11話 ティアビルケン号
下半身のみ装束を身に付けたエゥガラレアは、凍り付いたミスリル製の鏡に己の姿を映した。
頭部はどうにか主導権を握りエゥガラレアその物となっていたが、首から下は竜の血で強靭化した若い男の身体。
アマヒコの顔は胸部中心で眠りに就き、花混じりの植物の蔓や草花は今のエゥガラレアの胴体を飾るように拡がっていた。
「どうにも具合が悪い・・チッ、ゼリ・キャンデめっ! わざと不完全にしているのか?」
千竜神殿の、今となっては用途の知れない一角をエゥガラレアは己の根城とすることにしていた。
一応それらしく調度品等を整えはしてみたが、全て凍り付くのにもうんざりであった。
「まぁいい」
エゥガラレアは虚空から上半身の装束を逆巻かせて身に纏った。アマヒコの顔も隠される。
さらに左手に竜の特徴を表してかざし、根城の中央の燈火台に竜の炎を灯して部屋の全てを解凍。背に広げた竜の翼で烈風を起こし蒸気を吹き飛ばした。
と、溶けた氷の中から双子の耳の長いエゥガラレアの同族が現れた。
双子の子爵級竜であった。
「がふっ?!」
「けほっ、けほっ??」
突然の復活に戸惑う双子の竜。
「カノレア、シノレア。その様子では貴重な竜の身体を棄てて神殿に逃げ込んだな? 臆病者めっ!」
「エゥガラレア様?!」
「あれ? 何かイメチェン」
「黙れ!」
侯爵級竜の激昂に縮み上がる双子の竜、カノレアとシノレア。
「私の復活も不完全だ。状況の把握もできていない。ゼリ・キャンデが先にいたが、ヤツは要領を得ない・・」
「ゼリ・キャンデ!」
「げぇ。アイツ、やっぱ生きてたかぁ」
ゼリ・キャンデの名に揃って苦々しい顔をする三者。
「お前達はこの時代の情勢を把握し、私に報告するのだ」
「「はっ」」
畏まる双子竜。が、2人は目配せし合った。
「えーと」
エゥガラレアは爵位は上でも直属の上官でも何でもなかった。加えて、双子に限らずまだ竜の軍勢への帰属意識を失っていない者達には当然の関心があった。
「あの、陛下は?」
「地下だ。拝謁してくるといい。あまり良い状態ではないが・・」
エゥガラレアは痛ましげに応えた。
───────
と、いうワケでオレとモパ公は棍棒みたいなサイズの茸の形をした竜の糧を木のハンドルを付けた串に刺し、焚き火を挟んだ左右の支え木に掛けて回しながら炙り焼きにしていた。
芳ばしい、というより火葬してるみたいな臭いが立ち込める。
(ココロよ、貴重な龍脈の魔力が2割は抜けてしまう。なぜ調理するのじゃ?)
(現状。ココロの損耗は十分回復していない。この加熱処理は不毛)
オレは、無、の顔でハンドルを回しながら答えた。
「・・いいか? オレは生の茸は食わねぇんだ。それが結論なっ」
断固としてなっっ。
「ん~、オイラは何でもいいけど、まぁちょっとチ〇コっぽいかんな」
(・・・)
(・・・)
「・・オイッ、モパ公! 皆敢えて直接触れないようにしてたろっ?!」
「あ~ん?」
こっからちょい揉めたが何だかんだで、特殊な形状、の茸をモパヨーヨと2人で食べてミゼン戦のダメージから回復し、さらにパワーアップもしてやった! ぬんっっ。
回復と強化の済んだオレ達はまだ焚き火が燃えてるその場で、転戦を重ねて辺境に寄り過ぎたから、このまま悪竜狩りをしつつ僻地で竜の糧探して回るか? 一旦リーラのいるブースト商会の拠点まで戻って情報を集めるか? 方針を決めることにした。
ラシュシュとオトシュも霊体で参戦。だいぶ実体をはっきり出せるようになってる。
というかオトシュの本来の大樹虫の姿、初めて見た。雌で、ラシュシュより若い個体に見える。
(おおよその状況は他の大樹虫か竜滅器を介して把握できておるがの)
「そのリーラってオバサン、オイラ知らないし、ブースト商会の拠点ならどこでもよくないかぁ? イズモクラ辺りまで戻るのめんどっちいぞ」
「ブースト商会はグループによっちゃイカついから、見知った所の方がいいだろ? それにリーラは個人で手下を使って情報を集めさせてる。これは貴重だぜ? ラシュシュ達の情報はムラがあっからっ」
(同意。竜滅器化できない個体は意志薄弱。また竜滅器は自我が強過ぎる為、意識の同化認識の難度が高くなる傾向。ラシュシュの情報解析は長い年月の解析を根拠としている。人間の時間に安易に当て嵌めるべきではない、と判断)
「オトシュ、めちゃ喋るじゃん?」
「いや、オトシュは元々クドいぞ?」
(訂正。モパヨーヨには修正が必要な為)
「ほらきた」
(話が脱線しておる。そもそも・・ん?)
ラシュシュの霊体はいち早く何かに気付いて、空を見上げ、続けてオトシュとオイラ達も気付いた。
竜ではないが強い機械的な精密に起動する魔力、質量、速度。
空から何か大きな物がこちらに向かっていた!
「何だ? 機械?? 昔の空飛ぶ船かっ?」
(飛行艇じゃの。この時代で・・いや、これは竜狩り達の使う船じゃ。5人も乗っ取る。向こうも察して来ておる)
(我も感じた)
「・・・逃げた方がいいんじゃないか? 大勢で旧文明の武器を使う竜狩り何てロクでもないぞ?」
(逃げるのであれば、他の大樹虫との接続を一旦切ってこの場を離れることもできるのじゃ。どうする?)
(提案。あちらの竜滅器との交渉)
これまでに無い材料で、正直よくわかんね。オレ1人なら、ヤバそうなら迷わず逃げて様子を見たろうが・・
「交渉はしてみてくれ。それで無理じゃなかったら会ってみる。オレは、のんびりしてらんねーんだ」
「オイラ、知らないぞ? これまで会った竜狩り、ココロ以外は頭オカシイのしかいなかったかんな」
「・・オレ、まともなのかな?」
「ん?」
耳長女に対する気持ちは何より嫉妬だ。
オレもオカシイ。
やがて、立ち上がって霊体も解除させた竜滅器を持ち焚き火も消さずに待ち構えるオレ達の頭上に、飛行艇は静止した。
デカい魚みたいな形状をしてる。
粒子を放つ魔力を周囲に展開させていたが、仕組みはよくわからない。いや、魔力で宙を蹴ったり走ったりする術の延長線上の技術なのかもな。
船の扉の1つが開き、3人の竜狩りが姿を見せた。2人は中か?
2人は花混じりベースらしい男女の竜狩り。斧と、鎖鎌の竜滅器。
もう1人は珍しい、獣人の花混じり! 鉤爪の竜滅器を身に付けていた。
(交渉は成立じゃ)
(危害を加えないと、誓約。術による物で、反古にはできない)
3人はオレ達を見下ろし、少し何か話してから、男の竜狩りが飛び降りてきた。
高度が下がると2回、宙を蹴って勢いを殺し、あとは斧の竜滅器を肩に担いで宙を歩き、こちらを見ながら降りてきた。
モパヨーヨより器用だな・・
「大食いのモパヨーヨと、噂のルーキーか。組んでたんだな」
(ラシュシュ、オレ、噂なのか?)
(旧文明の遺産を使っておるし、ワシらより先にこちらを特定している風だった。情報感度がいいグループなんじゃろう)
何だそりゃ? 反則くせーな。だが、上手く使えたら有利!
「何かオレ達に用か?」
「ああ、仲間にならないか? ティアビルケン号のクルーに!」
斧男は誇らしげに片手を上げて飛行艇を示してみせた。
「・・何でだ? お前達に何の利点があんだよ?」
確認はする。話がウマ過ぎるからな。
「そうだ! オイラ達は、通りすがりのグルメ竜狩り美少女姉妹、むぎゅっっ」
ややこしいからモパ公のむっちりした顔を片手で握り締めて黙らせる。
斧男はちょいバツの悪そうな顔をした。
何だ?
「いや、お前達だから、というか、正気そうな竜狩りがいたら取り敢えず口説いてるんだよ」
「はぁ?」
(合理的ではあるの)
(事実。交渉可能な竜狩りは少ない)
思ったよりざっくりな理由。う~ん?