勘
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「どうもー」
気怠さに身を任せ、俺もその声に返答を返す。
「遥稀さん。君のお友達かな?」
「は、はい…最近出来たお友達なんです」
ふーむと少し考える。いつの間にか脳味噌の働きが元に戻りつつある。
「えーっと…もしかしなくても紫悠のお知り合いっすよね…もしや…」
こう見えて人間観察は結構得意だ。いつも人の顔色を窺って隙を探したりとかしていたからな。後は人の粗探しとかも得意。
さて…この二人の関係性だが、おそらく家族関係ではない。甥とか叔父の関係性でもないだろう。
親子関係によくある気楽さ…もしくは嫌厭が全くない。あくまで他人、しかしそこまで関わりが浅くない感じだ。
紫悠はそいつを終始敬語…というより、一定の扱いをしている。自分より上の存在とかそんな感じ。
それと紫悠の事情を合わせて考えてみると…。
「もしや、紫悠の担当医師だったり? 間違ってたらすみません」
「…!?」
「……ほぉ」
紫悠からは驚愕の顔、中年の男からは意味深な笑みを向けられた。こりゃ当たってるかな。
「ど、どうしてわかったの!?」
「んー、ただの勘?」
実際は観察した末の結論だがここは適当に誤魔化す。人をジロジロ観察したなんて外聞が悪いからな。
「ははは、勘でわかるとは凄いね。…あぁ、自己紹介が遅れたね。私の名前は御手洗漢喜、遥稀さんの担当医師で、一応遥稀くんの叔父だ」
あら、ちょっと予想とは外れたか…まぁなんでも言い当てられるわけないか。
「お医者さんとは凄いっすね」
「別に大したものじゃないよ。特に有名な学校を卒業したとか有名な病院に勤めているとかでもないしね。…それにいつまで経っても遥稀さんの体も治せていないからね」
ふーむ、そこまで深刻なのか…あんまり気軽に出す話題じゃなかったかもしらんな。
「君は遥稀さんのお友達と聞いたけど、どういった経緯で知り合ったのかな? よければ聞かせてもらえないかい?」
「ッ…!?」
紫悠と知り合った経緯…か。
まぁ単純にわかりやすく説明すれば、こいつがこっひと女に振られた所を見兼ねて声を掛けたというのが知り合った経緯なのだが…。
「あー…俺が酷く女に振られた時に偶々慰めて貰いましてね。そっから仲良くなったって感じっす」
だが、それを他人…しかと親類に聞かせるのは酷だろうと話を少しでっち上げる。対象を紫悠から俺にずらした感じだな。
「あはは、そうかい。それは悪いことを聞いてしまったね」
「いえいえ、俺はこういう見た目なもんで…」
紫悠の叔父の本能を少し伺ったがバレた感じはしない。…誤魔化せてよかった。
「遥稀さんは心根が優しいからね。けれど体の事情で少し人と接する機会が少なくなっていた。…君さえ良ければ今後とも遥稀さんと友達でいてくれると嬉しい」
「そりゃ勿論。俺は友人が少ないんで紫悠の存在は結構有り難く思っています。そちらから言われなくても友達でい続けますよ」
えーと、俺の友人関係は…中学時代のはノーカンとして、まず委員長と、あとまぁ高嶺? 先輩は少し違うか? そんな感じだろうか。
我ながら女性関係が豊富だなと思いつつ、逆に男性関係が貧弱過ぎるとも思う。なので男の友人が出来るのは悪いことじゃない。
ただ元々友人関係を求めていないからそこまで必要かと言われるとそうでもない…成り行きって怖いね。
「そうか、それは安心した…それじゃあ悪いけど僕達はこの辺で失礼させてもらうよ。この後診察があるんだ」
「そうなんすね。引き留めて申し訳ないです」
「ははは、気にしないで欲しい」
今、少し違和感というか変な感じがしたが…まぁいいかと自分で勝手に納得する。
二人は元々俺が来た道を進むらしい。向かう先は病院ってところか…この辺に病院ってあったかな。そうじゃないとすれば診療所か。
「じゃあな紫悠、また学校でな」
「う、うん…また、学校で」
控えめに手を振る紫悠を尻目に俺は元々の帰路を歩く。後ろの二人の存在は気怠さがすぐに忘れさせてくれた。
─
「いい人そうだね」
「…はい、僕には勿体無いくらいの…いい人です」
名取愛人が通り過ぎた道を二人は歩く。その足取りはやけにゆっくりだ。
「君の体の事情をよく知らない様だけど…伝えるつもりはあるのかな?」
「いえ、名取くんには…」
「そうした方がいいんだろうね。でも、それは彼にとって不誠実なんじゃないかな?」
その言葉に少年は押し黙る。顔を下に俯かせて何も言おうとはしない。
「君が本当に友人が欲しいと言うのなら隠さずに伝えた方がいい。本当は君もその方がいいと思っているのだろう?」
「………」
少年はやはり黙る。まるで言葉を失った様だ。
「無論全ては言う必要はない、寧ろ言うべきではない。けれど少しの特徴くらいは言うべきなのではないかな?」
言葉を失ったから何も言わない…それはずっと続く。少年は口を失った。
「彼ならきっと大丈夫さ、根拠は全くないけれどね。…もし大丈夫じゃなければ…いつも通りのことをすればいい…だろう?」
「………はい」
そこから先、少年が言葉を扱うことはなかった。
─
すぐに布団に入りたい気持ちを抑えて家事をする。一人暮らしはこういう時が辛いな。
どれだけ辛くても生きていく為には何かをしなければならない。特に一人で生きていくと決めたなら尚更だ。甘えは許されない。
きっとなんでも一人で出来るようになる…それが大人になるということ。俺が目指すべき到達点だ。
さて、そんなちょびっと辛い家事を片付けているところでガチャリと勝手に玄関の扉が開く。
「あー疲れた…」
そんなことを言いながら勝手に家に上がって来る者が一人…その人は玄関でぐでっと倒れ込んでいる。
「あの、先生? 人の家の玄関で倒れ込むのやめてもらっていいすか? せめて家に上がりきって下さいよ」
「えー…はぁい」
上がってきたのは長谷川先生だ。
先生との関わりはなんだかんだ今も続いている。なんなら学校関連の連中で言えば一番関わりが深い人かもしれない。
週に何度か飯を作る代わりに合気道とかの護衛術を教えてもらう…その契約は今も残っている。今日は丁度俺が飯を作る日だ。
「いつものことながら美味しそうねぇ…私が作る料理よりも美味しそう」
「嘘つかないで下さいよ。アンタ俺よりも料理得意な癖に…」
偶に先生の料理を食べさせてもらう時があるが、俺が作るものとは別物と感じる程に美味なものだった。
俺が作るものが家庭料理の延長線上にあるものだとするなら、先生が作るのはガチのプロの料理人が作る様なものだった。あれこそが美食と呼ぶべきものなのだろう。
「嘘じゃないわよ? なんというかさ…名取君が作る料理って暖かいじゃない…私、あの味が好きよ」
「……へいへい、すぐ作るんで取り敢えず座って待ってて下さい」
「了解! ついでに色々と片付けておくわね」
そう言うや、先生はぱぱぱっと机の上にあるものやらを片付けてくれる。色々と細かいところに気が付く人だ。
先生とかれこれ半年ぐらいこの生活をしているが全くもってストレスがない。いつも気を遣って貰っている。
やはり大人だからだろうか? 俺の嫌と思うことや苦手とする行動を全くして来ない。俺がそのことを言っていないのにも関わらずだ。
俺のことを注意深く観察してそうしてくれているのだろう…先生の存在を少しだけ有り難く感じている。
なんというか…先生は俺が今まで出会ったこともない様な大人だ。俺が今まで出会って来た人間は等しくヤバい奴だったので正直に言えば先生とどう接していいかわからない。
「名取君〜お酒飲んでもいいー?」
「好きにして下さい。でも程々にして下さいよ? 介抱するのめちゃ怠いんですから」
「わかってるわかってる〜」
家を我が物の様にされているのに不思議と不快にはならない。…今の俺はおかしいと思う。今までの俺ならきっとそう言う。
けど、いつか決定的な終わりが来るまで…このおかしな関係を続けるのも悪くない…と、俺はそう思っているのだった。