04 なんだろう……思考盗聴やめて貰っていいですか?
『ついたぞ』
「ついたって、どこに?」
『今夜の寝床だ』
エッホエッホと、刃の潰れた黒い剣(お喋り機能付き)を担ぎながら、案内されるまま歩き続けた。
正面にあるのは、岩で出来た高さ数十メートルもある絶壁。
つまる所、行き止まりである。
「約束が違うじゃん。この森から出してくれる約束でしょ?」
ゴブリンの死体を積み重ねた黒い剣は、黒い炎を撒き散らしながら私に言った。
【さて、次の契約だけクソガキ。テメェをこの魔物蔓延る森から出してやんよ。その代わりに、俺サマの願いを叶えろ】
しかし、奴が案内したのは森の出口などではなく、行き止まりの場所。
『眠たいこと言ってんじゃねェぞ糞童。黒貪森から1日で出られる訳ねェだろうが』
「そもそも私はどうやってここに来たのかすら分からないんですけど!? 異世界人にもっと優しくしろ!」
『イセカイジン? なんだそれは?』
「私、気付いたら異世界転移してたの!」
『…………はァ?』
しかし、黒い剣は要領を得ない返事をするばかりで、話が通じない。
多分この世界には、異世界という概念がないのかもしれない。
『とにかくもう日が沈む。今日はここで野宿する』
「え……本気で言ってる?」
私枕が変わると眠れないんですけど……。
枕どころか、シーツも毛布もないんですけど……。
『ある訳ねェだろこんな場所に。つべこべ言ってねェで粗朶を集めろ』
「ソダ? ってなに? 炭酸水のこと?」
それはソーダ。
あー、飲み物のこと考えたら喉乾いてきた。
でももう、ペットボトルの中身は飲み干してしまった……。
『焚き火するのに必要な枝を集めてこいって言ってんだ。今夜は冷えるぜ。毛皮を持たねぇ人間が寝るにはちと堪えるだろうな』
「木の枝ね! だったら最初からそう言ってよね」
って……待てよ?
たまに会話に齟齬があるような違和感はあるものの、そもそも、異世界人(ならぬ異世界刃)であるコイツが日本語使ってるの、おかしくない?
もしかして、私に翻訳スキルがあるとか?
『それは俺サマの《不立霊犀》の仙術だ。言語の違いを無視して意思を疎通できる。まあ、言語を持たないゴブリンには通用しねェがな』
「これもアンタの力かい! じゃあ私マジで無能力じゃん!」
てか、そのフリュウレイサイ? って翻訳スキルは心まで読めるの?
思考ダダ洩れじゃんね。
思考盗聴やめて貰っていいですか? 私の権利の侵害なんですが……。
『よく分かんねーこと言ってないで、とっとと粗朶を集めろ』
「ソダって言わないで。喉乾くから」
上を見る。
背の高い木から茂る沢山の葉っぱでよく見えないが、隙間から覗く空はオレンジ色になっている。
もう日が沈んでしまう。
中学1年生の時に行った林間学校は、山奥にあって、夜はすごく暗かったのを覚えている。
電気が一切ない森の中は、林間学校の時よりも暗くなってしまうだろう。
私は大急ぎで、焚き火に使えそうな枝を探すのだった。
明日絶対筋肉痛だよ……。
明日があれば……の話だが。
***
『よし、こんなもんでいいだろう――《猴火囁》』
――ボウッ。
数十分後。
日没寸前になってようやく、私は焚き火をするのに十分な枝を集めることが出来た。
そして、黒い剣が魔法を唱えると、刀身の先に炎が灯り、ポトンと落ちて、積み重ねた枝に着火した。
ゴブリンを焼き殺したときに使った炎の出力を、焚き火用に弱めた感じだ。
ショート動画で流れてくるキャンプ動画では、種火を引火される綿とか、松ぼっくりとかが必要だったけど、ガスバーナーより強い火力で炙られたからか、その肯定をスキップして、メラメラと燃え続ける焚き火が完成した。
『明日は日の出と共に起きるぞ。とっとと寝ろ』
黒い剣はカタカタと動き、剣先を焚き火の奥へ向ける。
そこには岩の絶壁に、奥行き1メートル、高さ1メートル、幅2メートルくらいの窪みがあった。
洞窟と呼ぶには浅すぎる、岩の凹みだ。
でも、何もないよりはマシか……。
身を屈めて横になる。
石の壁は、堅くてデコボコして寝心地は最悪だった。
「…………」
もう周囲は、地面と茂みの違いが分からない程に暗くなっている。
体を落ち着け、寝る以外することがなくなると、色んなことを考えてしまう。
どうすれば元の世界に戻れるのかとか。
どうして私がこんな目に遭わないといけないんだろうとか。
「うぅ……お兄ちゃん……お母さん……お父さん……」
ああ……ダメだ。
先のことはなるべく考えないようにしてたのに。
喋る剣という頼もしい味方(味方とは限らない)を得たとはいえ、この世界は現代人の私には過酷過ぎる。
たった半日で根をあげてしまう程に。
「帰りたい……」
異世界転移はもうコリゴリだ。
チートなしの異世界転移とか、誰が得するんだよ……。
こんな物語誰も見たくないわ、カスがよ……。
「帰りたいよぉ……」
『…………余計なことは考えず、寝ろ』
――じわり。
指先に触れている黒い剣が、カイロみたいにほんのりと温かくなる。
「温かい」
『特別大サービスだ。焚き火はあっても夜は冷えるからな』
黒い剣を抱き枕のように抱きしめ、剣先を股の間に挟む。
剥き出しの太ももに触れる熱が心地いい。
「寝てる間に魔物が来たら……どうなっちゃうの?」
『俺サマが見張っていてやるよ。俺サマは眠る必要がねェからな』
「なんか、急に優しくなるじゃん」
『…………』
「ねぇ、私の思考盗聴してるでしょ。だから優しくしてくれるんでしょ」
黒い剣はバツが悪くなったのか、返事をしてくれない。
それでも私は、コイツのことを信じて、ゆっくりと意識を手放した。
コイツが私を助ける理由は分からない。
でも、助けるということは、魔物に襲われる私を見殺しにすることはないはずだから。
こうして、異世界生活1日目は幕を閉じたのであった。