06 自己紹介します(今更)
「あんたの翻訳スキル、もうちょっと精度どうにかなんないの?」
コイツのナンチャラカンチャラって翻訳スキルは、たまに時代劇みたいな単語が出てきて、伝わりにくいときがあるのが不服だった。
時間だって、ほにゃららの刻みたいな表現ではなく、私の世界みたいに時刻で教えて欲しいものだ。
『不立霊犀だ糞童。1文字も合ってねェじゃねェか』
「そのガキって言うのもやめて欲しいんですけど」
『俺サマはお前の名前を知らん。名で呼んで欲しけりゃ、まずは名乗れ』
「白石鈴蘭」
『シライシリンカだぁ? なんだそのヘンテコな名前は』
「いや、キラキラ度合でいったらクラスメイトにもっとえぐいのいるから」
とはいえ、異世界の住民からすれば、日本人の名前は聞き馴染みなんかないんだろうな。
『どういう意味だ?』
「白石は白い石。鈴は鈴。蘭は花の蘭」
これで伝わるだろうか?
なんか小泉進次郎構文みたいな説明になってない?
大丈夫かな……。
『なるほど。良い名だな。よほど親から祝福されて生まれたようだな』
「急に持ち上げるじゃんね。キモ」
どうやらナンチャラカンチャラという翻訳スキルはうまく仕事してくれたみたいだ。
『でも呼びにくいからこれからもガキ呼びでいいだろ別に』
「と思ったら急に落すじゃんね」
あれ? 悪魔に名前って教えてもいいんだっけ?
と思ったけれど、コイツの態度を見る限り、多分もう私の名前を忘れてるなこりゃ。
「そういうアンタの名前はなんなのよ」
コイツとか、アンタ呼びでも問題ないが、私だけ一方的に情報を開示するのは、いささか癪だ。
『哭鳴刀――それが今の俺サマの名前だ』
「今の? 昔は違う名前だったの?」
『俺サマが剣に封じられた後に、人間につけられた名前だ。その前は驪灼猴と呼ばれていた』
「ふーん」
コクメイトウもリシャクコウも、覚えにくいし呼びにくいな……。
かといって、心の中で黒い剣と呼び続けるのも文字数多くて疲れるし……そうだ。
「クロ。黒いからクロでいいでしょ。これからアンタのこと、クロって呼ぶから」
『テメェだって俺サマの名前を覚える気ねェじゃねェか! ったく、好きにしろ。元よりどっちも人間が勝手につけた名前だ。今更1つ増えた所で変わらん』
異世界生活2日目にして、ようやく自己紹介が完了。
ひと段落つき、そうなると気になってくるのが……。
「で、今はどこに向かってる訳? 本当に私を森の外まで案内してくれるんでしょうね?」
現在私とクロは、キャンプした岩の絶壁を後にし、森の奥へ進んでいた。
クロに案内されるがまま進んでいるし、太陽も見えないから、どっちに進んでいるのかすら分からない。
せめて太陽が見えれば……。
えっと、確か太陽は東から昇って西に沈むから、午前中は太陽がある方が東だよね……?
『俺サマは大気中の霊気を仙力《魔力》に変換して活動出来るが、神仙の粋に達していない、ただのガキはそうはいかねェだろ』
その時。
鼓膜が特徴的な音を拾った。
これは……水が流れる音?
「川だ!」
しばらく進むと、対岸まで1メートルくらいの小さな川を見つけた。
水底が見えており、深さは私の膝くらいだろうか?
どちらかというと沢と呼ぶべきかもしれない。
細かいことは置いといて……とにかく、水だ!
異世界転移する前に自販機で買ったポカリスエットを、昨日の昼頃に飲み干してからというもの、一滴も水を飲んでいない。
「ごくごく……うまい! ミネラルたっぷりって感じする!」
両手で掬ってゴクゴクと飲む。
零れた水が、肘に垂れてワイシャツを濡らすけど、構いはしない。
冷たい水が、渇いた体を癒してくれるのを感じた。
「あ、そうだ。ペットボトルに入れておこう」
トートバッグに入れっぱなしの、空のペットボトルを取り出し、川の水を汲む。
『変わった瓢箪だな』
「ペットボトルだよ……って、この世界にはペットボトルなんかないか」
私の世界では使い捨ての水筒みたいなもんだった――とクロに説明する。
しかし、喉が潤うと……今度はお腹が減ってくる。
『お。人間の若いメスの匂いに釣られて、食いごたえのありそうなヤツがお出ましだぞ』
「……へ?」
――ガサガサガサガサッッ!!
この場所は、周囲の生き物にとっても水分補給スポットなのだろう。
茂みがガサガサと揺れると、奥から魔物が姿を見せる!
『フゴッ! フゴフゴッ!』
それは私が見上げる必要があるサイズの、巨大イノシシの魔物だった。