30話 バラバラなこと言うじゃんかよ
初めて入ったティアビルケン号の動力炉室は魔力の発光現象がうっすら起こる空間だった。
機器は機械と竜の性質が混ざった様子で、確かに竜滅器その物だ。
小さな作業着に着替えたヴァルシップが念力で工具を操って1人で整備していた。
「ココロちゃん、何ー?」
「キャプテンさ、オレ、船降りた方がいいかもしんね」
「エゥガラレアを狩るだけならそれもありかー。ゾンダルシュはどう思う?」
(善の心の決めたことであれば、全て承認する)
善??
「いや、オレ、自分の勝手だし・・」
(ヴァルシップ、ゾンダルシュよ。現状は平時ではないのじゃ。まぁ終末以降、この星に平時は無いと言えば無いが、少なくとも停滞期は終わったようじゃ)
霊体の姿を表すラシュシュ。
「まぁラシュシュ氏が出張ってきてるくらいだもんねー」
(ぬっ・・)
(人類が、様々な形でこの世界に適応を始め、竜族の衰退が顕著となった。ここが変わり目ではある)
ゾンダルシュも姿を表したが何か、話デカくなってね? つかゾンダルシュ、身体デカくね?? オレの腰くらいあんぞっ。
「いや、オレ、船降りるかも? て言ってんだがっ」
「んー、心が変わったらその時がタイミング! 降りてもいいんじゃない?」
(話を振っておいてなんじゃが、目的の整理はともかく、もうしばらく集団の庇護がココロには必要であるとは思っておる)
(何であれココロよ、お前の判断を承認する)
「・・・」
バラバラなこと言うじゃんかよ。
───────
千竜神殿の一角のエゥガラレアの根城に凍える、竜の血肉と秘薬で満たされた大浴槽があった。
その中心部は輝き、渦巻き、血肉と秘薬は集束し、吸収され、いくらの残存物は激しい閃光と共に大浴槽を粉砕して弾け飛んだ。
その中心には発光し浮遊する、裸身のエゥガラレア。
尾を生やし、両腕と右足は竜化させ、胸部に眠るアマヒコの顔はあったが、それ以外のあまり竜化していない部位は女の身体となっていた。
「ハッ! 何ということはないっ。瀉血の要領か。クククッッ。まぁ、排除もできんようだが・・」
エゥガラレアは竜の指の爪で眠るアマヒコの頬を浅く割き、劣情を隠さない顔をしたが、すぐに神殿の下方のある一角を見据え、虚空から鎧を取り出して身に付け、荒れてフロアに降り立った。
「来い、カスども!」
罵倒して呼びつけると、花屍に似た、不定形の竜の群れが神殿の影が次々と染み出て現れ、足早に歩くエゥガラレアの周囲を逆巻き始めた。
「成り損ないども、報告せよっ」
「・・ぜ、ぜルシュぅなる大樹虫、終末の戦記に記録無しぃっっ」
「しゅ、終末後に緑壁内等でぇ、発生したぁ有象無象の贄の虫より自我に目覚めし固体かとぉ」
「贄が? ハッハハハ!!! それはいい、どうりでいずれにも帰属の気配も無いワケか。しかし単なるバグ固体とはなっ。・・ラシュシュは?」
「ミスリル鉱山跡にぃっ、う、裏切り者のっ、ゾンダルシュの眷属どもの巣!」
「裏切り者な・・」
特に怒る様子もないエゥガラレア。
「さらに御報告がぁっ」
「近い」
間近に迫った不定形竜の顔を人の手に戻した手で押し退ける退けるエゥガラレア。
「ぶ、ブースト商会が竜狩りと手を組みぃ、より組織化の兆しぃっっ」
「さらに竜教急進派との抗争の兆しぃっ」
「これらに呼応しっ、ね、ねね、ネットワークより外れし竜どもがっ、い、いくつか勢力を形成!」
「しゅ、しゅしゅしゅしゅっっ」
「落ち着け」
「出奔せしぃっ、カノレア、シノレア姉妹! ノルンレア公爵殿下を後見とし、勢力を形成ぃぃ!!」
「この勢力! ぶぶ、ブースト商会、な並び竜教穏健派と交渉を始めた模様ぅ!!」
「に、人間と交渉ぅぅっっ!!」
「はぅ、へぇっ、破廉恥なりぃぃ!!」
「いぃいーーーっっ!!!」
「ヴァアアァァッッッッ」
怒りのあまり錯乱しだす不定形竜達。
「お前達は引き続き探りを入れ続けろ。下手に手は出すな。付いてこなくてよい」
「か、畏まりぃぃっっ」
「えぅえぅっ、エゥガラレアしゃまはどちらへぇ?」
「何、ゼリ・キャンデ卿の具合が悪いらしい。見舞ってやろうと思ってな」
「ゼリ・キャンデ様がぁっっ?」
「ざまぁああっっ」
「我らも見たしぃぃーーっ!!」
「付いてこなくてよい。去ね」
「「「・・・」」」
不定形竜達はションボリと神殿の影の中へと消えていった。
「さて。いい機会だ」
崩落した床の穴まで来ると地下深い暗黒を見下ろし残酷な笑みを浮かべ、翼を拡げてエゥガラレアは降下を始めた。
───────
このネア大陸の北部にある火山地帯の端の辺りの上空にティアビルケン号は来ていた。リーラ商店の船も続いてる。
(まぁ無難な選択じゃの)
「別に」
ブリッジにいる。降りる降りないは、降りない、に決めた。まだ船に乗る方が効率いいって思っただけだ。
ただ色々巻き込まれ気味だったし、この間もどさくさで中途半端になっちまった。
目的をハッキリさせる。それは確かに重要だ。オレは商会の兵隊じゃないかんなっ。
「じゃ、こっちは麓のノームた獣人のコミュニティで商売してくるよ」
「はーい、色々お世話様~」
「ココロっ、上手くやれよー!」
「気を付けなっ」
「安全第一で」
リーラとヴァルシップが船の水晶通信で動画で話していた。通信切り際にジラ達も軽く乱入してたな、へへ。
オレ達は火山地帯で2つ仕事がある。
1つは、竜の糧の小規模群生地に行く。オレやモパヨーヨ。デデヨジカ達もいくらかは食えるようになってるようだからちょうどいい。
2つは、ここの奥地で眠る伯爵級竜ポポルブレアとその信奉者達の討伐!
討伐は最初、オレらだけで行かされそうになったが、リーラ商店が麓のコミュニティで希少素材や商会で売れそうな珍品を仕入れて格安で卸すのと引き替えに、現地で協力者を得られることになってた。
「糧食べた後になるし、伯爵級1体くらいもう余裕だぞ?」
(警告。ポポルブレアは元々知性は低いが巨体型の炎の竜。竜の等級は必ずしも討伐難度と合致しない)
「あ~ん? 何だぞソレ??」
「的の大きな相手か、また頭に気張ってもらうことになりそうですぜ」
「ん~、私も久し振りに竜の糧、噛ろうかな?」
「バルタン族、気性が激しいから苦手です・・」
(ラウディー!)
「ヌヨは大体の種族苦手だよな」
(それなー!)
「酷いっ」
「案内と露払いだけである。問題無しっ」
(ココロとかモパ子が交渉に出なきゃ大丈夫っしょ~)
「んだよっ?」
「何だぞっ?」
「バルタン達はまぁいいけど、竜教よりアレな感じの信奉者達は本当にアレだからさ。最初勢い付いてるのも他の動きに当てられた、て話もあるけど、竜族自体がいくつか勢力を作りだしてるって話もあるから、今回も最悪、ポポルブレアだけじゃ済まない可能性あるからね」
「マジで?」
「竜のおかわりはいらないぞ・・」
ドン引きしつつ、オレ達のティアビルケン号は火山地帯の深部へと進んでいった。
───────
火山帯深部、ポポルブレアの眠る枯れたような緑壁を望む崖にカノレアとシノレア、さらにフードを被った痩身、太め、かなりの大柄な者達が着地した。
「既に別の勢力が接触した気配もあるが、ポポルブレアを引き入れれば我々の勢力はかなり優位となる! ばっちりスカウトするっ」
「カノレア、でもワーリザードの信奉者達、話通じないような・・」
「為せば成る! 行くぞっ」
カノレアは弱気な妹を叱咤し、フードの者達も連れて崖から緑壁へと飛び立った。