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作者: くるっぴ

私は皆さんに問いたいのである。


「完璧な人間」というものは、この世に存在しているのだろうか?


いや、私は存在しているとは思わない。必ずしも人間は何かしらの欠陥を持ってこの世に誕生すると私は考える。

人間に限った話ではない。犬や猫などの動物や植物にだって必ずしも欠陥はある。

それは肉体的や精神的なものだけではない。

したがって、それらの人間を含めた生物は全て完璧ではないといえる。


そして「完璧な人間」にもいろいろな種類がある。

それは、多様な人々によってあの人は「完璧な人間」だと評価する尺度が違うからだ。

人々によって「完璧」という言葉はさまざまな色に染められてしまうのだ。


ある者は言った。それは、病を知らずに健康そのものの生活をして生命を終えた人間だと。

ある者は言った。それは、知性を持ち、決して驕らず謙虚に生きる賢者のような人間だと。

ある者は言った。それは、この世界に誕生した日から命が尽きるまで万人にあの人は「完璧」だったという評価を受ける人間だと。


どの意見も傍観者から見れば正しいのであろうと私は考える。

しかし、その意見は所詮、完璧な人間でない人々の意見でしかないのだ。

完璧でない人間が同様に完璧とは言えないであろう人間を評価する。

欠陥の色が入り混じったその評価はあくまで幻想でしかないのだ。


その極論は人間が人間を評価することなど愚問である、とでも言いたげだろう。

しかし、実際問題そうなのだ。そう言わざるを得ないのだ。

その当事者である私はそうやって声高々に主張したいのだ。


「完璧」という言葉に魅了されてしまった未熟な人々は、明白な欠陥を持つ人を差別するのだ。

勿論、私と関わる中には親切な人もいた。

しかし、差別まではいかないとしても、偏見の目で見られてしまうことが大半だった。

私は見世物なんかじゃないというのに、ジロジロと舐め回すように私のことを注視する人々に私は辟易してしまう。

誰しも欠陥を持っているというのに、それが表に現れている人々だけ迫害されるのはとても不平等ではないだろうか。


しかし、そんな戯言を吐いている自分を顧みると、私も同じく欠陥を持つ人間なのだろうと自覚できる。

それでも、私は自分自身の欠陥を認めたくはなかったのだ。

欠陥だらけの人生の中で醜くとも足掻き続ける私は、周囲にはまさに滑稽だっただろう。

なぜなら私には耳がなかったのだ。この表現は比喩ではあるが、決して間違いではない。

先天性の障害ともいえようか。はっきりと言ってしまえば難聴であった。


物心ついた頃だろうか、耳が聞こえないということが世間では当たり前ではないことに気づいてしまった時、私は突然手足に枷をつけられた気分だった。

気付いてしまったが最後、これからの人生、全てにおいてその事実が私の周囲を駆け巡った。


物心ついた頃、私は幼稚園に通っていた。

周囲の人々が何を話しているのか全然分からないのだ。

相手の唇は忙しいほど動いていたのに、その言葉を一つたりとも聴き取ることができなかったのだ。

幼稚園では友達だともいえない関係性の子とも上手に話せなかった。

そのような現状で、一人ぼっちで惨めだった私を見かけて話しかけてくれた先生も、何を話しているのか分からなかった。

まったく、誰ともコミュニケーションがまったく取れなかったのだ。

そんな欠陥を抱えている子、幼稚園から追い出されても不思議ではないだろう。


それでも、幼稚園の先生たちはとても慈悲深い人々だった。

こんな醜い私でも幼稚園に置いてくれたのだ。

それが私にとってどんなに苦痛であったかも知らずに...。


・・・


小学生になって読み書きを覚えた。

それまではまともに会話もできなかった家族とも、筆談を通じてコミュニケーションを取ることができた。

読み書きの仕方を歳が二つ離れた姉が教えてくれたのだ。

彼女は健聴者だった。そして、私の父親と母親も健聴者だった。

私の家族の中では、自分だけが聴覚障害者だったのだ。


私だけがこの家族の中では腫れ物として扱われるのだ。

読み書きを教えてくれた姉とは違って、父親と母親は必要以上に私に関わろうとはしなかった。私とどんな言葉を交わせばいいか分からないのだろう。

私が読み書きを覚えて人と文字越しにコミュニケーションを取れるようになってもそれは変わらなかった。だって私をこんな身体に産んだのは誰でもない自分たちだったから、私に引け目のようなものがあったのだろう。


どうして私だけ耳が聞こえないんだろう。姉は健聴者として産まれたのに、どうして私だけ。

そんな妬みはするだけ無駄だった。それに私はこんなに自分に優しくしてくれる姉に自分のような見苦しい姿になって欲しくなかったのだ。

見苦しい姿とは見た目のことではない。

頭の上に物が落ちた時の衝撃で反応してしまうときや、甘いものや辛いもの、苦いものを食べた時に私の喉から突として出てしまう声。

私が出している声は自分自身には聞こえないけれど、きっと醜く汚らしい声をしているのだろう。

けれども、必死に日々を生きている私を大々的に嘲る人々はいなかった。

それでも皆、心の内では思っているのだ、気持ちが悪い、と。


私はその内なる声を感じ取ってしまった。

周囲の私を注視する反応を見て、私は感じ取ってしまったのだ。

私は欠陥品なのだと。


・・・


幼稚園を卒業し、小学校に通うようになっても、日々の生活は変わらなかった。

それでも家族や学校の人々と意思疎通を取れるようになっただけマシになったと謳うべきか。

一応は自分の意見を伝えられるようになったのだ、大した進歩である。


しかし、私は近くの公立の小学校に入れられてしまった。しかも普通学級だった。

私は耳が聞こえないというのに。

この小学校の普通学級の「普通」は私には適用されていない。

何が普通だ、馬鹿らしい。


私にとってはその「普通」は「普通」ではない、耳の聞こえない私にとってはその「普通」は「異常」なのだ。

けれども世間体的には、私の方が「異常」らしい。

私はそのことをこの短い数年の人生でこれでもかと思い知ったものだ。


私は普通学級に行くのは嫌だ、止めてくれと必死に両親に伝えたのにも関わらず、私の意見はゴミ箱にぽいっと捨てられてしまったのだ。

結局、筆談を通じて両親とコミュニケーションを取れるようになっても、私の言葉は伝わらなかった。

これでは今までと何も変わらない。


私はろう学校に行きたかった。

世の中には私のような耳の聞こえない人たちが集められている学校がある、と姉が教えてくれた。

私はそんな夢のような所があるなら是非行ってみたいと思った。

その場所では私は「普通」になれると思ったからだ。


それでも両親はまだ信じているようだった、私が健聴者のように普通に生活できるようになることを。

しかし私は知っていた。もうそんな日は二度とやってはこないことを。


欠陥品で産まれた私は、その欠陥を治すピースを持ち合わせていない。

そして治す術も持ち合わせていないのだ。私はその事実を受け入れるしかなかった。


小学校の教室で私は浮いていた。

それはもう浮きまくりだった。青空に浮かぶ雲のようにぷかぷか浮いていた。


だってそんなの当たり前だろう。入学する前から察しがついていたことだった。

文字越しでしか会話ができないなんておかしい。

耳が聞こえないのはおかしい、口頭で話せないのはおかしい。

大人は気を使って言わないことを、彼らはずけずけと踏み躙るように言った。


そんな小学生の純粋な詰問を私は直で受け止めるしかなかった。

言い返すことができなかったのだ、だって私は「異常」なのだから。


学校が始まったばかりは物珍しさで私に構う人は少なからずいた。

しかし一か月も経てば、それはもう様変わり。

私は幼稚園と同様、一人ぼっちになってしまった。


私はその事実に悲しみを抱くことはなかった。

寧ろ、私の方からクラスメイトを邪険にしていたほどだ。

休み時間やお昼休みのときにはひたすら本を開いていた。

授業は何を話しているのか理解できなかったから聞いているふりだけをした。

たまにあったペアワークやグループワークは形だけやっているふりをした。


そんな行動を続けている私をクラスメイトはこう思っただろう。

この人は「いらない」人なんだ。

その日からだろうか、私は空気として扱われるようになった。

いてもいなくても変わらない。呼吸をするように私はクラスメイトから無視をされるようになった。

それでも私は仕方ないことだと思っていた。だって私は「異常」なのだから。


・・・


小学校では空気のような存在だった私でも、家の中では騒がしかった。

優しい姉がいたからだ。こんな醜い私にも優しくしてくれる唯一の人。


私は姉のことが大好きだった。そして姉もきっと私のことが大好きなのだろう。


朝は姉と一緒に手をつないで登校している。その途中、姉はいつも鼻歌を歌っているらしい。

私には聴こえないけれど、自慢の姉のことだからきっといい音色なんだろうな。叶うはずもないけど、いつか聞いてみたいと思った。

そして小学校で授業が終わるといつも私の教室の前にいて、一緒に帰ろうと言ってくれる。

いつもにこにこしていて可愛い姉を見ていると、とても心地よい。

姉の隣が、私の唯一の居場所だった。

そして帰りもまた、姉は鼻歌を歌っていた。鼻歌を歌っている姉の横顔を眺めていると、私はとても幸せな気分になれた。


家に帰宅すると、姉は私に読み書きを教えてくれる。

その時間は毎日一時間程度で、たまに姉が忙しくて教えてくれない日もあるけど、とても楽しい時間だった。

そして姉はその読み書きの時間が終わった後、今日起きた出来事をノートに書いて私に教えてくれるのだ。


(今日は友達と折り紙をしたよ、つるを作ったんだよ!)


(折り紙たのしそう!でもつるが何かわからないよ。)


(つるはねーこんな感じのやつ!)


そして姉はつるという動物の絵をノートに書いてくれた。


(うわー!すっごい!こんなの作れるの。)


(うん!そうだよ!今度教えてあげる!)


(ほんとに?うれしい!やくそくだよ!)


(うん、やくそく。)


隣で微笑んでいる姉を見た。

そしてこう思った。ああ、私はなんて幸せ者なんだと。

私には姉に教えられる小学校での楽しい出来事がないのがとても残念だった。


それでも姉は毎日私を褒めてくれる。

きちんと小学校に行っていて偉い、しっかりと授業を受けていて偉いと。

こんなに優しくしてくれる姉に、私は何も恩を返すことができない。

私はそんな自分のことが憎くて憎くてたまらない。


そしてふと思う。

姉がいて、今私はこんなに幸せな日々を送っているけれど

いつかふっと、姉がいなくなってしまうのではないかと。


そうして、そんな私の懸念は現実になってしまったのだ。


・・・


姉が救急車で運ばれていったのは、今朝のことだった。


いつものように姉の部屋に行って、目覚めの悪い姉を起こそうとしたときだった。

姉がとても苦しそうに呼吸をしていたのだ。

私は何が起こっているのか分からなかった。

姉の言葉は私には伝わらない。だから今にも苦しんでいる姉が何を話そうとしているのかが分からなかった。

ど、どうすればいいんだ。私はパニックになってしまった。


私の奇声に近いような声を聴いた母親が部屋に入ってきた。

呼吸に苦しむ姉に近づいて肩を揺さぶった後、母親は携帯電話をぽちぽちと叩いて電話をしているようだった。

誰と電話をしているのかは分からなかった。


数十分後、知らない人が姉を連れて行ってしまった。

苦しそうな姉は、ベッドのようなものに横たわり知らない人の車に乗せられた。

やめてよ...私から姉を奪わないでよ。

そんな声も虚しく、姉は連れ去られて行ってしまった。


母親は姉と一緒に車に乗っていってしまったため、家には出勤前の父親と私だけが残っていた。

父親に姉はどこに行ってしまったのかと私は聴いた。

でも父親からは姉ならきっと大丈夫だ、としか伝えられなかった。


その日は一日中、私の気分は最悪だった。

小学校に行くにも、いつも手に感じていた温もりはなかったし、誰も鼻歌なんて歌っていなかった。

憂鬱な気分は退屈な授業中も続いていて、家に帰宅するときもそれは同じだった。


そして玄関に足を入れたとき、父親がリビングから出てきた。

父親に手を掴まれ、私をどこかに連れて行こうとしているのだ。

一体どこに行くつもりなのか父親に尋ねた。

すると父親は姉の所に行くのだ、と一言だけ伝えられた。


姉の所に行くのだ、という言葉を伝えられて私は興奮が抑えられなかった。

姉は今どこにいるというのか、気になって気になって仕方がなかった。

父親の車の後部座席に乗っている時も、私は窓の外の景色なんて見る余裕はなかった。


姉の笑顔を思い出しながら、姉との再会を願った。

しかしそれは、私が知っていたら望まないであろう形での再会だったのだ。

姉は沢山の管に繋がれていた。そして口元は透明なマスクのようなもので覆われていた。


私は硬直してしまった。

病室の扉が開かれ、管に繋がれた姉を見たとき、私は何ともいえない嫌悪感に苛まれたのだ。

私の姉がこんな姿のわけがないと、信じられない、信じたくないと思った。

それでも現実は非情で、確実に目の前で寝ていたのは姉で、私はもう現実を直視することができなくなってしまった。


私は病室を飛び出してしまった。姉のあんな姿は見たくなかった。

姉には私の大好きな姉の姿のままでいて欲しかったのだ。

あんなの、私と変わらない醜い姿だ。


私は病院の廊下をとにかく走り続けていた。

この病院に来たこともなかった私は、今いる場所が何階なのかも分からなかった。

それでもあの姉の病室から離れられるようにとにかく走り続けた。


いくつかの階段を下り、幾人もの横を走り過ぎた。

そして突き当たりの廊下の角を曲がる時、私は何か硬いものと衝突してしまった。

私は地面に手をついた。金属に激突した膝が悲鳴を上げている。


正面では、驚いた様子の私と同じ歳ぐらいの少女が、車椅子に座って私のことを見下ろしていた。


その少女は私を視認すると、何かを話しているようだった。


「ー-ー-===ー-ー。」


私には彼女が何を話しているのか分からなかった。

しかし私は彼女が話している言葉なんて気にならなかった。

それ以上に私の視線が惹きつけられるものがあったのだ。


少女の両足がなかった。


車椅子に座り、彼女は私に足の付け根を見せていた。

彼女の膝から下にあるはずの足がないのだ。

私は彼女の姿に動揺を隠せなかった。


私には足があるのに、少女には足がない。

でもきっと、少女の耳は聞こえるだろう。


はっとした。

私はズボンのポケットに入れていたメモ帳と鉛筆を取り出して、文章を書き始めた。

彼女は私の姿を怪訝そうな顔で見つめている。

そして私がその文章を書き終わった後、メモを一枚引きちぎって彼女に手渡した。


(ぶつかってしまって、すみません。)

(私は耳がきこえません。)

(会話をするのなら、筆談でおねがいします。)


私のメモを受け取った少女は、黙々と活字を目で追った。

そして私のメモ帳と鉛筆を欲したのだ。

彼女は手でくいっくいっとハンドサインのような合図をした。


少女に従うように私はそれらを手渡した。

すると彼女はメモ帳に文章を書き足していく。

数十秒後、渡したメモ帳は鉛筆とともに返却された。


メモ帳にはこう書かれていた。


(走るのは、とても危ないこと、やめなさい。)

(けれど反省しているのなら、それでよい。)

(それにしても、なぜ廊下を走っていたの?)

(失礼でなければ、教えてほしいのです。)


私は再びメモ帳の上で鉛筆を走らせた。


少女とは文字を通じて色々な話をした。

私の姉が今も病室で息苦しく眠っていることや、彼女がなぜ病院にいるのか。

無礼にも彼女の足について尋ねてみると、彼女の足は幼い頃の火事で切断されてしまったみたいだった。

その話はとても痛々しく、聴いていられなかった。

文章だけでも情景がイメージできてとても気分が暗くなった。


それでも、少女は明るかった。

足を失っていても、心までは失っていなかった。

人生に希望を持ち、輝かしい未来を渇望している彼女の顔が、私は眩しくて見れなかった。

彼女が光だとしたら、私はその光を際立たせる影になってしまうのだろう。

そう私に思わせるほど、未来を語る彼女の顔は希望で満ち溢れていた。


少女は将来はケーキ屋さんになりたいらしい。


私にもそんな夢があれば...


私は少女の姿が羨ましくなった。私と同様に欠陥を抱えていた少女は、私とは違う眩しいくらいの希望を持っている。

それなのに、私の表情は暗くて晴れないままだった。

少女の姿を見ていると、欠陥を言い訳にして努力をしていない自分がとても惨めに思えた。

だからこそ少女の希望に晒された私は、自分も彼女のようになりたいと、そう思った。


私はメモ帳の上で鉛筆を走らせた。


(わたしも、あなたのようになりたいです。)

(どうすればわたしも、あなたのようになれますか。)


少女は私の書いた文章を読んだ。

そして少し考えるような素振りをして鉛筆を走らせた。


(それなら、私たちの学級にきてください。)

(あなたもきっと気に入るはずです。)


私は目をしばたかせた。

私たちの学級とは何だろう、私もそこに行けば、少女のようになれるのだろうか。

私も彼女のように...


暫くの間、文字を書くわけでもなく、少女の顔を見つめていた。

すると、私たちの周辺が少し騒がしくなってきた。

周囲を見渡すと、母親がこちらの方に走ってきているのが見えた。


焦った様子の母親は私の傍まで来ると、私をぎゅっと抱きしめた。

母親の温もりが身体の奥まで伝わってきて心地よかった。

そして私は知ったのだ。無機質な文字だけで会話するのではなく、こうして身体で感情を伝え合う方が気持ちがよいのだと。


私はメモ帳の上で鉛筆を走らせた。

そしてそのメモを一枚引きちぎって母親に渡した。


(わたし、この子がいる学級に行きたい!)


指を指された少女は驚いていた。


・・・


一週間後、私は少女が在籍している学級に入ることになった。

この学級は私みたいな欠陥を持っている人たちを集めた学級だった。

でも、そんな欠陥を負っている彼らでも皆が皆、明るい表情をしていた。

暗い表情をしている人なんて一人もいなかった。皆が明るく騒がしく楽しそうで...そんな学級だった。


(今日からこの学級に入ることになりました、よろしくお願いします。)


ノート越しに机に座っていた十数人の生徒に話しかけた。

どんな反応をされるのだろう、怖くてたまらない。

それでも私が懸念していたような、冷めた目で私のことを注視する人なんて一人もいなかった。


「=-===--ー---ーー--!」


「--ーー=--ーー!」


教室にいるみんなが騒いでいた。

まるで今から宴が始まるかのように。

私はこの学級に受け入れてもらえたのだ。


その事実を実感したとたん、私は気づけば涙が止まらなかった。

顔を両手で押さえつけても、涙が滝のように溢れてきていて止まらない。


この学級で今、私は「異常」ではない。

今日、初めて私は「異常」から「普通」になることができたのだ。


これからどんな生活が待っているのだろうか。

楽しい妄想が止まらない。


数分泣きじゃくった後、枯れ切った涙を頬からすくい、周囲を見回した。

そして、ある一席に座っていた少女を打ち見た。


車椅子に座っているその少女は微笑んでいた。


・・・


「完璧な人間」はこの世に存在するのだろうか?


いや、私は存在しているとは考えない。だって人はみな、欠陥を持っている。

その欠陥を隠して生きていく人生は辛い、けれど、その欠陥を受け入れ、共に成長していくことで私は生まれ変わったのだ。


私の醜い人生は一夜で様変わりした。

少女のお陰で将来に希望を持ち、未来に向かって突き進む人生へと変貌したのだ。

そして、私が欠陥を受け入れ続け、認め続ける以上、その現状は変わらない。


私は「完璧な人生」なんて求めなくていい、そんなの不必要だ。

「自分だけの人生」を求めて歩む方が、人生は数百倍楽しいのだ。

普通学級では異常だった私が、この学級では普通なのだ。

そして、これは自分の個性なのだ、皆が私の存在を認めてくれるのだ。


だから私は完璧じゃなくていい、私は自分だけの道を追い求めて自分だけの人生を突き進むのだ!


・・・


(ねえさま、今日はみんなで折り紙をしたよ。)


私は姉に向かって話しかける。


(みんなとても楽しそうで、私もとても嬉しい。)

(でも、時々ねえさまが恋しくなるの。)

(いつでも戻ってきてね、ねえさま。)


写真の中の姉は笑っていた。


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