表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/30

03 聖剣より魔剣を選びたがるお年頃

くさい……」


 黒い剣を持つ私は、ゴブリンの死体に囲まれていた。

 ただでさい獣臭かった匂いに、臓物と血と、焦げた肉の匂いが追加される。


 あげく――人型の生き物(ゴブリン)のグロテスクな断面図。

 匂いと視覚のダブルパンチで、喉奥から何かがこみ上げてくる。


 何かが、というか……完全にゲロです。


『移動するぞガキ。死肉を嗅ぎつけた鬣犬ハイエナがやってくる。もう一回ドンパチやりてェって言うなら、俺サマは構わねェけどな』


「や、やだ……逃げよう」


 吐き気をこらえながら答える。

 でも、腰が抜けて動けない。


『ったく、世話のかかるガキだぜ』



 ――カタカタカタカタ。



 黒い剣が小刻みに振動する。

 すると、私の身体はまるで何者かに操られるように、勝手に立ち上がり、歩き始めた。


 多分……剣を握ったことはおろか、喧嘩すらしたことない私が、ゴブリンの群れを、武道の達人みたいにバッサバッサと切り捨てた時みたいに、この剣が私の体を動かしているんだと思う。


 肉体の主導権を大人しく譲り、私は吐き気を堪えるのに集中し、死体の山を後にするのであった。



***



『おいガキ。そろそろ自分で歩け。俺サマの以気馭体いきぎょたいは剣術の足運びに特化しているが、徒歩での移動や日常生活の細かい動きは疲れるんだ』


 ゴブリンの嫌な匂いがなくなり、吐き気も収まってきた頃。

 私の手の中にある黒い剣が、カタカタと振動しながら、脳内に直接声を送る。


「うお……体痛い……っ!」


 肉体の主導権が戻ってくる。

 同時にズン……と体が重くなり、節々に痛みが走る。

 普段使わない筋肉を、無理やり動かされた反動……ってやつ?


 とりあえず危機は脱した……と思っていいのだろうか?

 そうなると、今度は色んなことが気になってくる。


 けれど、分からないことが多すぎて、どこから整理すればいいのか分からない。

 汚れ放題になっている、実家の私の部屋の床みたいに……。


 さて――黒い剣にまず、何を聞くべきか。


「イキギョタイ……って何?」


 なぜ私が異世界転移したのかとか、どうすればスキルが使えるのとか、そもそも黒い剣(アンタ)は何者なの? とか、知りたいことは沢山ある。

 けど、なんか恰好いい単語が聞こえたので、私の興味は全部それに奪われてしまった。


 14歳の悲しいさがだね……。


以気馭体いきぎょたい以気馭剣いきぎょけんの意趣返しに編みだした仙術スキルだ――剣が人を使う。面白いだろ?』


「いや、私はまず以気馭剣いきぎょけん? がなんなのかすら分からないんですけど……」


道士(魔術師)が使う仙術(魔法)の一種だ。仙力(MP)を使って触れることなく剣を宙へ持ち上げ、縦横無尽に操る。でも以気馭体いきぎょたいは剣が人を操る』


 もしかして、ゴブリンキングを自害させたのも、その以気馭体いきぎょたいってスキルを使ったのかな?


 しかし魔術師に魔法にスキルか。

 やっぱりこの世界にもあるんだ。


『っておいおいおい! 俺サマを引きずるんじゃねェ! しっかり持て』


「だって重いんだもん。刃の部分持ったら怪我しちゃうし」


 以気馭体いきぎょたい(?)ってスキルが解かれ、自分で自分の体を動かさないといけなくなると、この剣は帰宅部女子の私には重すぎる。

 さやもないから、必然的に柄しか持つ部分がない。


『俺サマが人の手を離れたのは20年も前だ。とっくに刃は潰れてる。抱きかかえても怪我することはねェ』


「でもゴブリンは、骨ごと豆腐みたいに斬ってたよね?」


『仙気《魔力》を薄く纏わせてんだ。薄く鋭く伸ばした仙気(魔力)は、それだけで利刃りじんまさる』


 恐る恐る刃に触る。

 指の腹で刃を垂直に撫でるように。

 なんともない。


 次ぎは水平になぞる。

 やっぱりなんともない。

 思い切って掴んでみると、やはり手の皮が斬れることはなく、なんだかオモチャの剣みたいだった。


 これなら実質、ただの金属の棒だ。

 よっこいしょと、両手で担ぎ、肩に掛けながら運ぶ。


 あれだけゴブリンを切り捨てたのに、刃には血も油も付着してない。

 切れ味を纏わせた魔力が、サランラップみたいな役割も果たしていて、汚れから守っているのかな?


「でもやっぱ重いよ……アンタ自力で浮けないの?」


『それが出来たら苦労はしねェ……生身の頃から舞空術(飛行魔法)は苦手だったんだ』


「生身? アンタ、昔は人間だったの?」


妖怪(魔物)だがな』


「さしずめ、悪いことして、人間に退治されて、剣に封印されちゃったって感じでしょ? ファンタジー作品によるあるやつ」


『…………』


 からかうように言うと、聞こえているはずなのに、剣は答えない。

 きっと図星か、言いたくないような過去なのかもしれない。


 ただ、やっぱりこの剣は、無条件で人間の味方をするような聖剣とかではなく、どちらかというと、魔剣の類いなんだろうなというのは、察しがついた。

 悪魔との契約は、結果は望み通りだけど、その過程は想定とは違う悪質なものだと、相場は決まっている。

 そして契約者は必ず不幸な結末を辿る。


 猿の手みたいに。


「…………」


 それでも私は、この不気味な剣にすがるしか、生きる手段はない。


 今日魔物に殺されて死ぬか、明日魔剣に憑り殺されるかなら、私は後者を選ぶ。

今回のAIイラストは水分補給する主人公ちゃんです。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ