42 漁村と言えば因習だよね(偏見)
「どうかお願いします――巫女様を……いえ、ワタシの弟である琳晧を、どうか助けてくださいまし」
夜間の来訪者――珀珀さんはそういうと、いつまでも畳の上に額を重ね続けた。
アップでまとめた後ろ髪の奥から、色気のある綺麗なうなじが月明りに照らされている。
「とりあえず頭をあげてよ。順を追って説明して欲しいな」
「は、はい……っ!」
彼女はようやく頭をあげる。
けれども喉の奥に魚の骨がつっかかっているかのように喉を押さえ、挙動不審に周囲へキョロキョロと視線を動かす。
日中に見た彼女は、年不相応の陰気な色気を放つクールなメイドさん――といった印象だったので、これほど緊張している姿を見せるのは、予想外だった。
まるで悲願を達成するタイミングを虎視眈々と伺っており、ついに巡ってきた千載一遇のチャンスを、絶対に逃してなるものかという気迫を帯びていた。
そして――その絶好の機会こそが、私の存在なのだろう。
荒事の匂いを感じ取ったのか、食事を邪魔されたクロも不満を押し込み、珀珀さんの言葉に耳を傾けている(コイツに耳ないけど)。
「安心して。周囲に私達以外の気配はないから」
この庵は里正のいる本邸からは離れているし、周囲の気配を探ってみるも、盗み聞きをしている気配もない。
「はい……まず結論から申し上げます。白蘭様に、この村の土地神である――黒法坊を討伐して頂きたいのです」
『この女、面白れェな。よもや自分の村の土地神を殺せとは――だが、神殺しも悪くねェ! ギャハハ!』
――土地神。
〝神〟と名が入っているが、仙術に精通した者からすれば、神というより妖怪に分類してしまう。
その土地を縄張りとする、人に友好的な妖怪こそが、土地神の正体だ。
てか――この世界の宗教は私のいた世界の八百万の神に近い価値観なので、大抵のものは神扱いされる。
なので――土地神の存在自体は特別驚くことはなかった。
「元来――この地の海流は、常に激しい渦潮が生じており、到底漁業など出来ない土地でございました」
珀珀さんは少しずつ落ち着きを取り戻したようで、瞳に静謐さを取り戻すと、滔々と語り始めた。
己が村が奉る土地神を恨む――その理由を。
「船を出そうものなら、10浬進むことままならぬまま、沈没してしまう程だったそうです。塩害に見舞われた痩せた農地しか持っていなかった祖先たちの困苦の喘ぎを聞き届けた土地神・黒法坊は、自らの羽を抜いて鯉霎扇と呼ばれる宝貝を作りました」
ちなみに、黒法坊と呼ばれる土地神は、黒い羽を持った天狗の姿をしているとのことだ。
「(なるほど――軒先に吊るされていたカラスの羽は、黒天狗信仰によるものだったのか)」
「鯉霎扇を1度扇げば、たちまちの内に渦潮は鳴りを潜めて海は平穏を取り戻し、更にもう1度扇ぐことで竜巻を作り出し、海中から巻き上げられた大量の魚が、海辺へ豪雨のように降り注ぎ、村民達は飢えを凌いだという伝承が残っております」
「そこだけ聞けば、普通に良い神様と言えるね」
「…………」
珀珀さんは複雑そうな表情をする。
私はゆっくりと続きを促した。
「しかれども、黒法坊はその見返りとして、毎年1人――見目麗しい女児の恰好をした白髪の男児を贄に捧げるよう、要求しているのです」
「あー。なるほど……そういうパターンね」
「ワタシ達の祖先に白髪の者がいたのでしょう。先祖返りによって、稀に白髪の子が生まれるのです」
妖怪が人間を脅して、生贄を要求する事例は少なくない。
私も過去何度か遭遇したこともあるし、吟遊詩人によって唄にされてもいる。
きっと彼女は、風聞で届いた〝白袍の白蘭〟の唄を聞いて、自分達の村にいる土地神ならぬ妖怪を、同じように退治して欲しいと、私の元に来たのだろう。
「(って……ちょっと待って……)」
今なんか――聞き捨てならないワードが混ざっていたような……?
「ええと……珀珀さん? その土地神さんが要求している生贄の条件、もう1度教えて貰っても?」
「見目麗しい女児の恰好をした白髪の男児――です」
「どうもどうも」
えーっと。
〝見目麗しい〟
〝女児の恰好をした〟
〝白髪の男児〟
……ね。
はいはい……。
これは文脈から察すると……生贄は男の子って事にならない!?!?
「つまり……今代の巫女である琳晧ちゃんは、男の子ってこと?」
「そういうことになります」
「ちんぽが生えてるってこと?」
「そういうことになります」
「何センチ?」
「半寸(約1.5センチ)程でございます」
なんということだ!?
琳晧ちゃんの――否――琳晧くんの姿を思い出す。
真っ白な長い髪、お姫様みたいな可愛い顔、純粋無垢な笑顔。
「(ボクっ娘は伏線だったのかぁ~~~~!!!!)」
そういえば、彼女も開口一番に言ったセリフは、「弟を助けて欲しい」だったね。
情報を更新します。
琳晧きゅんの性別を女の子から男の子へと変更。
審議判定を行います。
審議中……。
審議中……。
「…………」
むら……❤
むらっ……❤ むらっ……❤
審議の結果、琳晧きゅんとお風呂に入りたいという結論に達しました。
『気色わりぃ妄想を垂れ流すんじゃねェ』
精神がリンクしているクロがクレームを入れてくるが、本日のカスタマーサポートは終了しているので無視。
長旅によって思春期女子の処理不足の性欲が、ムクムクと沸き立ってくる。
落ち着け……落ち着くんだ私。
――ザシュッ!
私はクロを掴むと、手首を切り裂き、痛みによって冷静を取り戻した。
「びゃ、白蘭様!?!?」
「はぁはぁ……大丈夫です。このリスカは毎日の日課みたいなものなので」
「その日課自体が大丈夫ではないのでは……?」
――という訳で話を整理しよう。
①本来この近海は酷い渦潮が生じており、とうてい漁が出来る環境ではなかった。
②そこで黒法坊という天狗の妖怪が、仙術によってその潮を止めた。
③その見返りとして、毎年白髪男の娘を生贄に捧げるように要求した。
④今年の巫女である琳晧きゅんは、依頼人である珀珀さんの弟なので、家族が妖怪に食い殺されるのを由しとせず、妖怪殺しのプロフェッショナルである私に黒法坊討伐の依頼をお願いした。
――と言った所か。
「ごめんね。申し訳ないけど――その依頼は受けられない」
「……そ、そんな」
先ほどまでとびきり可愛い男の娘の存在にテンションが上がったしまったが、それはそれとして――彼女の依頼に断りを入れる。
珀珀さんの髪に隠れていない方の目に、絶望の色が宿るのが胸に痛い。
「もし私が黒法坊を殺してしまえば、再び海は渦潮で荒れちゃう。そしたら残された村人達は飢えに苦しむことになっちゃう。私は妖怪を殺す力はあっても、潮の流れを変える力はないから……」
潮の流れを変えることの出来る程の力を持つ妖怪であれば、力尽くで村人を攫うことなど難しくない。
にも関わらず、彼は年に1人の生贄という口約束をずっと守っている。
これは村と妖怪の間に結ばれた平等な契約であり、妖怪側を一方的に、罰するべき悪であると認定することは、私にはできない。
人の命はお金に換えることが出来ないというのが――私のいた世界の価値観だった。
でもこの世界では、人の命は簡単にお金に換えることができ――その価値は驚くほどに低い。
捧げものとして農作物や家畜を生贄にするのと同じように、人の命もまた、生贄として成立してしまう。
1人の犠牲により、残りの村人が助かるのであれば、それはむしろ、村にとって非常に有利な契約と言えた。
「うぅ……そんな……晧……っ!」
珀珀さんの片目に涙がにじむ。
「ごめんね……」
彼女を絶望に叩き落としてしまった私だけど――同じくらい彼女の気持ちも理解できる。
私だって14歳まで日本で生まれ育った人間だ。
世界の滅亡よりもヒロインの命を優先するセカイ系主人公に胸を躍らせていたものだ。
それでも――この世界はあまりにも飢えが身近にありすぎている。
この村に住む人たちが、飢えに苦しむ姿を想像するだけで、胸が張り裂けそうになってしまう。
事実――本日開かれた夕餉には、大量の魚料理が並んでいた訳で。
件の天狗は、契約に基づいてしっかりと仕事を果たしていている訳で。
主人公失格なリアリストな選択をしてしまう程に――この3年半の間に、飢えに苦しむ人々を見続けてしまった。
「(私は侠に生きる人間だ。法律よりも義理や人情を優先する。それでも――個を助けて群を犠牲にするやり方は、私が定めた正義じゃない……)」
もしかすると――生贄として選ばれた少年が巫女という扱いを受け、辺境の村ではとうていあり得ない厚遇を受けているのも、土地神が満足する生贄を用意するという事情以上に、残酷な運命を辿る少年に、せめて一生分の贅沢をさせてあげようという慈悲なのかもしれない。
「失望したよね……ごめんね……」
畳の上で蹲りながら嗚咽を漏らす珀珀さんを、歯がゆい思いで見つめる。
そんな時だった――
『白蘭よ――その話、妾も一枚噛ませてもらってよいかの』
「っ!?」
何の前触れもなく――庵の中から知らない女性の声が響いた。
クロの裏声かと思ったが、クロもまた緊張感を走らせている。
珀珀さんもまた、知らない声に嗚咽を止めて顔をあげた。
彼女にも声が聞こえるということは、クロの声ではない。
というかクロの野太い野郎声では、どんだけ裏声を使っても、あんな綺麗な声にはならない。
『ここじゃ』
声の出所を探ると――私の着ているブレザーの内ポケットにたどりつく。
指をつっこむ。
出てきたのは、今日の昼間――湖から釣り上げた巨大鯉から剥がれ落ちた鱗だった。
その鱗は虹色に輝き出すと――――ポンっ!
「うわっ!?」
なんということか――鱗の中から、宙に浮く女性の小人が登場した!
手の平サイズの大きさ。
羽こそないものの、妖精のようだった。
「あ、あんたは……?」
『妾は皦竜公主――悪たれ天狗に力を奪われるまで、琳漁邑の土地神をしていた神じゃ』




