40話 愛しさで埋め合わせられれば
ブースト商会のネア大陸本部の船も何隻か途中で合流したが、ゾラカの商会の船主体の船団にさらに強化改修されたリーラ商店の船で混ざってた。
新しきなんとかグループの竜達の国、ニルンランドへ向かってる。ヤツらの食糧以外での最初の大口の商取引と今後の協議相手としての御指名だった。
「うう、す、すいません・・ボンボシュの竜滅器と、ふ、不調和になってしまって・・」
ヌヨはすっかりオーシャンピープルの治療師が常駐するようになった医務室で寝かされていた。
ボンボシュの鎖鎌はラシュシュ達が陣を組んで部屋の隅で鎮静化の術を受けていた。姿を表してるボンボシュもその側から動けず、最初に見た頃より粗い、不確かな透けた姿になっていた。
「ぬぅ? ボンボシュの方は大丈夫であるか?」
(ノープログレム! ただ、別れは突然な物かもね? 相棒)
「そんなぁっ、まだ後継者見付けてないですし、皆これからが大変なのに~っっ」
「これも、運命であるか・・」
大泣きしだしたヌヨ。宥めるのにオレ達ゃ苦労したぜ。
その日の夜、オレはモパ公と相部屋の船室の2段ベッドで寝てた。
虫との契約は案外微妙なバランスで成り立つ物なのかもしれねぇ。
それが虫の方の考えなら尚更だ。ボンボシュは、優しいヌヨはここまでと決めたんだろう。でもって、
ラシュシュのヤツ、結局オレ1人じゃエゥガラレアに勝てない。って判断したな。
寝転んだまま竜滅器の側に姿を現して普通に寝てるオレの相棒を見た。
契約を反芻してみる。
1つ、竜に敬意を払うこと
2つ、悪竜を打ち滅ぼすこと
3つ、善行を行うこと
3つ目はわりといつもボンヤリしてたぜ。
ラシュシュの真意は未だに知れないところがある。
竜達に世界を滅ぼさせた、つー女神に仕える騎士様らしい。元は耳長と組んで最強だった。他の虫とはどうも違う立ち位置。
2000年前くらいの大昔、女神は最終的に度が過ぎた竜達も見限ってる。
ヒデー女。
ラシュシュも大概そういうサイコパスなとこあるしな。
(・・・)
関係性の、連なりの、世の変わり様の、落ちぶれて違うことしだした竜達の、虫を食った花混じりと、竜狩りの今の姿と、そういった物からの判断かもしれねぇ。
弟以外に大して主体の無いオレをモパ公達近くに置き続けている。
善行のつもりか? ただの合理性か?
「ラシュシュ、どうだよ?」
小声で囁くと、「んぐぐっ」とか唸って寝たまま身動ぎした。
狸寝入りかどうかはわかんね。
・・・ニルンランドに着いた。
「さすがにこの緯度だと寒いね」
船から降りたリーラはコートを着てた。護衛にバルタン達が張り付いてる。ムラタがそのリーダー役だが、バルタン達が早々従わず手を焼いてるようだぜ。
リーラはなんだかんだでゾラカからしばらく離れた方が安全ってことで結局、オレらと行動してる。
すぐには回復しなかったジラはアギームの付き添いでオーシャンピープルの海中の郷で静養することになった。
ヴァルシップの方はなぜか機械爺さんのドマーェンの弟子が手製のゴーレムを何体も融通してくれたのと、元々商会に顔の利く竜狩りだったからジラより厳重に護られることになり、そのままゾラカだ。
具合悪いヌヨは取り敢えず船で居残り。
「つーか宝飾屋の中みてぇだな」
(旧白銀郷じゃ。エルフ達の王都であった)
銀と大理石でできたような奇妙な都の遺跡だった。
許可無く入れず見付けられもしない魔力障壁に囲まれてるが、緑壁に覆われたり結晶化や竜化の様子は無い。大樹虫達が多くいて、どいつもこいつも自我がある風に見えるような??
大体人型に化けてる竜もかなりいた。上位竜はさほどいないが、纏めて襲われたらさすがに詰む。世界中から集まってんな。
まだ文明的な活動はしていない。ただ集まっているだけ。ヤツら自身、芝居の舞台にいる感じで据わりが悪そうだ。
ブースト商会から得た素材を加工した円盤型の焼き菓子みたいな、ヤツらにも食える食べ物を噛ってるのもチラホラいんな。
「リーラ商店の者ども! 来たかっ」
カノレアとたぶん妹のシノレア、2人の護衛なのか? 毎度いる箱竜の変化する大柄な男が翼で飛んできて着地した。
「俺様達はティアビルケン組だぜ?」
(そもそもゾラカ主体の船団は寄せ集めだ・・)
ウラドーラとミイファシュが訂正するとカノレアはふんっ、と腰に手を当てた。
「人類ども! ニルンレア殿下が御待ちだ。来い」
大雑把に纏めて言って飛んで案内しようとしたが、すぐ振り返ってきた。ん?
「言っておくが、我らニルンランドの民は、階位無き、ただ1体の竜としてこの崇高な建国に携わっている! ニルンレア殿下はあくまでも象徴っ。我らニルンランドの民は、階位無き」
「もうその件いいんだぞ?」
(推奨。速やかな誘導)
「カノレア」
「・・案内しないではない」
双子竜達の案内で白銀の城だか神殿だかに俺達は向かった。
強い魔力を帯びた城まで来ると船から降りた者達の内、各船の代表とその付き添い以外は造りは豪奢でも暖炉に火も灯っていない部屋で待たされることになり、だいぶ人数の絞られたオレ達は謁見の間まできた。
事前に見ちまったブロマイドの姿がチラ付いていたが、玉座の座る白髪の少女の公爵竜は不可侵の気高さを持っていた。
これまで見てきた竜の糧とどことなく印象が似ている。
この星の命に近付いちまってるんだな。
ブースト商会の連中が片膝をつきだしたからバルタン達も戸惑いながら膝をついたが、商会付きでもオレ達竜狩りはあくまで膝はつかなかった。
竜への恨みに凝り固まってるのはさすがに来ていないはずだが、筋が通らねぇ。
カノレアが何か言おうとしたが、少女の竜は片手を上げて制した。
「構わない。経緯を思えば当然です。・・私はニルンレア。現竜王陛下の妹、公爵竜であった者。断罪の時は終わり、我ら竜族への審判が下される時代となった。それは理解しています」
ニルンレアは淀みなく言い、光と共に腕の中に霊体の水晶細工のような大樹虫を出現させて赤子のように抱えた。
(何とっ)
(ウソー?!)
(アイマシュ、何してんの~?)
他の竜狩りの虫達も困惑して思念が入り乱れた。
(アタチとアタチのグループは女神様のネットワークから外れ、ニルンレア達と一緒に行くの。きっと、この子が次の女神だから)
(((何~~~っっっ??!!!)))
虫達は大混乱になり、オレ達竜狩りも商会の連中もどう反応していいかわからなくなった。
それぞれ交渉はするつもりだったが、最初の取引先として指名されて来ただけだったからさ。
それなりに荒れたが、商会との商談や虫達との話し合いは、商人風の男爵級竜や、やっぱり虫と一緒にいる司祭風の子爵級竜何かが出てきて別室で行うことになった。リーラとジンフーはここに参加。
オレ、モパヨーヨ、ウラドーラ、デデヨジカだけが、引き続き双子竜達とアイマシュを抱えたニルンレアに、城の地下の多重の障壁に護られた通路に通されてた。
「・・あんた、神様になるのか?」
聞いてみる。ラシュシュはさっきから黙ってる。これにカノレアが睨んできた。
「殿下と呼べっ。あんた、は禁止だ!」
「構わない。神の座は、結果的に私と他数体以外に適任者が残っていないとは思います。2000年の眠りの中、ずっと対話をしていた今の女神はもう疲れきって、これから起こる最後の戦いの行方を見届け星の命の輪に還ることを望んでいます。ラシュシュ、あなたならわかるはず」
ラシュシュはオレの頭の上に姿を現した。
(次の神を選ぶ為に旧人類を処されたワケではない。指の隙間から零れ落ちる砂粒を追うようなことであったはず。ワシは・・地上に置かれただけのあの方の剣で、それ以外ではないのじゃ)
「全てを操れずとも女神は最後の力で運命を導いているはず。私か、兄か、あるいは他の強き竜達の、そのいずれかが、次の緑海嘯の後の世界を守護することになるのでしょう」
その海嘯起きるのは前提なのな・・
「あのな、こればっかし言ってるけどよ、オレは弟を取り戻したいだけだ。お前らが色々やりだすから迷惑してんだよ!」
「ココロ、慎重にっ」
「口が悪いヤツっっ」
「カノレア」
「ふふ、そうね。本当に。愛しさで全てが埋め合わせられれば、私達竜は現れもしなかったでしょうね」
いつの間にかたどり着いた地下の深部の扉を手をかざしてニルンレアは開けた。
その先には魔術の強力な陣があり、陣の陣の中央には、逆巻く嵐のような龍脈の力の渦があり、渦の中心の無風の虚空に、1本きりの七色の何かの穀物の穂があった。
「あれは、寄り合う星々の穂、兄が竜王になる為に口にした、砕け散る魂の琥珀、と対になるこの世界最大の糧。今のあなたでは得ることは叶いませんが・・きっと、至るでしょう。これは呪いと言えます。あなたは剣である彼を手にしてしまったから」
ニルンレアは哀しげに、ラシュシュを見上げた。