9話 眠る竜
蕪を完食し、フェザーフットのコミュニティを出たオレとモパヨーヨは力が漲って模擬戦をしながら、近くだっていう男爵級竜の棲み処に向かって駆けていた。
「オラオラっ、どしたモパ公! オレより何年も前に竜狩りになってんだろぉ?!」
「後輩の癖にっ、モパ公呼びもやめろよぉっ?!」
ラシュシュのナガマキとオトシュの大剣でガチガチ打ち合う。
(2人とも、竜の糧で力が増したのはわかるが、いい加減にするじゃ)
(同意。不毛な消耗)
「モパ公ーっ!」
「モパ公言うのやめろーっ!」
オレ達は今の力と互いの特徴も確認しながらカチ合い続け、目的地を目指した。
しばらくして、オレ達は霧が立ち込めてる湿地の手前に来ていた。
「わぁ・・リュックどうすっかなぁ?」
立ち入ってからそこらに投げ置く、てムズそう。
「ここらのどっか端っこに置いて魔除けの結界張ればいいだろ?」
モパ公は言うなりさっさと、やたらデカい魔物の革製らしいリュックを木の陰に置いた。
「モパ公、結界とか張れんのか?」
「元はフェザーフットの花混じりだぞ? というか、ココロお前、竜狩りだろ? それくらい覚えろよ」
「うっ、ラシュシュ! 教わってねーぞっ?」
(順序がある。得意そうでもなし、大体すぐ買えそうな物ばかりじゃ)
「もったいないだろぉ?」
(提案。あとにすれば?)
「・・・」
(・・・)
結局、オレの荷物もモパ公の結界に入れてもらって隠すことにした。
湿地を進むと沼地があり、そこに半ば石化し額から耳の長い男の上半身を生やした竜が身体を浸して眠っていた。
男も眠っている。
「何か、すぐ殺れそうではあんな」
「男爵級竜は起きると面倒だ。とっとと狩っちまうぞ?」
「おう、ちょっと気は引けるが、こんな近くで起きだしたらフェザーフットのコミュニティはおしまいだし、悪く思うなよ。・・ラシュシュ!」
(うむ)
それぞれの竜滅器に炎を点すと、
カッと! 男ではなく、竜の方が両目を開き、
「あっ」
「しまっ、た・・」
オレとモパ公は眠りについてしまった。
オレは、目覚めた。
何だか白い空間だ。地面はある。
「ん?」
身体が小さい。でもって清潔で服も既製品らしい、でも何だか安っぽい子供の服を着て・・そう子供だ! 子供になってるっ?
「えっと」
なぜかある、思い、オレは探し、背中から背負ってた革の四角いカラフルな鞄からミスリルの手鏡を取り出した。湿地の前に置いてきたはずだが、まぁいい。
顔を見るとやっぱり子供だ。しかも頭に草花が無く、左目も普通だった。
「どーなってんだ??」
戸惑ってると、
「おんぎゃーっ、おんぎゃーっ」
赤ん坊の泣き声! 見ると、砂を敷いた四角い縁の近くにあった滑れる台の上に布にくるまった赤ん坊が泣いてた。
体力も無力な子供みたいになってるから苦労して台に登ってみると、やっぱりモパ公だった。
「赤ん坊になってるしっ。何だコレ?」
赤ん坊のモパ公を抱えて途方に暮れる。
ここには骨組みだけの四角を2つ重ねた鉄の棒の構造物や、大きな木の天秤棒みたいな物、固そうな樹脂でできた乗れそうな動物の置物、黒い樹脂の大きな車輪を地面に半分埋めて並べた物、等々。
子供が探検したら面白そうな物ばかりの奇妙な・・広場? だ。何だここ??
「僕の終わりにしては無邪気過ぎるね」
声にギョッとして見ると、オレと同じく安っぽい既製品服を着た男児がいた。
この顔立ちっ、額に埋まってた男!
「お前っ、竜だな?!」
「寂しかったんだ。君達も一緒にここで、ずっと僕と遊んでいないかい? 血統的に参戦せざるを得なかったけど、僕は人間の街で育ったから・・」
「何言ってんだかわかんねー! ちょ、待ってろっ」
オレは滑れる台を滑り降り、モパ公を砂の所にそっと置いて、駆け込み、子供になった耳長男と対峙した。
「なぜ、今さら竜を殺すんだい?」
「侯爵竜に弟拐われた。弟を助ける。オレは強くなる! あと、悪竜は倒す契約を大樹虫とした。お前、悪竜か? ずっと眠って、このまま勝手に死んでく、ってんなら見逃してやってもいいぜ」
「それは、僕の望みでもあったけど、君には生命の渇望を感じる。同じ死なら、君が僕の死になって欲しい、かな?」
「甘えんなよ・・ラシュシュ! 来いっ」
ビシッ! 手を伸ばしたオレの側の空間が裂けて燃えるナガマキが現れたっ。
(竜に敬意を払うこと。弱き竜よ、お主の死、敬ってやるのじゃ)
「ありがとう。君はエゥガラレアの契約主だね。彼女に、よろしく」
(・・ココロ)
「もう、いいのか? よっし! んじゃ、派手に逝けっ。オレんこと恨めよ!!」
オレは子供の姿のまま、子供の竜に突進し、胸を貫いた!
再び閃光が走るっっ。
気付くとオレはナガマキを持って、男ごと、沼の竜の眉間に風穴を空けていた。
「おはよう、君。ありがとう」
男は燃え上がり、その火は竜を包み込み、焼き尽くしていった。
「っっっぶっはっ?!」
大剣片手に沼に上半身ハマってたモパ公も遅れて復活した。
報告にフェザーフットのコミュニティに戻る途中でモパ公は不満タラタラだった。
「言っとくけどなっ、今回のは完全に相手の好みの問題だぞ! 戦わない条件付けで力を捻り出してからの高強制力の術の行使からの自決だっ。ああいうメンタル迷子な竜も多いんだよっっ」
「まぁ、その好みの点で! オレの女の実力っっ。が上ってこったな? ひひっ」
「何ぃーっ?! くっ、オイラだって本気出せば・・大体何だっ、あの、砂地にそっと置く所作はっ!」
「いや、他にどうしよもなかったろ? あれは」
(しかし勝つ気のない相手の術は危険じゃの。今回は危うかったのじゃ)
(備考、我の育てたモパヨーヨは得手不得手が激しい)
「何だよっ、オイラ、マジ強いんだぞっ?!」
「夜泣きが?」
「何だ、よぉーっ!」
しばらくは赤ん坊ネタでモパ公をイジれそうだ。
でも、ホント、妙な竜だった。ザリガニ野郎もだけど、時間が経ち過ぎてんのかもな・・
───────
イズモクラでは、竜除けの守りとガスマスクを付けた竜教の聖統括隊が事後処理を行っていた。
威嚇用の撃鉄式塵砲銃を時折撃ちながら、石油火炎放射器で残存の花屍達を焼き払ってゆく。
大樹虫達の姿は忽然と消えていた。
「特務司教様。緑壁の残骸のお陰で、花屍と化した者達は外部には漏れ出ていないようです」
上空で、鷲と馬の中間のような魔物ヒポグリフに乗った司祭兵長が、鷲と獅子の中間のようなより大柄な魔物グリフォンに乗った司教の元へと報告に飛来してきた。
「不幸中の幸い、といったところですね。しかしまた侯爵級の復活ですか・・これは、竜達の活性期が来た。と見るべきでしょう」
アイマスクを付けた司教は淡々と花屍の末路と、崩壊し、飛行する魔物が集りだしてる竜の遺骸を見比べた。
「各地の竜狩り達とブースト商会の連中の動きも活性化の傾向が・・」
「気を付けましょう。偉大な竜の脅威と同じに、また愚かな文明の災いを繰り返してはなりません。動向の把握を」
「はっ!」
司祭兵長が手配に去ると、
「竜も竜狩りも、もうこの時代の主題ではないでしょう・・」
特務司教ヴァルメシアは花屍が焼かれる煙の中、呟いていた。