友達の定義
閲覧感謝ですです。
「名取君、どうしたのそんなにぼーっとして」
「ん…」
違和感が突き刺さったまま家に帰り、漠然と家事を全て終わらした後のこと。
今日は先生の家で飯を作る日だった。それがつつがなく終わり、先生と飯を食っている最中のこと。
「料理作っている最中もぼーっとして、それでも淀みのない動作で動き続けていたのは流石と言うしかないんだけど…」
「んー…すんません。ちょっと危なかったっすね」
刃物を使う以上料理中に気を抜くのはよくない。先生の言うことは最もだった。
「作ってもらう立場だから何も言うつもりはないし、作ってもらった料理がとても美味しいから何も言えないけど…一つだけ。…どうしたの?」
「…いやま、なんというか…すんません、ちょっとコレについては何も言えないです」
先生なりに俺を気遣ってくれているのはわかっているが…生憎これは人のプライバシーに関係するかも知れない話だ。勝手に他人に話すわけにはいかない。
そもそも俺も盗み見してしまった様なものだからな…余計に言いづらいというものだ。
「……ごめんね、無理に聞いちゃって…言いづらいこともあるよね」
「いえ、力になろうとしてくれているのはありがたいと思っているので…すんません」
先生は適度な距離感を保ち続けている。無理に何かを聞こうとするわけではなく、単に力になろうとしてくれている。
お節介…と言うほど不用心ではなく、無配慮と呼ばない程度に踏み込んで来る。これが大人の距離感の測り方だとつい感心してしまう。
「別に謝る必要はないわ。でも何か力になれることがあるのなら遠慮なく言ってね」
先生に気を遣わせてしまったことに罪悪感を覚えたが、それすら見通して先生は俺のフォローをしてくれる。…やはり俺と先生の間には見えない程の差があるのだと実感する。
差、人としての格と言ってもいい。…いずれ、俺もこんな大人になりたいものだ。
「さてさて、それじゃあ真面目モードはコレくらいにして…今から晩酌始めちゃおっかな!!」
「飯食った後に酒飲むと吐きやすいってよく聞きますよ? 飲むなら飯を食う前にして下さい」
「えー! ぶーぶー!」
…やっぱりこんな大人にはなりたくないな。なんだこの酒カス。
幼稚園児の様に駄々を捏ねる先生にドン引きしてしまう。いや、そうなるでしょ。
どうしてこうもオンとオフが掛け離れているのか…ちっとは授業中の時の様に家でもキチッとして欲しいのだが…。
「わぁ!! まみぃちゃーん!!!」
目の前には魔法少女アニメに熱中している三十路一歩手前の成人女性。手には酒の代わりにつまみにしようしていたゲソ…うわぁ、どこからどう見ても悲惨な光景だ。
どう見てもおっさんにしか見えない。なのに顔とか身体つきは超絶美人モデルなんだよなぁ…頭バグりそう。
そんなふうに、魑魅魍魎としか言えない光景を見ていたからか、段々と芽生えた違和感を気にしなくなった。
そうとも、俺が気にしなけりゃなんも問題はない。…いらんことに首を突っ込むと碌なことにならないからな。
そして次の登校日。
「あー、このクラスに紫悠遥稀って奴いる?」
早速紫悠が落としたメモ帳を届ける為にクラスに乗り込んでみたのだが…。シーンと静まり返っている。
どうやら俺の風貌を見て動揺しているらしい。ザワザワと小声で色々と囁かれている。どーしてー。
「紫悠君? 今日は来てないかなぁ」
しかし、そんな中でも一人の女子生徒が問いを返してくれた。救世主サンキュー!
しかし来てないか。なるべく早く返す為に朝のホームルームが始まる前にやって来たのが仇となったか? 後からやって来るか、それとも今日は学校を休むのだろうか。
ふーむ…取り敢えず今のところ引き下がっておくか。昼また来て、それでもいなかったら休んでいると仮定して昼休み中に学校を抜け出して家まで持って行ってやろう。
他人の私物をいつまでも持っているのってなんか気持ち悪くて嫌なんだよね。ちゃっちゃと返したい。
「あんがとな、んじゃまた昼やって来るわ」
「了解でーす。もし学校に来てたら…えっと、貴方お名前は?」
「名取愛人だ」
「おっけー、名取君ね。もし紫悠君が学校に来たら名取君が来たって伝えとくね」
話が早くて助かる。理解力高いなこの眼鏡女子。
「悪いな。んじゃな」
「ほーい」
そして一度紫悠のクラス離れて、昼休みの時間。もう一度このクラスにやって来たが…。
「今日紫悠君はお休みっぽいよ。ちょっと体調が悪いんだって、先生が言ってた」
「ほーん…」
とのことだった。
そうか、確かにあいつは体が弱いとかそんなことを言ってたよな。訓練で結構良い根性を見せていたので忘れていた。
医者が診察するくらいだし、何か大きな問題があるのかもしれない…今日の昼に押しかけようと思っていたがやめておこうか。
「ねーねー、名取君って最近紫悠君と仲良いよね。どんなご関係?」
「ん?」
このクラスで唯一俺に臆さなかった眼鏡女子がそんなことを聞いてくる。そのお陰で忘れ物を届けに行くか行かないか、どっちにするかの思考が逸れてしまった。
「どんな関係…ねぇ」
俺の質問に答えてくれた眼鏡女子の問いを無視するのは忍びないのでちょっと考えてみたが…どうにも答えが出なかった。
友人関係ではないし、かと言って事の経緯を細かく話すつもりもない。…どう答えたらいいものか。
うんうんとすこし唸ってみるが上手い答えが浮かび上がらない。ほんの少し困り顔をしてしまうと…。
「あらら? ちょっと困る質問しちゃったかな。まぁあんま気にしないでいいよー、ちょっと聞いてみただけだからさ」
眼鏡女子はなははと笑いながら手を小ぶりに振って質問を取り消してくれた。
「悪いな、どう答えたもんかちょいと迷っちまっただけだ。多分一番近しい関係を言うのなら…多分知り合いとかそんな感じだ」
「えー? 友達じゃないの? あんなに仲良さそうなのに。お昼休みいっつもご飯一緒に食べてるよね?」
あら、なんでかバレてーら。…まぁ特に隠していたわけではないので別に構わないが。
「まぁな、でも友達になってともなろうとも言ってないし…やっぱりただの知り合いだと思うが」
「えー変なの。友達ってなろうとか言って言われてなるものじゃなくない? 楽しくおしゃべり出来ているのならとっくに友達って言ってもいいと思うよ?」
「友達…ねぇ」
眼鏡女子の言うことは最もだ。どう考えてもあちらの方が正論と呼べる。
けど、なぁ…やっぱり俺はそう簡単に友達になったとか言えない。それはきっと俺が友達という言葉を神聖視しているから。
今まで出来た友人が数少ないからだろうか、なんと指で数えて事足りる程…多くの者は有象無象となってしまったからな。
「あと、もしかしなくても紫悠君は名取君のことを友達と思っているよ。だってあんなに楽しそうな紫悠君同じクラスにずっと居たのに見たことなかったもん」
そう言われて一つ思い出した。
体育祭終わり、あの時紫悠が叔父相手に言った言葉。
確かにあの時紫悠は俺のことを友人と言った。あの時は言い繕っただけだと思い、話を合わせた。…確か、あの時俺は内心でも紫悠のことを友達だと思っていた気がする。
気怠さで脳味噌が死んでいたから今の今まで思い出せていなかったが…そうか、俺はあいつのことを友達と思っているのか。
「…そうだな、確かに俺と紫悠は友人だな」
「でしょ? 悔しいけどね…!」
眼鏡女子はぐぬぬと悔しげな顔をしながら得意げにそう言ってくる。器用だなと思いつつちょっと疑問。こいつ、なんで悔しいとか言ってるんだ?
「悔しい? 何でだ?」
「そりゃあそうだよ。紫悠君と接している時間は同じクラスである私の方が絶対多い筈なのにぽっとでの人に先に仲良くなられたら悔しくない?」
「別に悔しくはないだろ」
俺の感性がちょっと鈍いのか、それとも眼鏡女子の感性がちょっと変なのか…俺はその言葉にあまり理解を示せなかった。
「私は悔しいんですぅ。でもいいんだ、名取君のお陰かどうかは知らないけど、最近の紫悠君とっても付き合いいいし、まさか私プロデュースの映画に出演してくれるとは思ってもなかったよ」
「お?」
なははと笑う眼鏡女子。
なるほど、件の映画監督の親がいる人とはこいつのことだったのか…ふーん。
「なぁ、映画ってもう撮り始めてるのか?」
「えっ?」
少しだけ紫悠の近況が気になったので聞いてみることにした。ほら、ちゃんとやれてるかなーって。
「あいつって根性はあるけど体力はねぇからさ。脚本が決まってるんなら早めに撮り始めた方がいいぞ。文化祭まであと一ヶ月ぐらいしかないしな」
「あっ…なるほどねぇ…」
眼鏡女子は俺の言葉に何故か頭を深く頷かせると…。
「…うん! 大丈夫だよ。映画と言っても十分程度のショートストーリーだから、文化祭まで時間がないからね…長編ストーリーはまた別の機会に挑戦するんだ」
「へぇ、流石」
そこら辺はちゃんと考えているらしい。憧れは伊達じゃないってことか。
「あ、そうだ! 名取君も我がクラスの映画に出演してみる? いい感じの活躍を約束するよ〜」
「はっ、別のクラスの奴を勧誘してんじゃねぇよ」
「そこはまぁ…エキストラってことでなんとかね?」
一瞬で言動に矛盾を生じさせているが…まぁいっか。
「ちなみにいい感じの役割とは?」
会話の流れでそう聞いてみる。すると眼鏡女子は自信たっぷりに。
「ずばり! 雨の日に捨てられた子犬を拾ってしまう根は優しい不良役! 喧嘩は好きか嫌いかで言えば好きだけど決して女性は殴らない。主人公のことを目の敵にしているけど、いざしょぼくれている主人公を見つけたら喝を入れる兄貴肌な人情家! どう? 君にピッタリじゃない?」
「設定が混線しまくってるよ。短い映画なんだからせめてその中の一つぐらいにした方がいいんじゃねぇの?」
「そこはまぁ…ぎゅっと頑張るよ!」
何を頑張るのか…色々と謎だ。
「…マ、気が向いたらな」
別に映画出る云々は本気にしていないが、この眼鏡女子は割と印象がいいからな。良さげなことを言ってそろそろ退散しようとする。目的はもう果たしたからな。
「おっけぇ、ちゃんと君用の役を確保しているから。ちゃんと気を向かせておいてね」
「…へいへい」
呆れながら、しかし不快感は全くなく…俺はその教室から離れるのであった。