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優しい世界が見たいんだ  作者: 川崎殻覇
紫悠遥稀は戻れない
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体育祭終わり

「そういやお前って体育祭の種目は何出るんだ?」


次の昼休みの時間、前と同じ様に紫悠と飯を食いながら雑談がてらにそんなことを聞いてみる。


「体育祭…はね、その…ボクは参加しないんだ」


「参加しない? 体がどっか悪いのか?」


参加しないとは珍しい。こういう祭りって否定的な生徒はあれど、参加しない生徒はあまり見ない。だって無理矢理参加させられるからね。

正確には参加しないということが基本的には出来ない。それが出来るとすればやはり体の問題が一番最初に出てくるってもんだ。


「うん…ボクって骨が弱くて…激しい運動をすると簡単に折れちゃうんだって。…先生がそう言ってたんだ」


「あらま…」


骨が弱いかぁ…確かにこの見た目ではそう信じてしまうかもしれない。触れたら壊れてしまいそうなという形容詞が死ぬほど似合う奴だからなぁ。


「だがま、別に無理を言うつもりはないが出来る範囲の競技はやった方がいいと思うぞ。玉入れとか…ああいうのも無理なのか?」


「…玉入れは出来ると思うけど、ほら…ボクが参加したところで足手纏いになるだけだから…」


なるほ、自分に自信がないわけだな? 碌に運動が出来ない自分が参加したところでクラスの役に立てるわけがないと…。ふ、浅はかな。


「玉入れとか集団競技で足手纏いとか言う奴は単なるカスだから気にすんじゃねぇよ。体育祭なんてのは結局は遊びで楽しけりゃそれでいいんだ。自分の本当にしたいことをすればいいと思うぞ」


体育祭でガチになるのなんて結局は一部の熱血野郎でしかない。多くはその熱に当てられただけで実際は勝って負けてもどっちでもいい奴等しかいない。


「参加したくなけりゃそれでいい、参加したけりゃやればいい。そんぐらいシンプルな気持ちでやった方が気が楽かもだぜ?」


何事もシンプルが一番だからな。なんたって考えることが少ない。つまり迷わない。つまりのつまり楽だ。


「…そう、かな?」


「そうだとも…ま、無理して参加しなくてもいいけどな。他の奴等の出る競技が決まった後で色々ごちゃごちゃ言うのもアレだし」


そういう奴は空気が読めないとか我儘とか言われて処理されるからね…決まってたらしゃーなしだ。


「そうさな…今年は出れなかったとしても来年以降は頑張ってみたらどうだ? きっと楽しめると思うぜ」


そんな提案をしてみる。あくまで軽い気持ちで言った言葉だったのだが…。


「…うんっ! 来年には…出れる様に頑張るねっ!」


そんな気合の入った返事が返ってきた。やる気は充分って感じだな。




そのまま紫悠と関係を深め、体育祭の練習をして…気付けば体育祭当日。そしてそれの終わり。


なんだかんだ俺達の組は二位という結果を残せた。やったね。


最初はやる気がなかった我がクラスも段々と熱が入り始めたのか、最終結果二位と出た瞬間に泣く生徒も出てきたほどに熱中していた。


「お疲れ様、名取」


「おう、お疲れ」


祭りの終わり、委員長に声を掛けられる。


「名取の活躍ヤバかったね。出る競技全部一位だったじゃん」


「そら体力とか力ぐらいしか取り柄がないからな…偶に出る運動だけは出来る奴ってだけだ」


「嘘つき、テストで学年一位取ってた癖に」


それはチートを使っただけなんだよなぁ…。


「クラスの子達もビックリしてたよ。まさかの名取があんな本気を出してくれるなんて…ってね」


「んー…まぁちょいと事情があってな」


本当は俺も適当に流して終わろうと思ったんだが…紫悠の事情を考えると手抜きをするわけにはいかなかった。


あれから交流を深めてわかったことだが、紫悠は俺が言った来年以降を本当に楽しみにしてくれていた。


今は無理でもいつかは…その言葉があいつの心に熱を灯したらしい。少しずつ無理のない範囲で運動をすると目を輝かせていた。それはきっとあいつにとって希望なんだと気付いた。


馬鹿な奴だ。本当にいつ変わるんだ。

俺の軽口はいつだってそうだ。何故か相手の確信をいつも突く…相手の気持ちを掻き乱してしまう。


そうやって俺はいつも自分に苛つきながらもその責任を取る。ずっと変わる気がしない俺の悪い点だ。そんな自嘲をいつもしているのがその証拠だろう。


体育祭を楽しみにしてる奴がいる。そういうふうに言ったのは俺自身…なら、俺が一番本気を出して本気で楽しまなければそいつに申し訳が立たない…だから今日の俺はいつにも増して本気を出していたってわけだ。


「ふーん…その事情が何かはよくわからないけど、名取が本気を出してくれるなら来年以降も楽でいいね」


「来年? 来年はクラス替えがあるんだから同じクラスになるとは限らないだろ?」


何を馬鹿なことを…と、大袈裟にわざとらしく両手を小さく広げてみるが委員長は特に気にすることもなく…。


「え、だって私と名取って殆ど同じ成績になるでしょ? この学校ってクラス分けは大体成績順だから多分一緒になるわよ?」


そんなことを軽く言ってきた。


「へぇ、そうなんだ」


あんま興味ないことに関して記憶するのが苦手だった為覚えていなかった。というか普通に興味ない。


「まぁ成績次第では私や名取が上位クラスに行く可能性もあるけどね。一緒に上目指す?」


「やだよ、俺は普通の成績が取れてりゃ別にそれでいい」


「私も、勉強は大学受験の時に頑張ればいいしね」


ということは、結局同じクラスになる可能性が高い…というわけか。


「ちなみに二年から三年文系理系で分けられるだけで基本的に同じメンバーになるんだって、もし二年のクラスが一緒だったら繰り上げで同じクラスになれるわよ。嬉しい?」


「どーでも」


「ひど」


そんな当たり障りのない会話をしている最中、ふと視線を感じる。しかも複数。

その方向に目を向けてみると…何やらクラスの連中が遠巻きに俺達を見ていた。


「……なぁ委員長、今日って確かすぐに解散してもいいんだよな?」


「ん? そうね。クラスに戻る必要はないわ」


もしやと思ったが…やはりそうだったか。


「なるほどね…ところで委員長。お前に客人がいるそうだぞ」


その方向を見ずに親指でぐっとその方向を指し示す。委員長は俺の行動の意図にすぐ気付き、あぁ…と間延びした声を出す。


「どうせ今日も打ち上げするんだろ? 行ってやった方がいいんじゃねぇの」


「…本当に他人事みたいに言うじゃない」


だって他人事だからな。どうあっても俺はこのクラスの異物でしかない。というかそうあろうとしている。


「…今日は、さ。…名取も頑張ってたんだし打ち上げに参加してみない? クラスの皆もきっと反対しないと思うんだけど…」


「決まりきってることを聞くなよ。俺はそういう打ち上げには参加しないし興味もない。そういうのはやりたい奴だけでやってくれ」


きっと誰もが俺を空気の読めない偏屈な奴だと思うだろう。それは間違っちゃいない。


俺は偏屈で頑固で頭が悪くてずっと変わることがない馬鹿だ。新しいものを信じないで自分の中にあるものしか見ようとしないアホなのだろう。そしてそれが他人にとって受け入れ難いことも知っている。


「ま、取り敢えず俺のことなんか考えなくていいから楽しんでこいよ。青春は一度しかやって来ないんだぜ?」


「…うん、名取も気が変わったら言ってね。いつでも来て大丈夫だから」


「……じゃ、またな」


その言葉に返事をせず軽く手を振りその場から去る。


「…はぁ」


その溜息はいったいどんな意味を有しているのだろうか?

俺はもう、そのことについて考えることは出来なくなっていた。




帰り道、一人で帰路を歩く。

体育祭を真面目にやったせいか体が少しだけ怠い。けどこの怠さはきっと心地の良いものだ。なんたって苦しさが全くない。


今日、布団で眠ればぐっすりと寝られるだろうという確信がある。案外そういうのが一番気持ちがいいものなんだなと俺は思う。


「ん?」


道中見知った存在が目の前に映る。

なんてことはない、最近関わりが増えている紫悠の姿…と、もう一人中年の男が側にいた。


「おー、紫悠じゃん。奇遇ぅ」


別に声を掛ける必要はないが…この怠さに脳の機能が少し低下しているのか、特に何も考えず見知った顔だからと反射的に声を掛けてしまった。


「な、名取君…?」


紫悠は何故か少し緊張した素振りで反応する。隣の中年の男は俺の声を聞き、ゆっくりと此方に振り向き…。


「…やぁ、どうも」


穏やかに、優しげな声で俺に声を掛けるのだった。

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