表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
優しい世界が見たいんだ  作者: 川崎殻覇
紫悠遥稀は戻れない
93/134

後は任せる

閲覧感謝です

風の噂でこんなことを聞いた。この学校でとある教師がクビになったという話だ。


実際最近になって急に一人の教師が退職したらしい。なんでもその人はとんでもない悪事を働いたのだとか。その実態を生徒の殆どは知っていないのであくまで噂ではあるが、その内容は実に多岐に分かれている。


曰く生徒と関係を持っただとか、曰く他の教師と不倫をしていただとか、曰く女子生徒の更衣室にカメラを設置して盗撮しただとか、…曰く、学校の資金を横領し、それを懐に入れ続けてきただとか。


あくまで噂は噂…その多くは誇張して広がっているのだろう。真実は実のところ何一つわかってはいない。


わかることはただ一つ、有田という教師が辞めたということ。それに付随してその有田という教師が担任していたクラスには長谷川という教師が臨時で担任になったというだけ。そのクラスに影響はあったとしても他のクラスには殆ど影響はない。


その教師が辞めた少しの期間はこの噂が学校中に駆け巡ったが、いずれその噂は淘汰されることになる。

なんたってもうすぐ学園祭…生徒たちにとっての青春の数ページを彩る大きな舞台が目の前に迫っているのだから。そんなよくも知らない教師に割く時間はないのである。


「なんてな」


そんなことを青春から最も掛け離れた存在である俺がモノローグしても何の意味もない。こういうのはもっとちゃんとした奴が言った方がいいと思う。


ま、結局誰が言ったとしてもその事実は変わらないんだけどな。




「な、名取君…なんだか状況がよくわからないんだけど…いったいどうやってこんな状況を作り出したの?」


「うんにゃ、俺は何もやってねぇよ」


あの有田という教師が学園祭のクラス資金を懐に入れているのは一瞬で理解した。

確かに調べ物を展示するだけなら金は掛からない。紙やら段ボールを集めてそれにペンやらペンキやらで色々と書き込めばそれで終わるからな。


学園祭における一クラスの資金の実際の額は知らないが、決して少なくはない額の筈だ。学校の方針で生徒に伸び伸びとした環境であるとパンフに書いてあるからな。実際過ごしやすい学校だ。


そんな学校なら結構な額の活動資金をくれるだろう。それを殆ど全て懐に入れることが出来るのなら…そりゃもうウハウハだろうな。


何か探りを入れられたとしても適当に誤魔化せばいい。実際にこれまで誤魔化せてきたのは事実だしな、そこから調子に乗ったのだろう。俺からしたら学校側にも責任があると思っている。流石に対応がガバ過ぎる。


普通は領収書なりなんなりを出させたりするものだが、この学校の理事とか校長は中々にお人好しだからな、あまり人を疑うということをしない。何たって俺を入学させてしまう程だしな。


今でも思い出す。俺がまだ髪が黒ではなかった時の頃、この学校の入学試験を受けて面接を受けた時のことだ。


受験当初、正直俺はこの学校に受かるとは思っていなかった。学力には自信があったがその時の俺には色々と悪目立ちする要素が沢山あったからだ。


髪の毛は金髪と茶髪、あとほんの少し黒髪が混じった汚ねぇ色。黒にも金にも染める気にはならずずっと放置していた。


あの時は色々なことが起きて軽く自暴自棄だった。一番悪い時期から抜け出して、そこから支えられて、ほんの少しだけ立ち上がり始めた時期。


家から離れたかった俺は適当にこの学校に受験した。実家から離れていて、尚且つ俺の学力的にもちょうどよかった。

でも正直受かると思って受けたわけじゃない。当時の俺は中卒で働くつもりだったからな。


金を稼ぎたかった、使いきれないほどの金が。今の俺では扱えない範囲の金を集めたかった。だから本当は高校に入学するつもりはなかった。高校に行っても俺にとって意味がないのはわかりきっていたから。


それなのに受験したのは…単なる記念受験のつもりだった。

中学生活の日々、その成果をほんのちょっぴり噛み締めたかった。俺は頑張っていたんだぞって自分を励ましたかった。


頭が砕けて、多くの奴らに襲われても意地でそれを跳ね除けた。あくまで普通の学生らしさを追い求めた。

それは何の意味もない感傷でしかなかったけれど、この先を生きる俺にとっての思い出になってくれそうだったから、だから受験した。


面接の時、多くの先生は俺を怪訝そうな目で見た。

当然だ、普通に考えてこんなふざけた頭をした奴をまともな目で見るわけがない。


…けれど、俺の面接を担当した一人の教師だけは俺の髪を見てこう言った。


それ、地毛? 凄い個性的だねぇ…ってな。


それが今の校長だと知ったのは当分後の話だ。当時は天然な奴もいるもんだなと思っただけだけどな。


勿論その問い掛けには否定を返し、そこから様々な質問を受けて面接は終わった。


部屋から退出する直前、その先生は俺にこう言った。君と同じ学舎にいられることを願いますって…。

あん時はただの方便としか思っていなかったが、まさか本当のこととは思いもしなかった。


そんな甘さを持っているからあんなカスに付け入る隙を与えたのだろう。だが、この学校の対応がガバいのはこれから直される。一度起きた問題はしっかり対処するのがこの学校のいいところだ。

これからはちゃんと確認が入ることだろう。善人だけの世界ならそんなことはしなくてもいいが、生憎善人はそこまで多くはない。本当に残念なことにな。


「名取君…?」


「おっと」


思考が逸れてしまったので無理矢理戻す。何の話だっけか。

…そうだ、どうやってこの状況を作り出したかだだったな。…と言われてもなぁ。


「えっとだな、ぶっちゃけ言うと先生にチクッた。それだけだ」


「…あ、なるほど」


簡潔に俺の行動を表すとそういうことになる。シンプルでいいね。


「あの有田とかいう奴が金をネコババしてるのはすぐに気付いたからな。そこを突いてやればこの通りってわけだな」


「そっか…でも凄いね。そんなすぐにお金を横領してるって気付いたなんて…ボク達全然気付かなかったよ」


「まぁな、そういうのに敏感なんだ、俺」


そもそも担任の教師を疑うというのは結構難しい。普段から接する人間だからこそその人のイメージというのは勝手に固めていってしまう。


嫌味な先生ならそれで終わり、熱血な先生ならそれで終わり。そこから陰口で適当な属性を付け足してはみるが、それが実際に当てはまるとは全く思っていない。そして他の教師達はそこまで個人のことを深く追求しない。どうせ世間話ぐらいしかしないだろう。だから気付かないんだ。


俺達子供は大人を高尚に見過ぎる。たかが数年長く生きたに過ぎないのに大人は凄いものだと思い込む。そして大人が凄くなければ勝手に失望する…子供ってのは本当に自分勝手な生き物だ。

…けど、だからこそだろうな。そういう大人がいるとわかっていたとしても、俺の目の前にはそういう奴しかいないとわかっていたとしても…俺は凄い大人を追い求めてしまうのだろう。


そしてそれは実際にいた。だからこそ信じられる。その存在を。


「…ま、んなことどうでもいいんだよ。…で、結局お前らやることにしたのか?」


「やる…?」


何を惚けているのか、それを聞かないと俺が動いた意味がねぇじゃねぇか。


「映画だよ、長谷川先生に担任が変わって出し物決め直したんだろ? 映画、やるのか? やらねぇのか?」


一度諦めたものをもう一度やるのは結構しんどい。例えどんな理由があろうとも諦めたことには変わりないから…それに熱を入れるのは相当に強い意志が必要だ。


だから別に映画をやらないと言うのならそれでもいいんだ。俺は結局のところ、こいつの何かやりたいという意思を尊重したかっただけなのだから。実際は何をやるのでも構わない。


「──うんっ! みんなで頑張ろうって話になったよ!」


けど、こいつがやりたいと思ったことをやれるのならそれでよかった…と、そんなことを胸中で思う。やはり俺はお節介らしい。


「よかったじゃねぇか。これからは映画にも向けて体を鍛えないとな」


「うんっ!」


漠然とした目標で人間は頑張れない。何かを頑張る為には一つの指針が必要だと考える。


本当は男っぽくなるという理由だけで体を鍛えさせるのはなんだかなぁと思っていたのだ。今回それに一つの指針が出来て正直ほっとしている。


それと映画撮影にはこれからすることにもちょいと関係しているからな。


「……時に紫悠よ。お前は男になりたいと言ったな?」


うぉっほん…! とわざとらしく咳払いをして話を強引に持っていく。


「う、うん…確かに言ったね」


「だよな? …ということはつまり、お前は異性の恋人が欲しいと思ってもいいんだな?」


「え、えぇ? それはちょっと話が飛躍しすぎている気が……」


「黙らっしゃい!!」


そも、俺が最初に見たこいつの姿は女子生徒に告白して惨敗している時…ということは、だ。

こいつは本能的に女性の恋人が欲しいと思っている…俺はこいつの行動をそう定義した。


「人間とはそもそも男女で役割が分かれている。昨今では何やかんやと意味分からんほど性の定義が増えているが生物学的にはその二つで完結している。なら男が女を好きになるのは間違いじゃないしその逆もまた然り…」


こう言うとどっかの団体にキレられそうだが、これはあくまで一個人の考えですので…そこは個人を尊重してもらいたい。そっちはそっちで好きにやってくれ、元ある色を無理矢理別の色に染めようとすると汚くなっちゃうからね。棲み分けって大事だと思うよ。


「これから男としてモテる為にはその逆の心理を読み取る必要がある。…つまり女子の考えを汲み取る力が必要というわけだ」


「な、成程…」


自信満々に言ってやったからか、紫悠は俺の言葉を素直に受け取る。もう少し人を疑うことを知った方がいいと思うが今は何も言うまい。後でそこはかとなく念押ししよっと。


「だが、俺は女子の考えなんて全く知らないし興味もない。つまり俺がそれを教えることは不可能というわけだ」


「なるほど、…なるほど? ……え、つまりどういうこと?」


まだわからないか、だったらさっさと結論を言おう。


「つまり…これから週一くらいで女性による女性講座をするから。ちゃんと参加しろよな」


「……え!?」


「んじゃそゆことで、女性の方は俺が頼み込んで用意したから、後は頑張れよ〜」


「な、名取君!? 名取君ーー!!」


そう言って俺はその場を後にする。人任せって楽でいいな〜。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ