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優しい世界が見たいんだ  作者: 川崎殻覇
紫悠遥稀は戻れない
98/134

この物語の主役は君だ

閲覧感謝感謝です

映画のあらすじはこうだ。


ある日、何もかもを失った幼い少年。

元々住んでいた家から追い出され、寒空の下に放り出されてしまった少年…どうにか休もうと橋の下まで歩いたけれど、寒さのせいか、それとも疲れのせいか…橋の支柱を背にして眠ってしまう。


眠った先に出会ったのは一つの学校、そこでの自分は一人の生徒として学校に通っている。


クラスのみんなは明るくて優しい、少年はいつしかここが自分の本当にいる場所なんじゃないかと思い、そこでの生活を満喫するが…そこで一人の男が少年の前に現れる。


その男は少年に厳しい言葉を投げかける。その言葉に対して周りのクラスメイト達は少年を守ろうと前に立ち、その男を非難するが、少年だけはその言葉を真剣に聞き届ける。


その言葉を聞いて少年がどの道を進むのか、そして歩いた先に何が待っているのか…その選択は彼自身にしか選べない…と、そんな感じのストーリーだ。


このあらすじを見た感想としては…え、重って感じだ。


何これ、この少年可哀想過ぎない? ある日何もかもを失ったって書いているけど、この設定いる?


あと見た感じ裏設定があるっぽくて…ここに書いているあらすじとちょっと内容が違う。…多分あらすじを見ている人を騙そうとしているのだろう。これを作った奴はいい性格してるぜ。


物語の文の量的には確かにショートストーリーだが…うーん。これが最近の流行なのだろうか…? よくわからん。


「なぁ、これ本当に文化祭でやるのか?」


「モチのロンだよ! 脚本、演出その他もろもろ私プレゼンツでお送りするよ!」


「あ、お前が考えた設定なのね…」


元凶はやはり眼鏡女子であった。…こいつなんだかんだすげぇはっちゃけるな。…まぁ別にいいけど。


「んで? 俺の役は?」


「お、やる気だね?」


「アホ、テメェが逃げ道を塞いだせいだ、ざけんな」


本当の本気で参加するつもりなんてなかったのに…こいつが適当にホラ吹いたせいでこんな事態になっているんだが? 結構キレてるんだが?


「あはーは、まぁまぁいいじゃないの」


はいキレた。かるーい感じで舐めたこと言われたからブチギレた。


「おい紫悠、こいつぶん殴っていいか?」


「な、名取君…! 抑えて…っ」


一応紫悠に殴るかどうか聞きはしたが実際には既にぶん殴る姿勢だ。殴ると決めたなら既に行動がなんたらってやつだ。


「おーこわこわ…じゃあはい、これ君の役の台本ね」


すたたっと台本を残して眼鏡女子は既に避難している。…やるじゃねぇか。


「チッ…」


その行動の早さを称してこれ以上の追撃はやめておく。…さて、取り敢えず台本を確認するか。


ペラペラと台本を捲る。…俺の役は想定した通りのものだった。


「…これ、他クラスの奴がやっていい役なの? 割と重要な役割じゃね?」


俺に充てられた役は作中で少年に酷い言葉を投げ掛ける男だった。


まぁ確かに理解は出来る。あらすじを読んでて俺がやってもいいなと思った唯一の役割だったからだ。

けどなぁ…。


「結構美味しい役だから他にやりたい奴とかいるんじゃないの? 大丈夫?」


「だいじょぶだいじょぶ、逆に君以外にこんな憎まれ役似合わないって」


あらそう…そりゃ確かにな。


この映画で必要な役割は大きく分けて三つか四つ。


一つ、主人公。

これは当たり前だ。主人公がいなくては物語が始まらない。


二つ、主人公に酷いこと…警鐘を鳴らす存在。

これは物語を動かす導線だ。こいつがいなければ主人公は迷うこともなくなる…その悩みを与える為の役割。


三つ、主人公を肯定する存在。

主人公が存在していい、ここにいてもいいと言う役。誰か個人というわけではなく、世界全体が主人公を肯定しなければならない。


そして最後の四つは…ネタバレなので伏せるとしよう。…それでこの中の二つ目が俺、三つ目が大勢の生徒でやるのはわかるが…残る主人公は誰がやるのだろうか。…大体察しはついているが。


「それで…これが紫悠君の台本」


「うん…! ありがとう…!」


紫悠はわくわくした様子でその台本を受け取った。先程内容がまだわかっていないと言っていたし、今日初めて確認するのだろう。


「ふんふーん…! ……えっ!?」


最初は楽しそうに台本を読み込んでいた紫悠だったが、その途中で大きく驚く様な声を出した。


「あの…綾辻さん…? これ、主役の人の台本なんだけど…渡す人間違ってない?」


「いやいや、これで合っているよ紫悠君…。そう! この映画の主役は君なんだよ!」


「えぇ…!?」


やはりそうか…台詞回しとかの要所要所に紫悠っぽさが見え隠れしてたからな。


「ぼ、ぼ、僕には無理だよ…こんな重要な役…。も、もっと他に適任な人が…」


「問題ナイナイ、クラスの子にはとっくに主役は紫悠君がやるよって言っているし、みんなも了承してくれたからね」


紫悠はそう言われると反射的に周りを見回すが、他の奴らは全員うんうんと深く頷いている。


「でも無理強いはしたくないから、嫌だったら言ってね? 無理なもんは無理と言ってくれても全然ヘーキヘーキ」


眼鏡女子は軽く笑いながらそう言って…続きの言葉を紫悠に掛ける。


「ほらさ…これはあくまで学園祭のクラスの出し物の映画。クオリティなんてどうでもいいんだよ。みんなで楽しんで一つの作品を作れればそれでいいの」


「綾辻さん…」


その言葉はどれも紫悠の肩の重荷を下げる様な言葉だった。眼鏡女子の紫悠に無理をさせたくないという言葉はどうやら本当らしい。


「でもなぁ…紫悠君が主役をやってくれればきっといい作品にもなってみんな楽しめると思うんだよなぁ…そゆことで、ここはお願いされてくれないかなぁ〜。…お願いっ!」


眼鏡女子は頭を下げて紫悠に頼み込んでいる。その所作は緩くて軽い。まるで真剣に頼み込んでいる様には見えない。

だからこそ、その頼み方は紫悠にとって効果覿面だった様だ。気を軽くさせるというのか…その頼み方には重々しさが全くなかった。


「…綾辻さんがそこまで言ってくれるなら。…僕、頑張るよ…!」


紫悠は両手をばっと力を入れると、先程までの弱気な様子からは一変、やる気に満ち溢れた顔をしていた。


「ありがとー!! それじゃあちゃちゃっと撮影の準場をしよー!!」


クラス全員が一致団結、眼鏡女子の掛け声に俺以外の生徒がオー!! と応えている。…部外者感が半端ないな。


紫悠もなんだかんだとクラスの雰囲気に流されているのか笑顔だ。…最初出会った時とは目まぐるしい変化だな。


この分ではそろそろ俺の役割も終わりが近いのかもしれない。男にするっていうオーダーを果たせたのかは正直言えはしないが…随分と楽しそうな顔をしている。

あれなら男女の仲とは言わず、普通に友人も出来るだろう。


…しかし、紫悠のクラスの奴等は思っていた連中ではなかったな。


紫悠のあの様子から、きっとクラスメイトからハブられているのかと思っていた。遠巻きに見ているだけの存在だと思っていた。

けれど、今見ればそんな連中は一人たりともいない。クラス全員が紫悠のことを仲間と思っている様子だ。


…多分、あの眼鏡女子がクラスの連中を変えた存在なのだろうとおぼつかながらそう察する。


紫悠の話によると、以前からあの眼鏡女子だけは紫悠に対して話しかけていたらしい。…きっと眼鏡女子の性格は善良なのだろう。


今回の映画の内容を見て一瞬で気付いた。あの眼鏡女子はクラスで唯一紫悠の扱いについて気を揉んでいたのだと。…言い方が悪いな、簡単に言えば紫悠のことを気に掛けていたのだ。


紫悠がクラスで孤立していたのは間違いない。男であの格好をして、尚且つ体が弱すぎる奴を見たらどうしても扱いが難しくなる。下手に接触して体調を悪くさせたらヤバいと思ってしまうからな。


それ故に腫れ物として扱われた紫悠をあの眼鏡女子だけがなんとかしようとした。それがこの映画なのだろう。


「へっ、いい奴ばっかじゃん」


外様であるが故にこの光景がよく見える。…きっとこのまま過ごしていけば変われるはずだ。


そんなことを思いながら俺は台本を読み込むのだった。

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