しゃーなし、一緒に頑張るか
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体育祭が終わっても秋はまだ終わらない。まだ全然秋だ。…秋といえば何を思い浮かべるだろう。
食欲の秋、読書の秋…他にもまぁ沢山の秋の象徴がある。
けど、今重要なのは…そう!
「運動の秋…ってわけだな」
「う、うん!」
体育祭が終わった次の登校日、紫悠からこんな提案をされた。
『名取君…僕を鍛えてもらえないかな…』
『あー?』
どうやら紫悠は俺が体育祭を無双したいのを見ていたらしい。そんで部活にも入っていないのにあんな活躍しているのは自分の鍛え方が上手いからに違いない…だから自分に鍛える方法を教えて欲しいと言った感じのことを言っていた。
あくまで意訳な? 実際にはもうちょい俺に配慮した言葉を言っていた。
最初そう言われた時に断ろうとした。
当たり前だ。病弱な人間を鍛えられるほど俺に専門知識はないし、もしそのことが原因で体調が悪化したら責任を取れない…せめて医者の許しを得てからやって来いと言ったのだ。
そしたらなんと、もう既に叔父の許可は取っていると来たもんだ。…それで断る理由がなくなってしまった。
面倒いから、怠いから断る…と言うのものな。
…こいつは本気で体の問題と向き合って、それでも頑張りたいと思っている。そういう奴の前で怠けるのはちょっと…俺のプライドが許さなかった。
なので休日返上でこいつの運動に付き合っているわけである。
「先ずは軽くウォーキングからやってみるか。その後にストレッチ…そっからジョギングだな」
「わかりました…!」
気合い充分なのはいいんだが…もう少しリラックスさせたいな。
「そこまで力まんでいい。あくまで自然体で歩けよ? 変に張り切って急に走ったりするんじゃねぇぞ? 今からやるのはただのウォーキングだからな…ゆっくり頑張っていこう」
「は、はいっ!」
…まぁ、注意深く見てやればいいだけか。…取り敢えず歩くとしよう。
俺の平時の歩くスピードは平均男性よりもやや早めと言った感じ…体格のこともあるし、俺はせっかちなので歩く速度がやや速いのだ。
それに対して紫悠の歩く速度は俺と比べられない程に遅い…体格のこともあるし、そもそも病弱だから早く歩こうという気概がない。なので必然的に俺が紫悠の速度に合わせることになる。
「紫悠、漫然と歩くな。ウォーキングはただ歩くだけじゃない…体をしっかりと動かさなければウォーキングの意味はないぞ」
「う、うん…」
ただ歩くだけなのに息を切らしている。運蔵不足の証だ。
「足と同時に腕も動かせ。腕を振る動作は走る時にも必要だ。ただ足を動かすだけじゃ体力を無駄にするだけだからな、何かをするのならそれに意味を見出せ」
「は、はい…っ」
取り敢えず公園を一周してみたがもう息も絶え絶え…虫の息よりも酷い状態になっている。
「ぜぇ…ぜぇ…」
「うーん…」
これはもう少しプランを考え直した方がいいかもしれない…これだけでこんなにも倒れそうになるとは思わなんだ。
「あー…ジョギングは一旦やめて、今日はひたすら歩くことにしよう」
今のこいつにはウォーキングすら早かった。…最初はゆっくりと散歩をさせた方がいいだろう。
「ごめ…ごめん…ね。せ、折角…付き合ってもらって、ごほっ、…るのに」
「いい いい謝んな、引き受けると決めたのは俺だ。お前なりに頑張ってるのはわかってっからよ。別に謝る必要はない」
謝られるのは嫌いだ。相手が全く悪くもないのに自責の念で謝るのが特に。そういった意味で謝るのならもっと別のことに気を回して欲しい。例えば運動を頑張る決意を更に固めるとか。
「あ、ありがと…」
そうそう、そうやって感謝される方が嬉しいってもんだ。月並みの言葉だけどな。
「ん、それじゃあ少し休憩したら散歩をするか、今度は腕は動かさなくてもいいぞ。あくまで散歩だ」
「はいっ!」
たらたらと流れる汗の量が尋常じゃない…コイツにとって先程のウォーキングが本当に重労働なのがわかる。
…しかし、やはりこいつの顔や体格を見ていると本当に男とは思えない。
流れる汗は妙に色っぽく、服に沁み付いた汗はやけに艶やかだ。…どう見ても女にしか見えなかった。
動きの所作も女性的、こいつに男らしさなんて本当に芽生えるのか? と疑念を抱かずにはいられない…。
あと、なんかこいつの体を見てみると変な感じなんだよなぁ…脳がどうしてもこいつを男と認識してくれないのだ。何度言われたって女だろうと思ってしまっている。
学生証を見たから男ということは信じるけども…俺の認識とこいつの体と所作が一致しなさ過ぎて少しだけ脳が困惑する。こいつ自身がとかではなく、認識がチグハグで気持ち悪い。
「ほれ、スポーツドリンクだ」
そんな認識の気持ち悪さをなんとか隠して接する。
こいつが自分で男と言ったのだからそれを信じよう…実際それで本当に男だったらマジで申し訳ないからな、触らぬ神に祟りなしってわけだ。
「ありがと…」
渡したスポーツドリンクを両手で受け取り、紫悠はそのままそれを飲む。
「んぐ…ん…」
こきゅ、こきゅ…と、これまた可愛らしく喉が鳴る。
どれ程喉が渇いているのだろうか? 渡したペットボトルの中身が遅くない速度で減っていく。
勢いよく飲んでいるからだろうか? 紫悠の口の端からスポーツドリンクが少し漏れ出る。
そのスポーツドリンクは紫悠の顎、首、そして鎖骨へと滴っていき汗で慣れている服を余計に濡らしていった。
「……はふぅ」
上気した顔でそう息つく紫悠の姿はやけに扇情的に見えた。服が透け、上着も若干はだけている。見る者が見れば欲情してしまうのもおかしくないだろう。
「よーし、そんぐらいでやめておけ。取り敢えず体の熱が冷めない様に少し体を動かすぞ」
だが、そんなのは俺にとってはどうでもいいことだ。女にも男の体にも興味ないし、こいつがどれだけ扇情的な格好をしようとも俺には関係ない。
俺がするべきはこいつの体を鍛えることだけ…それ以外のことは考える必要はない。というかそもそも男に対して欲情する趣味は俺にはないしな。
「というかウォーキングする前に準備運動をさせればよかったよな…悪い」
少し自嘲。
本当はウォーキングが準備運動のつもりだったのだが見積もりが外れた。もう少し段階を踏むべきだったな。
「取り敢えずストレッチをしよう。ちょっとそこに座れ」
「う、うん…」
紫悠を床に座らせて一通りのストレッチ。
先ずは一人で出来るやつをやらせて…次は俺が手伝うやつだな。
「じゃあちょいと背中を押すぞ。痛かったら言えよ」
こくんと頷く紫悠の後ろ姿を見届け、俺は紫悠背を押すために力を少し入れる。
「…っ、ぁ…」
「硬ったいなぁ…」
少し押しただけでも紫悠の体は悲鳴をあげている様だ。これでも最新の注意を払っているのだが…。
「体が硬いと怪我しやすくなるからな…これから毎日ストレッチをしろ」
「ん、んぅ…」
漏れ出る声を抑える為か、紫悠は口を手で押さえている。それでもぐぐもった声は出てしまう様だった。
「特に風呂上がりにすると体が柔らかくなりやすくなるからするんだぞ…ってところでストレッチ終了だ」
「ぁ…あ、ありが…と」
ぐったりとしている紫悠に手を差し出し地面に立たせる。…ストレッチをしただけでこうなるか。
…まぁ、長期的に見よう。せめて秋が終わる頃にはいい感じになっているといいのだが。
「それじゃあゆっくりと歩こう。散歩は周囲の風景に目を伸ばしてみるのも乙なもんだぞ」
「は、はぃ…」
どうせなら楽しくやった方がいいと散歩を楽しくするコツを教えつつ、一緒に公園内を歩き回る。
そうして、取り敢えず紫悠を鍛える為に時間を使ったのだった。