睡眠学習アプリ
画期的な睡眠学習アプリが登場した。
ユーザーの寝息や心拍数、脈などから、覚醒状態、寝入り、レム睡眠、ノンレム睡眠を判断し、深く眠る直前に覚えたい情報を入れることで、記憶に定着させるというものである。
睡眠中に学習させるのは脳にとって良くない。睡眠には記憶を定着させる効果があるため、眠る直前に覚えたものは定着しやすい。これらの効果を最大限に生かすため、タイミングを見て視覚・聴覚の刺激を自動的に送り込む仕組みを持っているのが、このアプリなのである。
治験を行ったところ、20%の被験者に驚くべき効果が、45%の被験者に多少の知識の向上が認められた。アプリは有料であったが値段も手ごろであったため、瞬く間に世界中から注目され、多くの人からダウンロードされた。アプリで提供される学習コンテンツには多くの企業が参入した。幼児や受験生の親たちがこぞってこのアプリで学習させようとした。学習コンテンツはどこのものがいいのか、情報交換も盛んになった。一部の学者や知識人は批判的な意見を述べていたが、アプリは次第にワインの知識や花の名前など、趣味の知識をつけることにも使われるようになり、批判も減って、世の中がとても豊かになったように思えた。
アプリが登場してから五年ほど経過したとき、記憶障害や睡眠障害を訴えるものが少しずつ増えてきた。スマートフォンの個人利用の増加、情報過多な社会、運動不足、直接的なコミュニケーションの不足など、現代には問題がすでに山積みであったため、このアプリが原因と考えられることはしばらくなかった。
睡眠導入時という無防備な状態で学習ばかりしていたために、脳の中で情報の優先順位がうまく取れなくなったのが原因だった。人間の脳は入れ物のように情報を流し込めばためて置けるという代物ではなかったということだ。