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優しい世界が見たいんだ  作者: 川崎殻覇
紫悠遥稀は戻れない
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本気でちょっと心がね…

閲覧感謝です

「今日はまぁまぁ頑張ったな、取り敢えず普通の人間と同じぐらいになるまでこれを継続、なんならもっと激しくするからな、覚悟しておけ」


「ひゃ、ひゃい…」


今日のメニューを辛うじて終わらせた紫悠に対して労いの言葉を掛ける。…結局走るまでには至らなかったな。

だが問題ない…このペースでやり続ければいずれ普通に動ける様になるだろう…それまでの辛抱だな。


「それじゃあ今日はこんぐらいにして終わるとするか…立てるか?」


「た、たちます……」


そうは言っているが座り込んだまま一向に立ち上がる気配がない。


足はガクガクしていて目の焦点も定まっていない。少しでも触れたらビクッと大袈裟に体を震わせやがる…もう筋肉痛になったってか? 早くね?


「…はぁ、しゃーねぇな」


「え、…ぁっ」


紫悠の首根っこを掴んでそれをそのまま肩の方に持っていき担ぐ。丁度米俵を持ち運ぶ様な形だ。


普通こういう時というのはおんぶをするべきなのだろうが…おんぶは双方の力が入っていないと中々に面倒だと俺は思っている。

なんたって掴まる側がしっかりと力を入れていなければ掴む側が怠いし、その逆もまた然り。


だがこういう持ち方をすれば向こうの状態を気にする必要はなし、気にするのは俺の筋力だけだ。つまりこの方法なら問題がないということ…。


「その状態でいいから家まで案内しな、家まで送ってってやるよ」


「え、え、え…でも、そんな…」


何やら遠慮したそうな雰囲気を感じとるが無視する。そもそもの話だ。


「いいか? ここでお前を放置するなんて馬鹿なことは俺には出来ない。それは一度キッチリやり遂げると決めたもんを放棄するのと同じだからな…そうなるとお前を家に届ける為に俺はタクシーやらなんやらを使う必要がある」


…で? そのタクシーを呼び出したり、タクシーに払う金は誰が出すんだ?


だったら回復するまでここで休憩すればいい…こいつは多分そう思っている。

けどそれも論外。なんたってこいつは体が弱い。俺が勝手に帰っている間に体調が悪化したら死ぬ程後悔する。


「放置するにしても金を使うにしてもめんどくせぇ、だったら俺が家に送り届けた方がすぐに解決するし金も掛からん。下手な遠慮は逆に迷惑だ、大人しく担がれとけ」


「ご、ごめんなさい…」


さて、説得に成功したところでさっさと送り届けることにする。


「……ま、アレだ。このサービスは今だけだからな?」


ちょっと強く言い過ぎたからか、紫悠が少し落ち込んでいる。…なんでアフターフォローをしっかりやっておこう。


「お前はまだ弱い、自分の意思を貫けなくて俺に軽く担がれちまっている。…けどな、それはいつか改善出来る。お前が頑張ろうという意思を持つ限り、いつかは自分の言い分を通せる日が来る」


俺にとっての強さはそれだ。

我儘を通す気力…それを通す為に必要なものを持っている者が強い人間だ。肉体的にも精神的にも、地位とかの強さはその我儘を通す為にある。


「お前が今の状況を屈辱的だと思っているのならお前なりのペースでさっさと強くなれ。もしそうなれば俺に我儘通せる日がいつか来るさ」


ふっ…我ながらちょっと良いことを言ってしまったな。がはは。


「……あ、あの…名取君」


「なんだ?」


のっしのっしと歩いている中、担いでいる紫悠が俺に話しかけてくる。


「ボク、別にこの状況に対して屈辱的とか、嫌だなぁなんて全く思ってないよ?」


「お?」


俺、結構キツイことを言ったつもりなんだが…もし俺が言われたら憤死直前しちゃうかもなーって感じなのだが。


「ボクが思ったのはただ…名取君に申し訳ないなって…」


「あー…そっちか」


そっちの方だったかぁ…アレだな、紫悠は先輩タイプだな。


もしキツイことを言われても相手ではなく自分に非があるのではないかと考えるタイプ。俺とは反対の性質だ。


「ただでさえ名取君の時間を使っているのに、ボクを送り届けるなんて本当にいい迷惑だなって…そう思っただけなんだ。…本当に名取君に対してそんなこと思ってないよ?」


紫悠を背中側に担いでいるので表情はわからないが…とても申し訳なさそうな声をしている。…なんだよ、そんなことか。


「別に迷惑ぐらいなんぼでも構わん。コレが俺に被害を与えるわけでもねぇしな」


確かに時間を取られるのは嫌だし、迷惑を被るのも嫌だ。


けどこれは別に迷惑を掛けられてあるわけではない。ちゃんとした手順で頼みこまれたことで、そして俺はそれを引き受けた…なら今の状況は俺が招き入れたのも同義。


「いいか? 俺の役割はお前に男を教えること…教えるってことはつまり師匠とか先生とかそんな感じの役割だ」


「し、師匠…っ!?」


何やら師匠という言葉に凄い食いつかれたが、とにかく話を続ける。


「そ、そういう師匠とかの役割は迷惑を掛けられること…失敗する教え子にどうしたらいいかを教え導くのが役割だ」


自分でそんなことを言っているが、実際の俺はそんな高尚なもんじゃない。だから言ってて少し恥ずかしくなって来た。…けど頑張って言いきろう。


「失敗なんて幾らでもしていい、迷惑なんて山の様に掛けてみろ。そうやって成長していって失敗とか迷惑を乗り越えてみせれば…きっとお前は大した男になるだろうよ」


「名取君…!」


うわさぶぅ…超厨二病的発言じゃん。誰かに聞かれたら悶死しかねんぞ…。

あと、ここで変な反応されたらかなりクル…精神が萎びる。…なので紫悠には是非とも無難にいい感じのことを言ってもらいたかった。


こんな感動した感じで名前を呼ばれたらさぞ良い返事を聞かせてもらえると思ったんだ。例えばそう、『ボク…頑張るね!!』とかそんな感じの。


でも実際は…。


「ごめんね…? 話している途中で言いづらかったんだけど…ボクの家、ここから反対の道にあるんだ」


「っっっっ……」


やっぱりカッコつけるのって良くないね。…無意識の言葉って怖い。




俺のフル体力が一万だとすると、精神に九億ぐらいのダメージを受けた。ちょっと本気で辛い。


けれどもそのダメージをなんとか表に出さない様にしてあくまで自然に…そう、さっきの言葉なんて全くなかったかの様に振る舞い続けて紫悠と雑談した。


そうやって心の中で涙を流しながら歩いていたら気が付けば紫悠の家に辿り着いていた。


「へー、ここがお前の家か…」


目の前に聳えるのはなんともまぁ普通の家だ。俺の実家とほぼ変わらん感じ。


「いい感じの家じゃん。中に家族とかいるのか?」


もしそうならこの担いでいる状況をちょいと説明しなければならないのだが…どうだろうか。


「家には…今は誰もいないんだ。基本的にお父さんは仕事に出ているから。…帰ってくるのはいつも週末とかなんだ」


「…へぇ、なら遠慮なく入らせてもらうとするか…とりま鍵を貸してくれ」


俺は察しがいいので気付いているが、意図的に母親の存在を出していなかったな。


蒸発して母親が出ていったのか、それとも母親のことを思い出したくもないのか…それか、もう既にこの世にいないのか…。

まぁそこを突っ込んでもいいことにはならないだろう。ここは気付かないふりがベターだ。


「鍵は掛かっていないからそのまま入って大丈夫だよ」


「ん、鍵掛けないで家を出たのか? ちょいと不用心過ぎね?」


泥棒になんて入られないという認識は流石に甘過ぎるとしか言えない。泥棒は目ざとくそういう不用心の家を探し出す。用心はやり過ぎても支障はないと思うが。


「…そう、だね。いつも鍵を閉めるの忘れてたからすっかり忘れてた。今度から気をつけるね」


「本当に気をつけた方がいいぜ?」


そんな注意をしたとろで…それじゃあ遠慮なくと中に入らせてもらう。


紫悠の家はある程度綺麗にされていた。毎日の掃除を頑張っているって感じの綺麗さだ。


「お前が掃除してんのか? 中々やるじゃねぇか」


「それ程でもないよ…一応なんとか形にはしているけど、全部程々にしか出来ないんだ」


自信なさそうな顔をしている。ふーむ。


「んなシケた面すんなよ。相手の褒め言葉は素直に受け取った方が人生楽しく生きられるぜ」


例えば京都人が回りくどくなんやかんや言ってくるというものがあるが、そんなの知らなければ別に大した問題じゃない。ぶぶ漬けってなんすかって聞き返してやれ。


なんもかんも気にし過ぎは毒ということだ。ぶぶ漬けをお代わりするぐらいの気概を身につけろ。


「凄いもんは凄い。そりゃ確かに全体で見れば程々かもしれんけどな、それは決して能力が低いってことじゃない。お前はちゃんと凄いよ」


「そ、そうかな…えへへ」


そこまで言ってようやく紫悠は褒め言葉を受け取ることにしたらしい。素直に喜んでいるっぽい。


「…んじゃ、取り敢えず下ろすな」


近くにソファがあったのでそこで下ろす。床に下ろすのは流石にね? あとついでに今後の話もしておく。


「今日は取り敢えずこれで終了、暫く週一か週二の間隔で今日みたいのことをするぞ。慣れてきたらレベルと間隔を上げるからな。目標は二ヶ月以内に普通に走れる様になる! …だ」


「う、うん…! 頑張るね!」


紫悠も気合い充分らしい。こいつやる気はちゃんとあるんだよなぁ。


「そいじゃ今日はもうゆっくり休め。なんか体にいいもんでも作っておくか?」


「い、いや! そこまでは大丈夫! …本当にありがとう、名取君」


流石にお節介が過ぎたか。


紫悠の礼を受け取り、今日はこれで家に帰ることにした。

そして、これから紫悠を本格的に鍛える日々が続く。

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