始まりから既に終わっている
閲覧感謝です。
あの後眼鏡女子と別れ、学校を抜け出してメモ帳を届けることにした。
紫悠の家は学校とそこまで離れてはなく、ちょいと走ればすぐ着く距離にある。
まだ昼飯は食っていない。なので出来るだけ早くメモ帳を届けて帰りたいところ…まぁ三十分あれば行き帰り出来るだろう。
「制服だから走り辛ぇ…けど、割と早めに着いたな」
学校から出発して十分程度、まぁまぁの速さで走ったからかなんとかこの程度で辿り着くことが出来た。
「……本当は郵便入れにぶち込んどいて帰りたいところだが…大切なものかもしれないからな、一応声掛けだけはしておくか」
体が弱くて休んでいるのなら下手にインターホンは鳴らさない方がいいとも考えたが…そこは考えても仕方がない。
もしインターホンに出たら症状が軽めだったと思えばいい、出なければ結構重め。
無理してインターホンに出る可能性もあるが…そん時はごめんと謝ってすぐに帰ればいい。
ポチッとインターホンを押す。ピンポーンと明るいチャイムが目の前で鳴った。
………十秒待ってみたが何も返事がない。ということは症状が重めなのだろうか。
多分まだ寝ているのだろう。だがもしかしたら無理をして玄関にやって来ているかもしれない…。
なのでもう少ししたらここを離れると決め、一分ほど待ち続けてみると…。
『…な、なとり…くん? どう…したの?』
「お、紫悠か?」
無駄足にならなくてほっとした。しかしどうやら相当消耗しているみたいだな。
『ぁっ…ど、どうし…て、こ…んっ…。……こに?』
「お前に渡すものがあってな。ほら、この前お前が急に走って帰った時があったろ? そん時にお前メモ帳を落としたろ」
インターホンから出る音声が調子が悪いのか、やけにガビガビとした声が響く。おそらく疲れた様な声をしているのだろう。やけにぐぐもった声をしている。
『────…』
「ん、なんか後ろの方で声が聞こえたぞ? 誰かいるのか?」
インターホン越しではあるが人の声が後ろで聞こえた。内容まではわからなかったが。
『ん…えっ、と…ぼ、ぼくをしんぱいしてくれ…て。ぃ、…親戚のおにいさんが…キテ、くれているんだ…』
「ほーん、まぁいいや。あんまり体調よくなさそうだし、メモ帳は郵便入れに入れておくけどそれでいいか?」
『あっ…! う、うン…ありがと、ね、…っ!』
俺はその時何も気にしなかった。本当にただ、体調が悪いだけだと思っていたんだ。
どうして何も気付かなかったのだろう。どうして何も違和感を感じなかったのだろう。
心の奥底では気付いていたのではないか、それをただ知らないふりをして、見ないことにしていただけではないのか。
何も聞こえないと言って耳を塞いで。他人事だからと何も関心を寄せないで、本当に助けなくてはならない相手を見落としていた。
他人だからどうでもいい? 巫山戯るな。誰であったとしても…こんな目に遭っていいわけがない。
それを自分が今まで受けた傷を棚に上げて傍観した。無視した…いつまで被害者面をしているんだ俺は。
そこにいるのは誰だ。そこにいるのは何者だ?
そこにいるのは悪意とは根本的に違う傷を与えられた存在。そこにいるのは何者にもなれなかった存在。
俺よりも多くの傷を負い、取り返しのつかない地獄を生き続けた者…もう元には戻れない一つの存在がそこにはいた。俺なんかよりも最悪の道を歩まされているものがそこにいる。
「じゃあ目的は達したことだし…俺は学校に戻るな。元気になったら学校に来いよ」
俺は無能にもそう言った。なんでもない様にそう言った。
『…………うん、また、学校で』
そいつは何も言わなかった。何も言わず、ただ俺に別れを告げた。
『………………………て』
その声を、俺は聞き逃した。最後にそいつがなんと言ったのか、今ではもう知ることは出来ない。知ったとしても意味はない。
だって、その時に俺は、もう体を翻していたのだから。
終わってる。全てもう終わっている。そいつは終わった道を進み続け、泥濘に嵌まり続けている。もうとっくに身動きは出来ない。後退も出来ない。
その終わりの中でそいつは願っている。かつての俺と同じ様に願っている。
終わっていたとしても続くものがあると、大切なものがあると、それを捨てることは出来ないと…そいつは戦い続けている。
俺が捨ててしまったものをそれでもと縋り続け、悪意とは呼べない邪悪にその身を捧げた。例え、その先の自分がどうなるかわからないのだとしても。
その先俺は知ることになるだろう。本当の狂気というものを。際限の果てない人の欲望を。そして、もう一つの側面を。
俺は、この先知ることになるだろう。
もう既に終わっている話がようやっと始まります。最終的にどんな着地をするのか乞うご期待です。