メートルくらいあり、私のいた世界ではあり得ないサイズ。
『魔猪だ。雑食だから勿論人間も食うぞ。鋼で出来てる俺サマは流石に消化できないだろうがな』
『フガッ! フガッッ!!』
巨大イノシシ――ジャイアントボアは、前足を何度も土に擦り付けながら、荒い鼻息を吹き出す。
どう見ても突進の前触れだ。
象の牙みたいな巨大な牙に貫かれたら、私の腹筋はいともたやすく背中まで貫通してしまうであろう。
「ちょっと、これ逃げた方がいいんじゃないの!?」
昨日のゴブリンは、親玉であるゴブリンキングを除けば、武器を持った小学生男子と戦うような感覚だった。
でも今回はサイズ的にクマとかライオンと戦うイメージなんですけど!
『この程度の魔物にビビッていたら、黒貪森じゃ生き残れねェぞ! ほら来るぞ! 体は俺サマが動かしてやっから、目ェ閉じんなよ!』
『フゴオオッッッッ!!!!』
「ぎゃあっ!?!?」
まずいまずいまずい!
死ぬ死ぬ死ぬ!
反射的に目を瞑りそうになるが、クロのナンチャラカンチャラとかいう、持ち主の肉体を操るスキルは、視界を共有することを思い出し、怖いのを我慢して目を開ける。
ジャイアントボアの牙が、私のお腹に届く――直前。
『猴炎嘯!』
私の肉体の主導権を奪ったクロが、刀身に黒い炎を灯し、私とジャイアントボアの間の土に、剣先で一本の線を引いた。
その瞬間――
――猛ッ!
『フガッッ!?!?』
――線を引いた場所から、火の壁が出現した。
熱くて厚い火の壁が、ジャイアントボアから私の姿を覆い隠した。
そして――うおおおおおおお!?!?
「きゃあっ!?!?」
――跳躍。
私は5メートルくらいジャンプして、火の壁を飛び越えてしまった。
助走もなしでこのジャンプ力……オリンピック選手の身体能力を超えてるんじゃないの!?
帰宅部女子中学生が出せるジャン力ではない。
炎の壁の向こうには、急停止して、明らかに動揺しているジャイアントボアの姿があった。
そういえば、イノシシって、傘を開くと、獲物が急に消えたと思って、突進中でも立ち止まるという話を聞いたことがある。
『刻炎!』
クロは再び刃に黒い炎を纏わせると、腰を捻って空中で半回転。
落下する位置エネルギーを利用して、ジャイアントボアの脳天に、思いっきり剣を突き刺した!
『フゴオオオオオオオオオオオオッッッッ!?!?』
ジャイアントボアは、断末魔の如き悲鳴をあげると、そのまま横転。
私はその前にジャイアントボアの背中を蹴り上げ、華麗に着地した。
まあ、全部クロのおかげなんですけどね。
「いった!? いだだだだだだ!? 太ももの筋にかつてない痛みがああああああ!?!?」
クロの|持ち主の体を動かすスキルが解除されると、痛覚が蘇る。
あまりの痛みで、ジャイアントボアに倣って横転。
土の上をのたうち回るのであった。
そりゃそうだよね。
普通のJC3が5メートルも跳躍できるわけないし、もし出来たとしても肉体にとんでもない負荷がかかるよね。
生き物の脳味噌は、無意識にリミッターがかかっていて、本来の力の30%までしか引き出すことが出来ない、という話を思い出す。
だが、肉体の主導権を奪われていれば話は別。
クロは生物として引き出せる力を全て使い、世界記録更新確実のスーパージャンプをしたのだろう。
「ねぇ、これ寿命削るタイプの戦い方じゃない!? こんなん続けてたら私の体ボロボロになっちゃうんですけど!」
『きったはったの世界で生きていくには、テメェの体は貧弱過ぎる。多少荒療治だが、無理やり体を動かして適応させるくらいが丁度いい』
強制的に筋トレやらされるみたいな感じだ……。
個人的には、お腹に巻くだけで腹筋1000回分の効果! みたいなタイプの鍛え方を所望したいのだけれど……。
『食う。鍛える。寝る。この森で生き抜くにはそれを繰り返せ』
そのスパルタ教育は、Z世代の私にはキツ過ぎる……。
そんな事を思いながら、節々の痛みに悶え耐えるのだった。