乗り気ならやった方がいい
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「はいはいいいよぉ! いいペースじゃねぇか!」
「は、はひぃ…」
紫悠の成長はそこそこではあるが、中々に根性がある。
週二で特訓を…と思っていたのだが、どうやら紫悠はやる気に満ち溢れているらしく、一人で自主練をしているところを偶々見つけた。なんとなく心配だったからだ。
コイツは俺と似た気配を感じる。体とか精神とかそういうのじゃなくて…気質と言うのだろうか。簡単に言えば頑固そうに見える。
前に無理すんなよって言った時も何か言いたげな顔していたからな、ならさっさと強くなってやるみたいな決意を感じた。
そういうわけでひょっとしたらと思い様子を見に来たら案の定だ。危なっかしくて放っておけねぇ。
んでま、そんなに気合い充分ならと毎日の朝練に付き合ってやろうと思った次第だ。こういう何かを一生懸命に頑張るやつって好きなんだよな。
「そのペースを維持しろ! なんならちょっと落としても構わん。走り続けることが一番大事だからな!」
「は、はいっ!」
そんな感じで約半月が経過した。紫悠と知り合っておよそ一ヶ月半が経とうとしている。
───
十月の中頃、なんだか学校の連中が浮ついている。
ぼーっとホームルームを眺めていたから気付いていなかったが、そろそろ学園祭が始まるとかなんとか言っている。その学園祭で何をするのかを今から決めるらしい。
学園祭なんて俺には関係ない話だ…と言いたいところだが、一応学園行事だし…この学園に所属している立場としてはサボることも出来ない。やだなー。
俺としては楽な店番とか、資材搬入班とかになりたいものだ。当日はあまり動きたくない。
委員長が黒板の前で生徒達を仕切っている。体育祭の影響か前よりもクラスの団結が高い気がする。ああいうイベントも捨てたもんじゃないということだ。
欠伸をしながら委員長達の話を聞き流していると、どうやらもうそろ話がまとまるらしい。
「我がクラスの出し物は…メイド執事喫茶に決定!!」
委員長のそんな声を皮切りにクラス中から大声が上がる。
男子共はメイド服サイコーとかそんな感じのことを言っていて、女子共はマジかー、でもまぁ執事もいるならいっかと割と楽観的なことを言っている。温度差がちょっとある気がするな。ま、こんなもんか。
しかしメイド執事喫茶か…飲食物を扱う関係上ちょっと面倒いことになるな。それと店番の役割がなさそうだ。店番やるくらいなら厨房担当しろとか言われそう。
ここは…なんとか楽めな役割を死ぬ気で勝ち取るとするか、一番嫌なのがフロアで、次点が厨房…客引きが一番楽そうだが俺の性に合わん。
で、後は…他になんかある? なくね?
割と面倒い出し物に決まってしまったな…めんどくさいから今すぐお化け屋敷とかに変えない?
「それじゃあ今から役割を決めたいと思います。やりたいものがあったら手を挙げてね」
残念ながら当然にそんなことにはなるわけがなく…どんどんと話が進んでいく。
最終的に俺は厨房となった。まぁ、まだマシか。
─
「お前学園祭どうするの?」
「学園祭?」
いつも通り昼食を紫悠と摂る。最近保健室に行けてないなとしみじみながらそう思う。
最近は何かと紫悠に付きっきりだからな…だかその甲斐あって紫悠は目覚ましく進歩している。
なんと、今では小走り程度まで出来ようになったんだぞ? 凄くね? このままいけばもうすぐ全力で走れる様になるだろう。
最近は食べ物もちゃんと食べられているし、血色も悪くない…なんだかんだ力になれていることが実感している。
「学園祭かぁ…ボクのクラスは何かの展示? をするんだって。先生があまり乗り気じゃないみたいで…」
「ほーん」
俺のクラスは生徒に任せるとかそんな感じだったが…まぁ中にはそういう先生もいるだろう。
「最初はみんなで映画を作ろうって話になったんだけど、それを作り切る自信はあるのかとか、そもそも映画を作るノウハウはあるのかとか、そんな感じで反論が多くて…他の提案をしてもそんな感じの反論が出てくるから、じゃあもうなんでもいいやってみんな投げやりになっちゃって…それで展示」
「へぇ、ひでぇ奴もいるもんだな…クソつまんなさそう」
俺としてはそっちの方がありがたいが、普通の学生にとって学園祭は青春そのもの…それを妨害されるのは流石に可哀想だ。
「前から嫌味な先生だったけど、今回に関してはどうしてあんなに反対出したんだろ…何か理由でもあるのかな」
「理由ねぇ…」
なんだかちょっと気になったので俺の方でも少し考えてみる。まず真っ先に思い浮かぶのは…。
「あー…その先生にやる気はあまり感じられないんだよな? だとしたらめんどくさいってのが一番らしい理由だが…」
予算の管理やら備品の購入とかで結構面倒いもんな。更に言えば生徒の要求を逐一聞いて、それが実現可能かそうじゃないかを考える必要がある。まぁめんどくさいわな。
「でも一つ不可解なことがあって…先生が学園祭にあまり乗り気じゃないことはわかっているんだけど、何かの展示をするって言い出したのも先生なんだ。しかもやたら強くね」
「お?」
学園祭にやる気がないのに、その学園祭でやる出し物を提案する…そして展示になら乗り気に。
「学生の本分は勉強とかなんとか…そんな感じのことをずっと言い続けていたよ。それでクラスのみんなも嫌な感じになっちゃって、じゃーそれでいいですみたいになったんだ」
「……あー、なんとなく話が見えてきたな」
「え?」
コスいこと考えるなぁと苦笑、なんとなくその先生の人となりがわかった気がする。
「その先生の名前は?」
「え、…あ、有田先生だけど」
「おっけー、有田ね…」
携帯を懐から取り出してとある人と通話をしようと思ったが…その前に聞いておきたいことがあった。
「なぁ、お前って学園祭に乗り気だったりする?」
まずそれから聞かなくちゃならなかった。
多分俺…というか、とある人の力を借りれば紫悠のクラスの状況をなんとか出来る。別にそんな大層な話じゃないけどな。
要はこの学校で少しばかりの権力を持っている人間…一番上の人間にちょっとは意見出来る存在が俺達サイドにいれば余裕で勝てる勝負だ。そして俺はそのツテを持っている。
んでま、紫悠のクラスをなんとかするのは余裕で出来るわけなんだが…俺はあくまで紫悠の関係者だからな。
もしこいつが学園祭に乗り気じゃなくて、このままでいいと思うならこの携帯はまた懐に仕舞わせてもらう。他の奴らには悪いけどな。なので俺としては紫悠次第で事の成り行きを決めたいと思う。
「えっと、ね…実はクラスの中で一人だけボクとお話ししてくれる人がいてね…?」
「それで?」
余計なちゃちゃは入れずにただ聞き返す。
「その人は親が映画監督らしくて…自分でも作ってみたいって思ったらしくて、ボクにやって欲しい役があるんだって。その人はクラスのみんなにやろうよってお願いしてる人で、その人の熱気にみんなも…ボクも映画をやるのもいいかなって思っていたんだ」
紫悠顔に影が落ちる。まるでやりたいことを出来なくなった子供の様に少し俯いている。
「……だから」
一呼吸を置いて、意を決した様に紫悠は口を開ける。まるで自分の意思を誰かに告げることを恐れている様に、それでも開いた。
「…ちょっと、やってみたかったなぁって…思っていたりして…」
「……ふーん」
「あ! 別に無理を言うつもりはないんだよ? …本当に少しやってみたかっただけだから」
誤魔化す様に紫悠は手を前に広げる。俺はそんな紫悠の態度を無視して一つの言葉を告げた。
「言っておくが、映画の撮影って大変らしいぞ?」
「え?」
困惑の声が出てくるがそれも無視、続けて言い続ける。
「ものによっては何回もリテイクするらしいし、アクションもあるかもしれない。今までの日常生活すら危なっかしいお前には到底無理なもんだ。…と、言いたかったんだけどな」
苦笑をやめ、普通に笑う。もしかしたら意地悪な笑顔を浮かべているのかもしれない。鏡がないからわからないけれど。
「お前は頑張ってるよ。根性がある。その証拠にお前の運動能力はメキメキと上がってきている。後少しで普通の人と同じぐらいには動けると思うぞ」
最初は介護老人みたいにおぼつかない足取りをしていたが、今では普通に歩けている。もうすぐ俺の力が必要じゃなくなりそうな勢いだ。
というか本当はただの運動不足なだけじゃないのかとすら思っている。ここまで急に体力が改善されるのはおかしいからな…体が弱いとはなんだったのか。ま、そこは詳しく言えないけど。
「もし映画を撮影するんならもう少し体を鍛えないとな、そこまでお前が頑張れるのか…見ものだな」
そう言って地べたから立ち上がる。懐にしまった携帯を再び取り出した。
「な、名取君…?」
「すまん、ちょっと電話」
紫悠から離れて携帯の連絡先からとある人に通話を掛ける。
コール音が一度鳴り響くとすぐにその人は電話に出てくれた。
『……もしもし? 名取君? どうしたの学校で連絡なんてして…何か用事?』
「あー、先生? 少し頼みたいことがあるんですが…いいですか?」
『勿論よ。なんでも言って頂戴』
「実は少し調べてもらいたいことがありまして…うちに有田って教師がいるでしょ? そいつに少し───」