逃げられない状況
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学園祭は滞りなく進んでいる。我がクラスも意欲的に学園祭に取り組んでいた。
「ほらー、男子〜特に執事役の男子! そんな恥ずかしがらないの! 女子だってメイド服恥ずかしいけど着てるんだよ? あんた達も観念しなさーい」
「「「えーー、でもなぁ」」」
「やかましい!! 採寸したいからさっさとこっちに来なさーい!!」
衣装係の生徒が男子共に檄を入れている。女子の方は若干の恥ずかしさを残しながらも、普段着ないメイド服というものに新鮮味を感じている様だ。くるくると周りスカートを翻していた。
「えっと、私達はなにしよっか」
突然クラスの女子に声を掛けられる。当然俺もこの忙しない空気の中にいた。
俺に当てられた役割は厨房…つまり裏方の役割。そして厨房は基本的に本番以降に動くことになる。だからこそ女子はそう言ったのだろう。
厨房の人数は六人、そっからローテを組んで基本的に四人が厨房に立つことになった。なんと恐ろしいことに俺以外が全て女子である。クソが。
なんと、俺以外の男子全員が料理は嫌だと言い、力仕事やらなんやらを担当しやがった。俺は特に希望を出してなかったのでこれみよがし委員長が厨房にぶち込みやがったのだ。
なので周囲の女子達から若干変な目で見られている。…なんで君ここにいるの? みたいに思われいるみたいでなんかやだな。
「…あー、取り敢えずリーダーでも決めるか。指示出しする人間がいた方が色々と楽だからな」
黙っていても何も始まらないので取り敢えず俺が音頭を取る。メンドクサイけどな。
どうやらここに集められた女子達は皆大人しめの子らしい。なおかつ料理が出来る子達がここに集められたとのこと。
「えー、じゃあリーダーやりたい人」
「「「………」」」
だから、まぁ…そんな大人しめの子がリーダーなんて役職やりたがるわけがなくて…みんなして黙ってしまった。
「…じゃあ、リーダーは一旦保留で…次はメニューに関してだけど…そこは委員長が決めるからなんともだな」
学園祭で出す料理は基本的に厳しかったりする。生物が駄目とかそんな感じで結構ルールが定まっているのかそうじゃないのか…とにかくまぁ大変だ。
そして俺達は学生、飲食店の様にガチの飯を出せるわけがない。特にメニューを幅広く用意してしまうと手が回らなくなってしまう…なので出せるメニューとしては一品か二品が限界、あとはドリンクが幾つかだろう。
そこら辺の細かいところは委員長が決めるので…一先ず委員長に指示を仰ぐか。
「取り敢えず委員長に何を作るか聞いてくるわ。それまでは自由にしていてくれ」
「は、はい」
心底怠さを感じながら委員長の所へ行く。
「おーい、委員長。出すメニューを教えろ」
「ん」
そう簡潔に言って渡して来たのは…馬鹿みたいに様々な種類の料理が箇条書きに書かれていた紙だった。
「アホ、こんな種類作れるわけないだろ。もっと少なくしろ」
「じゃなくて、そこから自由に選んでってこと。作る料理は厨房に一任するわ」
そう言うや委員長は他の生徒に指示出しをしに行った。…すげぇ忙しそうに動くな。
「というわけで、この中から好きに作れと言われたんだが…何がいい?」
「えーっと…」「この中かぁ…」「どうしよっか…」
厨房の人間全員がそう言って悩む素振りをするが、実際どうするか決めようとはしていない。…チラチラと俺の方を何回かチラ見している。
これはあれだな? 俺に決めろと言うんだな?
「…あー、わかっている通り、俺達が出すのはあくまで学園祭の模擬店…ガチの飲食店の様な料理を作る必要はないし、そもそも出来ない。よってメニューはこの中からペースとなるものを一品、ついでの一品が精々だ」
それならばご期待通りと周知の事実を言い渡らせる。意識の統一は必要だからな。
「今回このクラスが出す出し物はメイド執事喫茶…つーことは喫茶らしい品がいいってわけだが…この中でそれらしい品と言えばやはりオムライスだろう」
渡された紙に書いてあるオムライスの欄にマーカーで線を引く。
「俺としてはこれをベースに後もう一品…材料が酷似した品が欲しい。俺はメイド喫茶とか執事喫茶についてはあまりわからないが、このオムライスがメイド喫茶でよく出されるというのは漫画とかで読んだことがある」
一人の女子が『あら、意外な趣味があるものなんだねぇ…』みたいな感じで生暖かい目で俺を見てくる。…本当によくわかってないんだけどな。
概ね実はそういう趣味が…とか思ってるんだろ。腹立つが弁解しても無駄なので睨みつけるだけで後は何もしない。
「チッ…んで、残りの品は執事喫茶に近しいものを選んだ方がいいんだが…俺は執事喫茶についてマジで知らん。よって、残りの一つはオムライスと材料が似通っているチャーハンにしたいと思う」
異議あるものは、と目で意思を問う。舌打ちをしたからかみんなしてビビっている様子だ。
「これで問題がないなら決定にする。レシピとマニュアルは俺の方で作成しとくが問題ないか? 問題があるなら言え」
「えっ?」「な、名取さんが?」「この人料理出来るの…?」
周囲から喧しい声が鳴る。…本当にめんどくせぇな。
「はぁ…んじゃ取り敢えず家庭科室に集合、こうなると思って一応用意しておいたんだよな」
用意というのは他でもない。疑うのならそれを見せてやるだけだ。
数十分後、家庭科室に集まった生徒は俺の作るマニュアルに従うと頷いた。だいぶプライドがへし折れた様子だったな。
そりゃあこんな筋肉ダルマが料理を…違うな、料理に自信を持っていた自分達よりも遥かに美味い飯を作ったのだ。そりゃキツイわな。
あの時の凹んだ顔は中々によかった。舐め腐った面が一瞬にして変わったからな、爽快爽快。
「あ、名取君」
「お、紫悠か」
るんるんと歩いている途中、ばったり紫悠と出くわす。
あの時メモ帳を届けてから数日が経ったがどうやら体調が良くなった様だ。以前と変わらない様子で元気そうだ。
「あれから調子はどうだ? そろそろトレーニングを再開するか?」
「うん、調子も戻ったし、そろそろお願いしてもいいかな」
今の今まで体調が悪かった…ということなのでトレーニングは中止していた。けれどこの様子なら再開してもいい…と俺が決めるのは浅はか。
結局体調がどうのというのは本人にしかわからない。なので一応再会の有無を聞いてみたのだが…どうやら大丈夫そうだ。
「うし、それなら近いうちに再開するか…あ、だがいいのか? 聞いておいてなんだが映画の撮影もあるだろ? 大変じゃね?」
喋っている途中に気付いたので慌ててそう言う。ちょいと前に倒れた奴にすぐ体を動かせるのは流石に酷だった。
「ううん、本当に体は大丈夫なんだ。これも名取君のおかげかな、前は一度倒れたら凄く辛かったんだけど…今は全然平気だよ」
「…そうか? ならやるか」
しかしそれは無駄な心配だったらしい。…あまり体調を気遣い過ぎるのもよくないか。
「…んで、映画は結局いつ撮りに行くんだ?
心配していたことを悟らせない様に話を切り替える。すると紫悠はにこにこと表情を変えながら…。
「うん、今日から撮っていくんだって。内容はまだよくわかってないんだけど…とても楽しみなんだ」
「へぇ、いいじゃん。頑張れよ」
とまぁ、そんな反応をする。それに適当な返事を返しながら、いい加減引き留めるのが申し訳なくなりその場を後にしようとしたが…。
「んじゃ、俺はこれで…暇だったらお前達の映画見に行くわ」
「あ、それなんだけど…」
何故か紫悠に引き止められた。何か用事があるのだろうか…。
「あのね? 前言っていた映画監督が親の人…綾辻さんが名取君も呼んで欲しいって言ってたんだけど…。一緒に来てもらってもいいかな?」
「……おぅふ」
まさか、まさか…あの言葉ってマジだったのか。
いや、勿論忘れてはいない。確かにあの眼鏡女子は俺を映画に参加させるとかなんとか言っていたし、それに対して俺も気が向いたらなとか言った覚えがある。
「えへへ…まさか名取君も一緒に出てくれるなんて…聞いたよ? 僕のことを心配して一緒に参加してくれるって」
あ、あのクソアマ…あまりにもホラ吹きすぎだろ…俺ぁそんなこと一言も言ってないんだが?
だ、だが…紫悠のこの反応を見て今から嘘ですとか言えるわけが…ち、畜生…!
「あ、あぁ勿論。一応念のためにな? 最近のお前は頑張っているけど、それでもほんの少しだけ心配になっちまったんだ。悪ぃな」
「ううん…僕のことをそんなに考えてくれ嬉しいよ。…それじゃあいこ? 実は名取君を探して廊下を歩いていたんだ」
「そ、そうか…あんがとよ。わざわざ呼びに来てくれて」
結局、俺は紫悠に連れられて映画に出演することになった。あんちくしょうめ…!