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優しい世界が見たいんだ  作者: 川崎殻覇
紫悠遥稀は戻れない
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芽生えた棘

閲覧感謝です

「君が名取君が言っていた紫悠君ね。初めましてではないけれど、それでも一応自己紹介はしておくわね。…私の名前は長谷川流、名取君に頼まれて貴方にちょっとしたことを教える人間よ。よろしくね」


「は、はい…よろしくお願いします…」


俺は知り合いが少ない。更に何か頼み事を出来る間柄となると全くと言っていいほど良い相手が存在しない。


そんな俺がこの近辺で唯一頼れる相手こそこの人、先生だ。


俺が有田某について言ったこともちゃんと信じてくれて、一応自分で裏取りをしてから上に報告してくれた。この近辺で頼れる唯一の大人だな。


出会い方は最悪に近かったが、今では近くにいて当然の人になっている。だからこそこんなふうに頼み事も言えてしまう。それは先生の人柄がそうさせるのだろう。


この人は本当の意味で大人だ。俺を子供としてではなく一人の人間として尊重してくれる。一個借りを貸したらすぐに返してきて、一個借りを借りたらすぐに何かを要求してくれる人なのだ。なので何かを頼むということが恐怖ではない。


そんな先生なので紫悠のことも頼むことにした。

先生は女性だし、俺が適当なことを言うよりそっちの方が紫悠にとっていいと判断したってわけだ。


「一応教える…という立場でこの場にいるのでそこはかとなく厳しくいくわね。何か疑問があったらすぐに言って頂戴。出来るのならすぐに答えるわ」


出来る女…って感じで先生はキビキビとしている。今はまさに教師モードと呼称するべきだな。


「え、えと…それじゃあ最初に一つ…。どうして名取君が机の上に突っ伏しているんですか?」


「それはね、いきなり頼み事をしてきた生徒への罰よ。あと自分は女性には無関心ですよーというスタンスが気に入らなかったからね。ついでに引っ張り出して来たわ」


…ここが問題だった。

女性については先生に任せて、その時に俺は家でのんびりしてよーと思っていた矢先…先生は俺の首根っこを掴みやがった。


『名取君も女性のことを学んだ方がいいから、君も参加すること、いいわね…?』


『うぃ…』


もし断ったらその状態でぶん投げられることになるので断ることも出来ずにしばしばその言葉を受け入れることになった。

訓練で散々この人にぶん投げられた経験から本能的に勝てねぇと思い込んでいる節がある。情けないぞ俺。


「一人で学ぶより二人で学ぶ方が色々と為になると思うわ。教師と一対一となると緊張してしまうかもしれないからね。その方がいいでしょう?」


「た、確かにボクとしてはありがたいけど…名取君は大丈夫なの? さっきから全然顔を上げないけど」


「いいのよ。どうせ今も断固としてストライキをするーって態度で示しているだけだから、授業が始まれば普通に起き上がるわ。根が真面目だからね」


…ぐぬぬ。


そこから数分間二人の間で自己紹介が進み、そこから満を辞して先生による女性講座が始まった。授業ということなので姿勢を正さざるを得ない。




「そんなわけで今日はこのぐらいにするわね。何か質問があったら次の授業に聞いてね」


「ありがとうございました」


先生の授業は中々に興味深かった。俺が今まで知らなかった視点での話がよく聞けた。

自分の失敗談を交えながら言ってくれているから更にわかりやすかった。いや、あれは失敗談と言うのか…?


元カレの浮気相手がどれどれこういう人で、こういうケースがよくあるので注意しましょうとか、逆に女性としてはこういうことをしてくれるといいよねとか、そんな感じの話だ。


きっと先生の教え方がいいのだろう。このまま先生の話を聞き続けていれば女性の扱いが上手くなる可能性が高い。自惚れてはダメだけどな。


「確かに名取君の言う通りだったよ」


「ん?」


授業終わり、特に用事もないので紫悠と一緒に帰宅している最中、紫悠はそんなことを言って来た。


「男の人に必要なのは女性を…ううん、それだけに限らずに、人に優しくすること。人の気持ちを慮ることが必要…そういうことを長谷川先生の授業を通してボクに教えようとしてくれているんでしょ?」


「……まぁな」


実際そんな深いことは考えてはいない。単に男として成長するのなら女性側の視点を聞き入れた方がいいのではないかと漠然と考えていただけだ。わざと評価を下げる必要はないから別に本音は言わんけど。


「…やっぱりあの時名取君にお願いしてよかった。名取君はボクの…本当に理想の男の人だよ」


「あ〜? 別に褒めても…チョコレートくらいしか出ねぇぞ?」


理想の男の人と言われるのは存外悪い気分じゃない。慕われるの自体は嫌いじゃないからな。嫌いなのは勝手に俺がどういう存在かって決めつけられることだ。


鞄の中をごそごそと探って目当ての物を探す。確かチョコ菓子が幾つか残っていたはずだ。


「んー…ほれ、食いな」


「ありがとう」


最初にチョコをやった時から偉く気に入ったらしく、時偶こうやってチョコをあげている。

毎回喜んでくれるからね…ついついチョコ菓子を買うのが日課になってしまった。


紫悠はチョコレートを受け取ると一冊のメモ帳な様なものを取り出す。


紫悠はチョコレートを受け取ることを渋りはしないが、受け取った際これを取り出して受け取ったことを記入するのが習慣となっているらしい。なんでも受けた恩は後でしっかり返したいからとのこと。


別にそんなこと気にしなくてもいいし、一々メモ帳に書かずに自力で覚えればいいと思うが…人の習慣に口出すのは馬鹿がすることだからな。そこは個人の自由を尊重するさ。


そうやって餌付けをしながら二人で歩いていると、俺達とは違う制服を着た数人組の男子生徒が遠くに見える。


普段なら絶対に反応しないし、認識もしないだろうが…その時だけは別だった。


「っっ…!?」


その男子生徒達を目にした紫悠は激しく動揺していた。見ているこっちがビックリするほど冷や汗が流れている。手が震えて力が入らないのか、渡した幾つかのチョコ、それと先程のメモ帳とペン地面に落としてしまっている。


「おい、どうした」


急な変容が心配になり声を掛けてみるがまるで反応がない。目の前で手をぶらぶらしても全く反応がなかった。


「な、名取君…ごめんだけど、ちょっと急用を思い出しちゃって…ちょっと失礼するね…っ!」


「あ、おい!」


鍛えた成果を発揮して紫悠はその複数人の男子生徒達がいる方向とは真逆へ走り去った。後に残るのは紫悠が落としてしまった数々と俺だけ。


「…いったいなんなんだ?」


まだざっと遠目でしか判断出来ないが目の前にいるのはごく普通の高校生と言った感じの奴等だ。特段恐る様な相手ではない。


だが念の為注意を払う為にもその男子生徒達全員の顔を覚えつつ…一先ず地面に落ちてしまったものを拾い上げる。


「チョコレート…まぁまだ食えるか、それとメモ帳とペンは…しゃーね、次学校で会った日にでも返してやるか」


チョコレートの封を開けてそれを口に放り込みつつ、落ちてしまったメモ帳を拾い上げると…メモ帳に挟まれた紙の様なものがペラペラと三枚地面に落ちてしまった。


「おっとと…」


もう一度屈んでその紙の様なものを拾い上げる。…どうやら質感的に写真の様だ。


その三枚の写真の裏には[小学五年生、誕生日]と書かれている。


本当に意図していたわけではなくて、ごく自然にそれを表に返して写真の中身を見てしまった。

普段の習慣、本能的に写真の裏側なら返して表を見るという当然の行動をしてしまった。


「……ん」


三枚の写真はどれも構図が似通っていた。

一枚目が一人の少年と一人の大人の男…おそらく父親とのツーショット、二人ともいい笑顔をしている。


二つ目は少年は変わらず、父親の位置に母親らしき女性が変わって配置された写真。これも二人とも笑い合っている。


三つ目は真ん中に少年を入れて、それを挟む様に父親と母親らしき人が並んでピースをしている写真だ。

よくよく見てみれば背後に遊園地の遊具らしきものが写っている。どうやらこれは遊園地で撮影したものらしい。


「…仲良さそうな家族だな」


誕生日と裏に書いてある通り、誕生日のお祝いか何かで撮った写真なのだろう。きっと撮っているのは遊園地のキャストか、それともそこら辺にいる人達なのか…そこまではわからない。


なんとなく見てはいけない物を見た気分になり、写真をメモ帳の中に戻そうとする。

…が、見た写真の中に違和感を感じ、もう一度だけ見返してしまう。


「……なんかおかしいな」


何がおかしいとは具体的には言えない。けれど漠然とした違和感が脳内に駆け巡っていた。


父親も、母親らしき人達も特段変ではない。普通の仲のいい家族写真…けれど、どうしても俺の中で得体の知れない気持ち悪さが過っている。


写真に歪みはない。至って普通の写真…人様の写真をジロジロ見るのははしたないとわかってはいるが、それでも見てしまう。


通路の邪魔にならない様に適当な移動しつつ、適当に座れる場所で注意深くその写真を見ていると…ようやく一つ気が付いた。


「ここに写っている少年、こいつはおそらく紫悠だ。…いや、アイツの持ち物なんだから絶対にこの少年は紫悠の筈なんだよ。…だがどうしてだ? 俺はこの写真に写っている子供を紫悠と認識出来ていねぇ」


写真に写っている少年は“少年“だった。そう、この写真は本当に何も狂っていなかった。狂っているとするなら別のものだ。


「あいつの見た目はどう見ても女だ。制服さえ着ていなかったら俺でも女と見間違えてしまうほどに…けど、ここに写っている子供はちゃんと男に見える」


確かに写真に写っている少年は中性的ではあるが、服装や髪の毛の長さ的にも男と断定出来る。体付きもちゃんと男の様に見える。


「なんだ…? この違和感…何かが噛み合わねぇ…」


一つ一つ紫悠との会話を思い出す。

…そう言えば、最初に会った時こう言っていたな。


『それは…その、…家族から遥稀はそういう格好をした方がいいって…昔からそう言われて来たから…自分で勝手に髪を切るのはダメって言われてるんだ…』


これは俺がどうして男なのにそこまで長い髪をしているのかと聞いた時だ。…おかしい。


そうだ。昔から長い髪を強要されているのならこの写真を撮られた時点でも長い髪をしているべきなんだ。

それなのに写真の少年の髪は短い。それが違和感の正体だった。


「………」


言動に矛盾がある。前に言った言葉が嘘だったのか、それとも昔とは写真が撮られたこの時よりももっと先のことなのか、…気になるがそれを俺の口から聞くことは出来ないだろう。


誰だって隠したいことはある。俺にだって勿論ある。それを遠慮なく土足で踏み入るのはアホのすることだ。藪蛇を敢えてつつく必要はない。


若干の気持ち悪さが残るが、一先ずこの違和感は飲み込むことにする。写真をメモ帳の中の適当な場所に入れて、それから先メモ帳を開くことはしなかった。


メモ帳を鞄の中入れて家に帰る。その後も違和感は俺の中に突き刺さり続けるのだった。

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