41話 闘う生命は尊い
滅ぼされ炎上する31番竜都の打ち砕かれた神殿の中心部地下から竜脈の強い光が天まで焦がしていた。
「あーあ、これはプランBだわ」
神殿の瓦礫の上に、モチノキを始めとした大半は人型をした蜥蜴上等会の竜達と、それに続く獣のごときワーリザードから進化した無数の下位竜達が降り立った。
「千竜神殿近くの環境じゃ、この子達の力はあんまり生かせそうにないからさぁ? あったかいとこにいてくれて助かっ」
言い終わらぬ内に瓦礫の地表が炸裂し、魔力の奔流の刃がモチノキ達を襲った。
人型竜のほとんどは回避しながら竜の姿に変化したが、ワーリザード達は2割は消し飛ばされた。
「・・三下か、興醒めだ」
(だが面白い進化をしているぞ?)
花々には覆われているが、ほぼ竜その物の、槍のような器官を持つ姿のユネッサが龍脈の光の中から現れた。
「あら~、三下扱い御馳走様でぇす」
「思ったよりキモい感じだね」
「こんな個体が現れるんだ・・面白。やっぱこっちに付いてよかった!」
モチノキは魚の竜に、ヨヴレアは多数の角の竜に、ポポルブレアは巨竜に変化した。
下位竜群を含む、全ての竜達がゼルシュの槍を持つ異形のユネッサに牙を剥いた。
無数の竜の攻撃を捌き、打ち払い、撃ち抜き、引き裂き、焼き払ってゆくユネッサ。
それでも数と勢いで、ユネッサに喰い付いてから解体されてゆく者も出始めた。
(腹が減っているようだぞ? ハハッ)
「・・妙だな」
自分に喰い付き、八つ裂きにした遺骸を竜達が進んで共喰いしていることに気付くユネッサ。
喰い付く前に倒した個体群は無視されている。
まだ倒されていなくとも、ユネッサに喰い付いた個体を喰らった個体はより多くの竜達によって喰われてゆく。
(何っ?)
「ふっ、お前達も求めるか? 力を!!」
それは連鎖的に起こった。
竜達は一斉に身体が発光し、花々を纏い、爆発的に魔力と生命力を高めた。
「ゼリ・キャンデごときじゃ対した糧にならないのよ?」
深々焼き斬られた傷を再生させ、魚の竜となったモチノキは嗤った。
「どっちが強く進化できるか、試そうじゃないっっ!!!」
再び襲い掛かる光る花咲く竜の群れ。
ユネッサも嗤い、加速して自らの力取り込んだ挑む者達を屠ってゆく。
落ちた竜都は死の逆巻く川となった。
(っっっ、素晴らしい! 素晴らしい!! 素晴らしい!!! 竜よっ、竜達よっ! ようやく気付いてくれたのだな! 喰らい、高ぶる、力の権化っっ!! 私は贄として表れ、ずっと不満であった。何と手緩いことを、と。花混じりも、竜狩りも、何の対策も取らない竜どもも、しつこく地べたを這う半端な文明の人類どもも! ああ、何と不毛な、惰性な、これが果たして生命の有り様か? 箱庭の児戯に過ぎない。この脆弱な繰り返しをっ、全身全霊を持って! 誰かが破壊せねばならない!!! さぁ分かち合おう! これから始まる無限の闘争のせ)
モチノキは自らユネッサの槍の器官に胴を突き刺し、頭部以外を自爆させて槍器官を大きく損耗させた。
「暇人は黙ってて・・あと、よろしくね」
燃えるユネッサの右足で蹴り付けられ、モチノキの消し飛んでいった。
ヨヴレアも強化された角を撃ちだし、ポポルブレアも燃える花園となった巨大な剛腕で殴り付け神殿を崩壊させた。
それから時間にすれば5分足らずで、ワーリザードから進化した下位竜は全滅し、それ以外の竜も8割は滅び、角竜のヨヴレアは四肢が欠損し、巨竜のポポルブレア至っては頭部以外は失われていた。
ユネッサも左目と下半身を失い槍の器官は半壊していたが、力は高まり続け呼応した地下の龍脈から魔力の閃光があちこちから噴き出し続けていた。
「アハ、どっちが残るかな~? てねっ!」
ヨヴレアは興奮状態であったが、ポポルブレアは火球を際限無く撃ち込みながらも表皮に多数出した眼球で周囲を伺っていた。
(昔はバカだと思われてたし、実際、考えるの面倒臭いからボンヤリしてたけど・・そろそろかなぁ? でもこの子の糧になって、闘争の世界の口火を切るってのも面白そう。別にモチノキ達と友達でもないし)
ポポルブレアはいつものように酷く眠気を感じてきていた。
死にゆく竜達。無数のワーリザード竜の死骸。自分を信仰した愚かな蜥蜴達。
火山のコミュニティ成立から1800年程、見たくもないのに彼らと彼女達の営みを見せられていた。
(・・・)
死骸の中に、身籠り、生きた光る卵を有する個体をいくつか見付けた。
思考しての行動ではなかった。巨竜の後頭部から人型の姿をだし、頭部は炎上させて簡単な自動追撃指定でユネッサに突進させ、自身は降下を始めた。
竜化した蔓を数本伸ばし、身籠った個体数体の腹を割き、光る卵を数個取り出し、引き寄せた。
出力が落ち単純な動きになった頭部は簡単に倒された。
卵には力より、むしろ、知性の高まりの気配を感じた。
「へぇ。おっと」
近くに身体を半分消しとばされた角竜のヨヴレアが落ちてきた。
衝撃は軽く障壁を張って防ぎ、焼けた断面からは蔓つかって、本体も両断されたヨヴレアを引っ張りだすポポルブレア。
「ま・・だ、いけ、る」
「はいはい」
ポポルブレアは残り1割まで減った挑む竜達を見上げた。少し笑みを浮かべ、大きく息を吸い込み、叫んだ。
「卵! 進化してたぁあ!! 持ってくぅーっ!! 蜥蜴っっ上等ぉーー!!!!」
残る竜達は目を見開き、激しく発光してユネッサに飛び付き、肉の球を形成した。半身になったヨヴレアは動揺した。
「お、い、待っ」
翼を広げると、光の卵数個と半身のヨヴレアを蔓で持ち、ポポルブレアは飛び立ち、遅れて竜肉の球は最大の火力で炸裂した。
龍脈の真上で起こった魔力の大爆発により、地は消し飛び、竜都の跡その物が龍脈への大穴と化した。
その中空にほぼ砕けかけた竜とも虫ともつかない槍の器官の右腕と胸部と一部欠けた頭部のみとなったユネッサが残っていた。
(ふ、ふふ・・さすがに損耗が過ぎたな。だが、これを糧として君はさらに、君?)
ユネッサは迷わず砕けかけた槍の器官を齧り、喰らい始めた。
(そうかっ、そうかっっ、素晴らしい素晴らしいよユネッサ。君は、完璧だ・・やはり、君こそが、竜)
ユネッサは槍の右腕を喰い尽くすと、頭部の欠損を虫と竜の中間のような体組織で再生させ、
「良い物を見た。闘う生命は尊い」
ゆっくりと龍脈の大穴へと落ちていった。
───────
ゾラカの議会場は割れんばかりの拍手に包まれていた。
ドマーェンの弟子、トクサが商会、勝ち組の方の竜教、各地の有力コミュニティの代表や名代相手に大演説をぶったからだ。
千竜神殿攻略の必然性。緑海嘯の再発が可能であること。ゴーレム兵団の量産により、人的被害は限定的で済むこと。ニルンランドの竜達が周囲に障壁を張るので作戦中は緑海嘯は防げること。ラミア等の有力種族の協力。神殿の秘宝等々・・
都合のいいことが並べ立てられてたぜっ。
最後にカノレアとラミア族の名代が出てきて、
「障壁は我らが我らの私財で維持し、我ら自身で死守する!」
「後の歴史書には、商会の誉れとなることでしょう!」
と宣言すると、さらなる喝采が起こった。
・・控え室でオレ達は改めて顔を合わせた。
「お前らフカし過ぎだろ?」
都合のいいことしか言ってねぇ。
カノレア他数体の竜を連れゾラカに戻ってきたオレ達だったが、船団の連中が水晶通信でニルンランドでの協議や取引成果をあれこれ大袈裟に吹聴したせいで、
世界中から要人が集まっちまって収拾がつかなくなっていた。
「嘘は言ってませんよ? 竜王の存命や、僕とドマーェン先生はあなた方が敗れて星が緑海嘯にまた呑まれる前提で仕度してることは黙ってるだけです。ま、我々としては死体と話してるようなもんですし」
「コイツっっ」
(しかし、お陰で神殿攻略に必要な費用と戦力は早々に集まりそうじゃの)
「だがよ、目的は整理すべきだぜ? 俺様達はまずココロの件だ。竜王だの緑海嘯だの云々てのは、対処できる可能性がある。て、もんだろ?」
(順序は確かにある・・)
「想定より状況の進行が速く、もう止められはしない。正直ニルンレアの立ち回りは意外であったがね」
「呼び捨て!」
「ニルンレア殿下! は意外であったがっ、どの道だ。勢いを削いでもらわないと、今造れる人造人類の性能では持たんね」
「ゴーレムの量産作業もあります。あと、ゼリ・キャンデやエゥガラレアのような危険な個体は始末してもらいませんと」
工学師の師弟は勝手な言い分だぜ。
「我々ラミアは障壁基点の守護と展開維持以外は参加しない。すでに、種族の数割を各地のコミュニティ地下深く避難させだしている。一般人類、まして欲深な商会等知ったことではない」
苦々しく言うラミアの名代。誉れがどうとか言ってたろ?
(エゥガラレアを倒すに至れば、最後の糧を得ることも叶うはずじゃ)
「いやオレの目的そこで終わりだし」
竜王とか知らん。
(弟を取り戻しても、その後2人で木の下に埋まって仲良く土に還るつもりではないじゃろう?)
ぐっ。
「ん~っっ!!!」
「ココロ。せっかくだ、一番凄い竜の糧! 食べたいんだぞ?」
ちょい、よだれ垂らしてるモパ公。
「お前ぇはな・・」
前食ったのもだけどよ、絶対美味い、とか。もうそういうもんじゃねーぜ?