48話 雲の上だしな
宙にはユネッサの結晶が漂い、地には緑海嘯が唸りを上げる柱の樹の森だった地下空間。オレ達は対峙してた。
互いの武器はいくらか損耗してる。オレ達自身も多少は。再生能力があるはずだが、最強野郎の攻撃は特別らしく、いまいち回復できてねぇ。
「あー、もうなんも話すことねぇな」
「そうだね、終らせよう。・・タイタシュ」
(うん)
イ・レアは長剣を構えると閃光と共に一体になって、光輪を背負う黄金の巨竜に変化した。
柱の樹が呼応して今の世界の側からすると、死の緑海嘯は爆発的に勢いを増す。
「1個だけあったな。前から思ってけどよ。竜って、綺麗だな」
(ありがとう)
オレ達は互いの可能性とか? 正しさ、いや、肯定される、いや、違うな。
抱えきれねぇ愛みたいなもんを見比べて、コイツが代わりに上手くやってくれねぇーかな? 何て思ったりしてみてから、
(ココロよ。思えばまこと楽しい旅であったのじゃ。それも罪じゃな)
「関係ねーぜ」
オレ達は最大の力で互いを滅ぼし始めた。
───────
地が鳴動し、障壁内で停滞していた緑海嘯が荒れ狂って南西域障壁を破壊し、そのルートから世界の龍脈を解して侵食を始める中、計測が破綻したトクサの船は全ての観測器が高負荷に故障しだしていた。
騒然とする中、トクサは笑っていた。
「完璧じゃないかっ、侯爵狩りの龍まで討ち取られた気配! 王級竜2体の力も拮抗しているっ! これが女神の采配なら、存外性根の悪い女に違いないねっ。ふふふふっ」
トクサとして取り繕うことをやや忘れてしまう、精巧な生きた人形の中のヴァルメシア。
と、そのトクサ人形の頭部に貫手を打ち込み、内部からヴァルメシアを掴んで引き摺りだすラミアの将。嵌めていた指輪を介した魔術陣で力は封じる。
「なぁっ?!」
トクサの船のブリッジ内ではラミア達による殺戮が起きていた。警報が虚しく響く。
「ドマーェンの直弟子の中に、定期的に異常に高い能力を持ち断固たる行動を取る者がいましたわ。毎回目立ち過ぎて死に、しばらくするとまた現れる。他の弟子と違い過ぎると思っていました」
「ハッ、気に障った? 君達高次種族達が私達の動向を探っていたのは知ってたよ? でも今さらでしょ? 今、私達を殺してどうなるのさ? ドマーェン先生はもうやる気無いみたいだけど、私達の秘匿された拠点は世界中にある。ある程度は緑海嘯に備えていたんだ、君達くらいじゃ不可侵だよ? 例えワープラントを根絶やしにしてもこれだけの好条件なら」
「位置は全てマーキングしてありますの。ゼリ・キャンデがどこの障壁柱に仕掛けても不具合で損傷する工作もしてましたのよ?」
ヴァルメシアは唖然とした。
「ハッタリだね! そんな情報網や技術は君達には」
「ドマーェンからの伝言ですわ。・・我々は、次の時代までは付き合えない」
「ばっ」
ラミアの将は陣で封じられたヴァルメシアを握り潰し始めた。
「うっあぁぁっっ、あり得ない! 後退だっ! これまでっ、何の為に!!! ・・ああっ、ヴァルシップ」
ピクシーの工学師は摘まれた花のように、呆気なく潰されて死んでいった。
「安心して、ワープラントは遺されますわ。あなた達が追い掛けたあの愚かな時代の、せめてもの慰めに」
これより間を置かず、位置をマーキングされ、制御器で龍脈の流れを誘導された緑海嘯によって全てのドマーェンの古代の技を継ぐ高度過ぎる工学師達は壊滅し、ドマーェン自身は、
「さて、地獄で弟子達に会うとするか」
ゾラカ内の工場を職員と資料諸とも爆破して自決した。
ただし各所のワープラント達は緑海嘯に呑まれても、その身に宿す多くの罪の上に成り立つ奇跡の生物的特性により、全個体無事であった。
各地の緑海嘯の顕現とコミュニティ内の工場の爆発に混乱が起きる中、ヌヨはヴァルシップの眠る部屋で椅子に座り、ジラとアギームから送られた海藻クッキーを齧って困惑していた。
「っ! お、思ったよりずっと美味しくないです・・」
「ホントに? ちょっとちょうだい」
回復器の中で、ヴァルシップが目覚め、ヌヨは涙を溢しすぐに人を呼んだ。
ニルンランドにも緑海嘯は迫っていた。コミュニティの障壁を損傷させ、内部に樹の兵達を送り込み出す。
コミュニティに残った竜は脆弱な者ばかりであったが、エントの大群にアイマシュを抱えたニルンレアが立ちはだかった。
「アイマシュ」
(あい~)
2人は一体化し、白銀の巨竜と化し、エント群に滅びの火を吹き付けた。
・・無理な再生で劣化した半身のヨヴレアは人と竜の間のような幼竜数体を抱っこ紐であちこちに抱えたポポルブレアを後部席に乗せ、人間から奪った魔力式の改造砲撃車でとある荒野を爆走していた。
背後から緑海嘯が迫る。
「ん~、取り敢えず龍脈から離れよっか?」
「アハッ、簡単に言うよな? こっちは身体半分腐ってるからね!」
「どっかで無事なコミュニティで強盗しよう。ヨヴレアの薬と、この子達の餌。あと暇だから絵本も盗もうよ」
「絵本! あんたっ、何千歳だよっ!!」
ヨブレアの怒鳴り声に幼竜達が泣きだした。
「ああっ、全然上等じゃないねっ、さいあーーーっっく!!!」
蜥蜴上等会残党は砲撃で前方の邪魔な岩を粉砕し、必死で龍脈から離れていった。
───────
千竜神殿のその全てを呑み込んだ緑海嘯の地上の表層を突き破り、互いに満身創痍のココロと黄金竜のイ・レアが飛び出した。
互いに時を奪い合い、奪い返し合い、存在性を打ち消し合い、宙に星の門を開き流星をぶつけ合った。
イ・レアは滅びの光を放ち、ココロは光の奔流の剣でそれを叩き払った。
空間が軋み、光の破片は地上の緑海嘯に落ち、白い滅びの火で炎上を起こす。
「イ・レア!!」
(ココロ!!)
ココロとラシュシュは最大の出力を維持して連撃を放ち、イ・レアは右腕と腹部と左脚を砕かれながら、ココロに咬み付き、ナガマキでつかえ棒をされながら滅びの光を撃ちに掛かる。
「うぉおおおーーっっっ!!!」
数百の竜化した蔓を口から体内に侵入させ、滅びの光の発射を阻止しつつ、蔓をイ・レアの心臓に迫られせるココロ。
(ふんぬっ、じゃ!!)
ラシュシュの力を借り、イ・レアの心臓を蔓で握り潰すココロ。イ・レアは白眼を剥いたが、次の瞬間、4割の力ながらゼロ距離で滅びの光は吐かれた。
「うぁああっっ??!!!」
全身を焼かれ、ナガマキの刀身を砕かれて吹っ飛ばされるココロ。
(ああ・・コレ、相討ちじゃね? ま、いっか。やるだけやったぁ)
時を奪われたワケでもないのに、引き伸ばされたような認識の中で、ココロは満ち足りていた。と、
(姉さん)
アマヒコの姿を感じるココロ。その幻惑の手は飛ばされたココロを抱き止め、抱き締め、逆さまに口付けをした。
(ココロ。まだだよ)
ココロは両目を見開き、動きだした全ての愛すべき時の中で、刀身を失ったラシュシュのナガマキを構えた。
「エロい起こし方しやがってっ、お前絶対あの時起きてたろぉっ?! バッキャロぉおおーーーっっっ!!!」
光を集めた一撃を真下から真上に放ち、ココロは黄金竜イ・レアの頭部を粉砕した。
その光は燦々と、障壁内を照らした。
(イ・レア、とても、眩しい)
(ああ、本当に。私は、戦い抜けたろうか?)
2人の魂は遠ざかっていった。
(こ、こ、ココロ。アク、セス権、を)
上手く思念を送れないラシュシュ。ナガマキの柄も殆んど砕け、残る部位も光に還ろうとしていた。
「ああ、ラシュシュも、またな!」
(う、む。名残、惜しい、のじゃ・・)
ココロは唯一の竜王として、柱の樹へのアクセス権を掌握し、緑海嘯の拡大を止めた。
それが王としての彼女の最後の力の行使であった。
───────
まぁハッキリ言っちまうと、世界は平和にならなかった。
残りの竜達はニルンランドの連中の仕切りで概ね大人しくなったが、魔力の強過ぎる緑海嘯の森は世界中に繁茂しちまったし、森からエントや強い魔物は出てきちまう。
加えて高度な工学師がほとんど死んじまって、工学文明の維持が前より難しくなったっていうし、竜教とブースト商会の勢力争いも日増しに強まってるとかリーラ達がボヤいてた。
ワープラント族はラミア何かの花混じり化しない強壮な種族達が預かることになったが、結局文明遺産は棄てたんだってさ。ヒデェ・・マジ詐欺っ。
ウラドーラとヴァルシップは竜狩り改めエント狩りギルドを始めた。ジンフーは手伝うことにしたが、デデヨジカとモパ公はすっぱり辞めてゾラカで食堂を始めちまった。ヌヨはボンボシュの鎖鎌持って実家に帰った。見合いしたくないとかボヤいてたな・・
蜥蜴上等会の残党? はしばらく野盗みてぇなことしてたらしいが、急にパッタリ話聞かなくなったな。どーなったか? 知らね。
で、オレはつーと、
「よいしょっと」
とある空に浮かんでる島で、古風な平屋の側の畑を耕してた。
「今日はいい天気ねぇ」
パラソルの下のテーブルの席の、古風な格好の元はフェザーフット族だったらしい頭の上に光輪がある婆さんが話し掛けてくる。茶と菓子はさっき出した。
「雲の上だしな。つーか、あんたさっさと代替わりしねーのか? ニルンレア姫、やる気満々だぜ?」
「あの子はまだ忙しいからぁ」
「・・・」
基本、呑気だよな。
「暇なら手伝ってくれよ?」
「こんな引退間際のお年寄りを酷使するなんてっ、先代のラシュシュはあんなに優しかったのにぃ~っ!」
出たっ、嘘泣き! カマトトぶる婆さんってどー何だろな??
「それいつの話だよっ。つか、まさか女神の騎士がそこそこ貧乏暮らししてるあんたの家事手伝いする係とはなっ! 言っとくけど4000年暇だから来ただけだかんなっっ」
「また4000年とか言ってっ、あなたは本当にエッチなことしか考えてないのね~」
「エッチなことしか考えてないこともねーよっ!!!」
エッチなことも考えてることもあるオレ、ってだけだよっっ!!
「あー、ダルっ」
オレは文句言いながら、オリハルコンとかいうやたらピカピカした金属製の鍬で、また畑を耕しだした。
こりゃ永い暇潰しになったぜ。