47 最強の水と最強の火
「お主が甲斐甲斐しく、毎日辟火涼珠で琳晧を日射から守っておるのは知っておる! 今すぐ琳晧と共に傘の中に入るのじゃ!」
傘の上で転がすことで、まるでクーラーのような風を起こして日差しから身をまもる宝貝――辟火涼珠を持ってきた珀珀さんを見て、公主様は契機を得たかのように指示を出した。
「いくら宝貝とはいえ、日差しを守る程度のヴェールで守れるほどクロの奥義はぬるくないよ!?」
「それはこっちの台詞じゃ! 辟火涼珠は300年前、生涯を誓った伴侶とその子孫のために、妾の仙力の3割と片目を触媒にして作った秘蔵の宝貝じゃ! 守ることに関しては引けをとらぬ!」
「あれ門主様の目ん玉だったんだ……なんか急に生々しくなったな……」
ともかく。
門主様が大丈夫だと言うのであれば、私もそれを信じよう。
珀珀さんはいきなりのことで困惑しているが、他でもない公主様の言葉を信じ、琳晧くんと一緒に傘の中に入ると、上に乗せた珠を転がし始める。
幼い頃から歴代巫女のメイドを務めていただけあり、こんな状況だというのに、その傘使いには一切のブレを感じない。
「ようし! いくよクロ! 久々に最大火力でぶっ放して!!」
『おうよ!!』
ようやくかと言わんばかりの返事と共に――クロは溜め込んだ仙力を一気に解放。
そして――本来であれば溜めが必要にも関わらず、あっという間に発動直前までの仙力を炎に変換してしまった。
「えっ!? もう撃てるの!?」
『テメェがグズグズしてっから、既に発動してたんだよ』
「結果的に助かる!」
多分――私が最後まで踏ん切りがつかなかった時は、以気馭体を使って私の肉体の主導権を奪い、無理やり発動するつもりだったのだろう。
本当に食えないやつだ。
でもそれは――他の何を犠牲にしても、私の生存を最優先に選択する愛情が故なのを、私は知ってる。
ツンデレだから……コイツ。
「何もかも呑みこめええええ!! 海嘯・滔天波濤!!」
「させるかああああああ!! 燎原・炯瀾怒濤!!」
全ての呑みこむ大津波。
それを――全てを焼き尽くす灼熱の業火で立ち向かう。
相性はこちらが不利。
でも――
「クロ! もっと火力だして! 全て出しきれ!」
『既に全力100パー!』
「だったら200パーだ!」
『ったく! やってやろうじゃねぇかあああ!!!!』
私を中心に巻き起こる大業火。
しかし背後をチラリとみると、傘の中に入った琳晧くん、珀珀さん、公主様は汗1つかいていない。
まるで炎が彼女達を避けるようにしていて、熱波の影響を一切受けていなかった。
これなら――
「クロ! 300パーセントだああああ!!」
『ざっけんじゃねええええええ!!!!』
「莫迦な……ありえぬ!? 津波を火で押し返すなど!?」
――全てを呑みこむ津波。
――それさえも呑みこむ獄炎が、黒法坊を舐め尽くしたのだった。
***
全てを呑みこむ大津波と、全てを焼き尽くす大業火。
その勝敗の行く末は果たして――相性の不利を覆した私達の勝利に終わった。
燃えるものが殆どない砂浜ということも幸いして、あれだけの規模の仙術を放ったにも関わらず、周囲への被害は微笑に済んだ。
まぁ、浜に寄せられていた漁船は全部燃えちゃったけど……。
この程度なら許してくれるだろう。
多分。
「晧っ! 良かった! 無事でっ……!」
「珀姐ぇ? なんで……泣いてるの?」
背後には熱波の影響すら受けていない、無傷の琳晧くん達がいる。
公主様の作った辟火涼珠は、見事役目を果たしてくれたらしい。
宝貝の性能もさることながら、村から浜まで全力で走ってきた直後に、突然村を呑みこむような津波が迫ってきた状況下において、傘回しをやれと言われて遂行した珀珀さんも凄い。
プレッシャーで途中で珠を落してもおかしくないシチュエーションだった。
琳晧くんの救世主という点においては、今回のMVPと言える活躍だった。
幼少の頃から巫女の付き人として、そして姉として、常に琳晧くんを守り続けてきたお姉ちゃんだからこそ、やり遂げることが出来た芸当だろう。
「もう黒法坊はいない……だから、あなたが犠牲になる必要はないのよ……」
「珀姉ぇ……ボク……生きてていいの? でもそれじゃあ、村は……」
「もう大丈夫……あなたは何も心配しなくていいの……」
「それじゃあ、これからも、珀姐ぇとずっと一緒にいられる……ってこと?」
「そうよ!」
「うぅ……ぐずっ……お姉ちゃんっ! お姉ちゃんっ!」
「晧っ!」
2人は力強く抱きしめあい、共に涙を流しながら互いを呼び続けていた。
仲睦まじい姉弟愛に、思わず私も貰い涙。
『どうした? 飲んじまった海水を排水してんのか?』
「……そんな感じだよ」
涙を拭いながら、今度は黒法坊に視線を向ける。
砂浜の上には、クロの炎によって丸コゲになり、フライドチキン状態になった黒法坊の姿があった。
『無様なものよの。黒法坊』
「……ァ……ォ……ッ……」
『まだ生きてるたぁ、しぶてぇ奴だ。とっととトドメを刺すぞ白蘭』
羽毛は全て焼け焦げ、地肌も真っ黒になった惨めな姿。
村人を騙して贄を要求した悪しき妖怪が辿る無様な結末。
指は熱で溶着して一塊の石のようになっており、生きているのが不思議なくらいの重症だった。
「ワ……レ、の……負、け……か……?」
「そうだよ」
クロの切っ先を、黒法坊の喉元に向ける。
「冥途の土産に教えてよ。なんで生贄の巫女は、女の子の恰好をした白髪の美少年なの? 白髪を指定するのはともかく、男の子にこだわる理由ってなに? 女装させるなら、最初から女の子でよくない?」
「……フッ」
私の問いに、黒法坊は嘲笑を込めた笑みを返すと――
「……我……の……性癖だ……」
「分かりみ」
――ザク。
ショタコンホモ野郎の喉を貫く。
もしアンタが良い妖怪だったなら……共に酒を飲み交わせて語りあえたかもしれないのに……。
締まりの悪い結末にはなったものの、これにて無事――琳漁邑を縛る悪しき因習の因果は絶たれたのであった。
『哀れな悪たれ小僧よ……妾の尾は返してもらうのじゃ』
黒法坊にトドメを刺すと、3頭身の公主様の分霊が鯉霎扇を回収する。
あれだけの業火に晒されたことで、羽扇の黒羽の部分はなくなっていたが、彼女の尻尾から作った持ち手の部分は無傷だった。
龍の尾から作られただけのことはある。
鯉霎扇には公主様の霊力の3割が宿っているというが……3割であの大津波を起こせる威力を引き出せることを思うと、彼女が万全の状態であれば、私とクロが全力を出しても手も足も出ないのではないだろうか……?
「(生き物としてのステージが違いすぎる……)」
〝龍〟の〝公主〟と言う――上位存在の上流身分という訳だから、弱い訳がないんだよね。
彼女が人間に対して善良な妖怪で助かった……。
鯉霎扇の回収を済ませた公主様は、鯉状態に変化すると、海の中へと潜っていった。
この真下にあるという竜宮洞の本体に、尻尾を届けにいくのであろう。
しばらくすると――ざっばーんッ!!
「おおっ! 綺麗だ……!」
海から大きな水柱が立ち上がったかと思うと――それは真っ白な龍が、天へと昇る姿であった。
「あれが……公主様の本来の姿……」
公主様は封印から解かれた解放感から、大きな雄叫びをあげる。
それは人間の鼓膜を心地よく震わせる玲瓏な響きであり、思わず聞き入ってしまう声だ。
公主様はそのあとしばらく、8の字を描きながら宙を舞い続けたのであった。




